Long Story(SFC)-長い話-

揺籃の森のむこうへ -10-



――――翌日の朝から、あたしは表だって動き出した。

 

元々研究内容の理論的なものは既に把握してたし実験も終わってた。あとは細かい計算とそれに対する準備をするだけだった。

あたしが元の世界に戻れるタイミング、条件。

この森は元々が木々の位置や土壌、いろんなもののバランスのせいか実は不安定な空間が生まれやすい。この森が良くも悪くも一見穏やかで時が流れてないような錯覚を覚えるのは、その反動で森の外と独立した世界を構築してるのだ。森への出入りが容易な分気づきにくいけど。

だから条件のそろった環境で一定の刺激を与える―――というか空間をゆがめる真似をすればその部分に一瞬の穴があく。

少し違うが魔族による結界に似たものと捉えればわかりやすいと思う。

そして一度開いた穴は、塞がっても、完全にはしばらくは消えない。同じだけの刺激を与えればまた容易に刹那穴を開かせる。

そして―――――その間を通った物質を穴が記憶している。反動作用が働き、一つの物質は同じ穴ならば同じ空間同士にしか渡らない。

つまりは。あたしがここに来たときに通った穴を開いて飛び込めば、元の世界に導かれることになる。

 

ここまでの結論に至ったのはもちろんあたしがいろいろ調べてのことだけど、ほとんどの基盤はここに住んでいた魔道士の研究によるものだから、研究資料を残してくれたことは感謝する。

感謝すべきなのだろう。

 

―――――ガウリイは、思ったよりもあっさりと、あたしの言葉に同意した。

何もわかってないだろうとあたしはそれをはねつけようとした。はねつけたかった。

けれど彼はあたしを抱きしめたまま、言ったのだ。

「リナが元の世界に戻れば、歳とったリナが今度は現れるかもしれないんだろ、正しく」

 

――――確かに。その可能性はある。あたしだって考えた。

そうなれば、今の――――あたしのよく知るこの世界から15年前のガウリイはあたしを失わないし、今ここにいるガウリイも結局あたしを失わない。

一緒に歳をとっていきたかったというあたしの望みもかなう。

そうなれば全員が救われる。けれど――――――

 

……そうして計算式を繰り返してまとめる日々の中でも、二人で過ごす時間は状況が変われども大切に過ごした。

ガウリイがあたしが書類にらめっこしてる間にあたしの前作った料理を真似て作ってくれたり。ちょっと失敗したけど、でもそんな彼の努力というか協力というか自立心というか。そういうのが嬉しくて笑いあって食事を過ごしたり。

彼はあたしの背中を押すようにあたしの手伝いをしてくれた。

 

ガウリイは、自分は前の自分と変わらない、という。だからあたしが前の世界に戻っても変わらないし、何の心配もいらない、と。

けど、やっぱり、強くあたしが惹かれるのは今目の前にいる彼。同時に二人のガウリイが目の前にいるわけじゃないから絶対じゃないけど、でもそう思う。

全てが完成すればどちらにしろこのガウリイからは離れるのだと思うとやはり苦しかった。

 

けど後ろ向きな行動に結びつく言葉はもう彼が言わせてくれなかった。

だから。それなりに不安やら悲しみやらいろんな迷いは生まれるけれど、背中を押し一つの方向に導く彼に従い、あたしは、すべきことに没頭した。没頭することでガウリイの気持ちに応えた。

それは、ここにいよう、居続けようとした時よりも――――彼のおかげでどこか心は落ち着いていた。

 

―――数日後。計算が終わり、条件が揃う日が判明した。

あたしは彼に告げたけれど、彼は、そっか、とあっさりしていて。

本当に、歳をとったあたしに出会えるのだと信じているようだった。

あたしは何も言えなかった。

 

 

一歩、二歩、三歩。

当日――――森の中、定位置――――はじめにこの世界に来た場所に立ちあたしは準備する。隣にはガウリイ。もちろん時がくればあたしから離れるが、彼にも役目はある。

あの時の、魔族との戦いで起きた衝撃を再現―――というか、同じだけの力で空間をゆがめなければならない。そのあたりにあたしが置いた魔道装置に溜めておいた力と、あたしがこれから唱えて放つ魔法の力をうまくぶつける必要がある。その補佐を彼の剣で行ってもらう。

ガウリイ抜きで小物を使って実験は何度かしてるけれど、あたし自身が通るだけのエネルギーというか、大きな穴が開けられるかははっきし言って五分五分。

失敗した場合はまた次に条件に揃う日を探さなければならない。まあわりとチャンスはまめにあるみたいだし、もしそうなっても単純に彼とまだ一緒にいられる時間がまだ続くだけのこと。全然悲観する必要はない。

――――むしろ、成功する予感がした。それは、いろんな理論を駆使してここにたどりついたからだけではなくて。なんとなく。

 

「……あと、どれくらいだ?」

ガウリイが剣を鞘から抜かないままに訊いて、あたしは空や風を読む。

「今まだ風の向きや強さが違うから。…多分、もうちょっと、まだ」

「そうか」

風が吹く。まだそのタイミングを報せるものではない風が。

あたしはガウリイを見る。と、彼が一歩あたしの方に歩みだした。

 

