Long Story(SFC)-長い話-

揺籃の森のむこうへ -9-



「……どうして」

あたしはかすれた声でガウリイに訊く。

この家にある研究書や書類を彼は読めないはずだ。なのに。

ベッドの上で膝をつき、向かい合ったまま―――ガウリイは部屋の外を見る。

森のむこうの、町のある方向を。

 

「あの道具屋のおばちゃん、小さいときからこの辺に住んでるんだ。あの町に住んだのはここ十年くらいだけど」

リナが森のこと調べたいって言ったから役に立つかもって話を聞いた、と述べる。その言葉におばちゃんの顔が浮かぶ。

 

「この家の魔道士ってやつも顔なじみだったらしくて。昔酔っぱらって言ってたらしい。自分の研究が完成したら、別の世界にいけるようになるって」

 

別の世界――――。

それは、もちろん過去か。未来か。

今の時間とは違う世界。

彼がこの研究所にいないままになってるのは―――それが叶った証拠なのだろうか。

 

「……それ聞いたとき、リナが森で何を調べたがってたのか二つしかないって、思った」

「…二つって―――」

「お前さんがオレに言って気にしてた、自分がどういう理屈でここに来たのかの興味。そして―――――」

 

――――――どうやったら元の世界に戻れるのか。

 

『気持ちを隠してない仲だからこそ、リナが悩んでたら、ガウリイさんにはすぐばれるわよ』

 

先ほどのアメリアの言葉を思い出す。彼女の言うとおりだった。

 

 

「……ガウリイ、あたし」

あたしは何かを言おうとする。否定しようとする。けれど彼があまりにも苦しそうで―――なのに笑もうとするから、言葉がでてこなかった。

手を、ぎゅっと握られる。

「リナが悩んでるから。祈ってた。違うんだって。リナはこれからもオレと一緒にいるんだって。いてくれるって。…好きだっていって、応えてくれたし…ここで待たせた罪悪感とか、そんなんだったとしても、悩んでる分だけ引き留めるチャンスはあるんだなって思った。だから、今まで言わなかった」

「……」

「……けど、お前さんを、その分苦しめてるのか、オレ」

あたしは首を横に振る。違う。あたしは。

そう言おうと思うのに言葉を出したらなんだか泣けてきそうでやっぱり出てこない。

 

ガウリイは笑む。あくまで諭すように保護者らしい口調で。…こちらから見ても無理やり。

手を離すとあたしを引き寄せてやさしく自分の腕の中におさめた。

「…元の世界に帰りたいんだな」

「…違う、わよ」

その言葉にやっと出た声はやっぱり震えていた。

けれど、言わなければと思った。だから強い口調を心がける。

「…バカに、しないでよ」

彼の背中に腕を回す。ちゃんと言えるようにと彼の顔は見ない。

「リナ」

「十何年待たせた罪悪感とか、同情であたしがあんたと一緒にいると思ってるの?あんたとキスしたり、それ以上を許そうとしたと思ってるの?一緒になりたいって言ったと思うの?」

むしろただそうだったならばどんなに楽だったか。 

「なんであたしが―――あんたに隠れて、秘密裏に時間を越える研究を調べてたと思ってるのよ」

しっかり言おうとすると怒り口調で早口になってしまう。

 

「リナ」

戻りたくないわよ、と言葉をこぼす。

「……戻りたくない。戻れなきゃいい。そう思うくらい―――今ここにいるあんたに、前のあんたよりずっと、惚れてるからに、決まってるじゃない…」

 

後半は小声になりつつも伝える。

しばしの沈黙。ガウリイは一つ息を深くついて、あたしの背中をなだめるように撫でた。

 

「……そう、なのか」

「……」

声がやさしい。心に沁みいる。悲しみの色はそこになかった。

そして彼は言う。

「…いつからお前さんオレのこと好きだった?」

うぬぼれた台詞。それに思わず顔をあげる。

あげて見れば少しだけ笑ったガウリイの顔。あたしはわざとにらみつけて言う。

「…そんなの。思い出せないわよ。あんたと同じくゼフィーリアに行く前からずっとだけど、どうしようもなく好きになったのは今ここに来てからなんだから」

「そっか」

ぎゅっと彼から抱きしめてくる力が強まる。

「……だったらなんで、あの時オレたち…はっきりさせておかなかったんだろうな」

「……」

 

あの時はっきりさせてたら何か変わっただろうか。今。この時。

 

「……オレは、リナが笑っててくれればいい。お前さんの気持ちがわかっただけで嬉しい」

ガウリイが言う。やはりやさしい口調で。表情で。

そう言われてみれば、彼にちゃんと好きだと言ったのはさっきが初めてかもしれない。今更だけど。

 

「前オレ言っただろ。後悔したくない、って。リナにもそう思っててほしい」

「……」

戸惑うあたしに彼は額をあたしのそれにつけて言う。

「……リナが決めたことに従うぞ、オレ」

「ガウリイ」

何が言いたいのか。彼は続けて言う。

「過去のオレでも、お前さんへの気持ちは変わらないぞ。お前さんがちゃんと知らないだけで」

「そんなの――――」

あたしだって同じだ、と言いかけて気づく。

彼のその言葉の真意に。

 

元々至近距離だったくちびるが重なる。重ねてくるから瞳を閉じて応える。

さっきとは違う、いつもの―――いや、いつも以上にやさしくてやわらかいキスだった。

 

「……リナは―――どうするべきだと、思ってるんだ?」

くちびるを離してまっすぐに言うガウリイ。

どうしたいんだ、ではない。どうするべきかと訊いてきた。あえて。

あたしの答えを待っている。…わざと、強い口調で。

あたしのため。そしてきっと自分のためにはっきりと決意をこめて。

 

それに泣きそうになるのをこらえてあたしは言葉を紡ぐ。

「…帰りたくないの。あんたとずっと一緒にいたい。…ううん、一緒に、なりたい。言ったのは嘘じゃない」

この森ででもまた旅に出てもいい。一緒になれたら。どんなにか。

元の時代に戻ってもあたしのこの気持ちはきっと戻れない。彼の傍にいるだけじゃきっと物足りない。この瞳が欲しい。いや、全部欲しい。

 

「…でも」

――――――この場所は今あたしがいるべき場所じゃない。

歳をきちんと重ねて、たどりつきたい場所。

シルフィールやアメリアなんか目じゃないくらいとびっきりの美女になってこの人の隣にいたい。

――――――元の時代のガウリイがあたしを失わないで済む方法でもある。

 

「……確実じゃない。まだ理論上でしかないの。帰れるなんて保証どこにもない」

言い訳をするのはそれが何を示しているかに気づいてるから。

けど。でも。

どこまでも卑怯なこの男はそれを言わせる。言わせようとする。

こんな時だけ保護者の顔して。どうして。 気づいてないのだろうか(・・・・・・・・・・・)。馬鹿だから。

 

「……けど、あたしは」

 

元の時代に戻るべきなんだと思う、と観念して涙声で告げるあたしに、うん、とガウリイは頷いて目を閉じてもう一度あたしを抱きしめる力を強めた。