「…お前さんが今これから消えたら、オレ、この後近いうちこの町を出ようと思ってるんだ」

そう唐突に言う彼にあたしは目を少し見開いた。

「……どうすんの…?」

おそるおそる訊くあたしに、彼は優しい表情で言う。

「また探す。歳とったリナを」

「――――――」

「今度はあてもなくじゃなくて、わかりやすいとこで待っててくれないかって、今のお前さんに言って伝わるのかな」

「―――――」

 

言葉に詰まった。

彼は信じきっている。その事実(・・・・)にやはり気づいてない。

言うべきだろうか。あたしの想像を。けど。

 

ガウリイがあたしの肩に手を起き、上半身をかがませるから目を閉じる。

最初は額に。頬に。そして唇に長く。

いつのまにか照れるよりも嬉しいを教えてくれた彼の唇が触れる、おそらく最後のもの。

そう思うと涙腺がゆるんだ。

「…ガウリイ」

「…元の世界に戻ったら、オレの代わりに殴っといてくれないか?そっちのオレを」

苦笑して言うガウリイ。なんか何も知らないのが腹たってきた、と。あたしも笑う。笑おうとする。

でもうまく笑えない。

 

「ガウリイ、あたし」

何か言おうと一生懸命言葉を探す。伝えようとする。けれどやはり出てこない。

――――そんな中風向きが変わる。

条件を満たす風向きに。

「―――――」

「ほら、リナ、風が変わった。今だろ」

言って彼はあたしの肩を掴んで、彼とは逆の方向を向かせる。

儀式を行うための方向へ。

慌てて振り向こうとする。けれどその前に彼は後ろから肩を抱いたまま耳元でささやいた。

 

「……例え1パーセントでも、諦めないし。オレはお前さんをずっと想ってる。大丈夫」

「……!」

 

―――あたしが元の世界に戻ればこの世界に、歳をとったあたしが現れる。

その可能性はある。けれどそれは、言いたくないが―――――果てしなく可能性が低いことなのだ。

根拠は、()この(・・)時点(・・)()()()とった(・・・)あたし(・・・)()ここ(・・)()いない(・・・)こと(・・)

本来元の世界に戻ったことでこの世界が修復されるのならば、ガウリイがあたしと離ればなれになったという事実もないはずなのだ。

なのにその姿はない。つまりはこれから修正されて現れるという可能性か――――――。

この世界はもうこのままあたしがいない世界として構築され修正不可能である可能性しかない。

どちらの可能性のが、この(・・)世界(・・)()とって(・・・)無理(・・)()ない(・・)のか――――――それを考えたとき後者であることを本当は認めたくなかった。

あたしにとっては不確定な未来であるこの世界は、けれどこの世界に住む人にとっては、修正なんて必要のない、すべきではない現在で、消えない過去から来た未来を創っていくのだから。

 

気づいてないと思ってた。

この時代のガウリイを一生一人にしてしまう結末。

それを避けるためにもここにいたいとあたしは願ったのだ。あの時。けれど、彼は言った。すべきことをしろと。

気づいてないと思ってたからあたしはその彼の導きの言葉に従ったのに――――――。

 

「…向こうのオレとずっと笑って一緒にいてくれ」

知ってて、それでもあたしの為に――――――

どんな気持ちで、あんたは――――――

 

その時あたしの頬につたった濡れたものはどちらのものだったのか。

あたしは―――結局振り向かなかった。振り向けなかった。

彼がありがとう、と小さく呟いて―――離れていくとそのままあたしは呪文を唱えた。

迷わない。迷ってはいけない。少しでも迷えばすべて台無し。泣き崩れるのも抑えて術を行う。

彼のために。そしてあたしのために。ここで成功させなければならない。

合図を送り、準備していた魔道装置も働き、それに合わせてガウリイが剣を抜く音がして――――――

 

ばちいっ!!!!

 

あの時とおなじ衝撃が、ゆがみが起こり―――――一瞬で元の森に放り出された。

感慨に耽る間もない。突然再び現れたあたしに動揺の色の魔族。事前に計算した通りやはりこっちではそんなに時間はたってないらしい。

 

――――帰ってきてしまった。

 

「…っ」

あたしは心を殺して目の前の敵を全て呪文で倒した。

すぐに――――あたしがこの世界にして一瞬だろうが消えてた事実に気づいてないだろう、のほほんとしたガウリイを見ると、かけより彼を――――約束通り殴った。

 

「なっ…何するんだっ!?」

「殴っておいてくれって頼まれたのよっ」

泣きそうになるのをごまかすためにも力一杯ぽかぽか殴っとく。突然のことにやはりわけがわからないと言った顔でなんとか抵抗するガウリイ。

「誰にッ!?」

 

言えない。言えるわけがない。信じるわけがない。

一通り殴ると、彼に背を向けて泣くのを誤魔化すように先に行くと言ってあたしはその森から走り出た。