Long Story(SFC)-長い話-

揺籃の森のむこうへ -8-



「たまたまこっちの方に公務があったのよ。で、町でガウリイさんと会って。驚いたわ、話を聞いて。いなくなった、って前風の噂で聞いたのが最後だったから」

 

変わらない口調でそう言いながら香茶を飲む彼女はやはりあたしの知る彼女よりも落ち着いた雰囲気だった。

現在はセイルーン国王―――フィルさんに代替わりしたらしい王の―――補佐のようなしごとをしているらしい。昔よりずっと国の中枢を担っている。その為に易々とこう言った遠出はできなくなったとか。今も特別に時間を周りから許可を得て、もらってこの森に来たらしい。

 

「本当にあの頃のままなのね、リナ」

不思議そうにそう言うアメリアに曖昧な笑みで返す。

どう返していいのかわからなかった。そして小さな痛み。

それに彼女が少し怪訝そうな顔をするけどすぐ調子を取り戻す。

明るい調子で話を続けた。

 

「リナがいないからってその後盗賊も各地で増えたのよ」

「え」

そうそう、と女同士の久しぶりの会話に気を使ったか、少し離れたところにいたガウリイはそこだけ話に入ってくる。思い出したように。

「街道にわらわらいたよな。オレ、リナ探して旅してるときどれだけ倒したかわからん」

苦笑するガウリイ。聞いてないしそれ。おにょれひとがいない間に。

 

「けど、やっぱり正義の力が勝つのねー。あんまりに盗賊が増えすぎて増えすぎて結局盗賊同士が争いあって、最近は元に戻ったっぽいの。盗む先が増えたわけじゃないし、盗賊団が増えればそれだけ競争率も高いわけだし。直接争わずとも資金の枯渇問題もあったみたい」

世の中うまくできてるとゆーことか。なかなか深い話である。

 

「ま、多少セイルーンでも盗賊対策を当時したからそれが効果的だったのかもしれないけれどね。リナを模した人形をあちこち道ばたに立てて」

「ちょっと待てい」

「盗賊が現れたらその人形の裏から、魔道士たちが正義の呪文で鉄槌を下してリナの名前語ればあっと言う間にうちの国での盗賊出現率が減って」

「更にちょっと待ていっ!?」

「感謝してるわよ、リナ」

「あんたが立てた政策かっ!?」

 

ぱたぱたと手を振って悪びれもなく言うアメリアにつっこむあたし。やっぱしアメリアだ。全然変わってないでやんの。

あたし達の会話にやっぱり遠くでガウリイが苦笑している。そのせいでセイルーンにリナの噂が多くて何度か通ったなあなんて一人こぼしてる。

そしてあたしの顔を見るとと少し安心したような顔をして、今の時間にしかとれない薬草ちょっととってくる、と席を外した。

 

そんなガウリイをなんとなく目で見送るあたし。

アメリアはそんなあたしに言った。

 

「…ガウリイさんが、心配してたわよ」

「…え?」

その言葉にあたしは目線をアメリアに戻す。

とても大人びた―――――あたしを諭すような表情に息が詰まる思いにかられる。

けれどもそれを見せないように平常心を装いアメリアに向かって首を傾げる。

 

「なんだかリナが元気がないって。わたしに是非会って欲しいって。町で会って速攻言ったことばがそれだったの」

―――――。

「別に、元気ないわけじゃないんだけど」

「悩んでるの?」

直球で言われて言葉に詰まる。それにやはり笑みを浮かべるアメリア。

「悩む必要なんてないじゃない。素直になったら?」

「……」

「別に夫婦になったら一カ所に落ち着かなきゃいけないって決まってないんだし。旅したいなら素直に言えばいいのに」

彼女がそう言って思わず脱力する。そうきたか。そうとられてるのか。

拍子抜けした自分と、どこかで安堵した自分がいて思わず息をつく。

 

「…リナ?」

「あ。いや。なんでもない」

ぱたぱたと今度はあたしが手を振る。そして今更ながらのツッコミを入れておく。

 

「……ていうか。夫婦ってあんた」

「なるんでしょう?それとももうなってるの?」

きっぱりと言われてもう一度言葉に詰まる。

「二人とも、昔よりそういう雰囲気っていうか。お互いの目が全然気持ち隠してないじゃない。今更隠しても無駄よ、一緒にこんなとこで暮らしておいて」

「……」

反論を探していると、アメリアは軽くため息をつく。

「気持ちを隠してない仲だからこそ、リナが悩んでたら、ガウリイさんにはすぐばれるわよ。中途半端にならないで、ガウリイさんともっと話し合ったら?」

 

そう語る彼女は―――やはり大人の女性だった。

あたしはやっぱり、もやもやとした感情を抑えて曖昧な笑みを返した。

 

 

 

「…変わらなかったな。アメリア」

迎えが来て、アメリアを見送り彼女の背中を見つめながら言うガウリイに、あたしは答えない。

考えてた。アメリアの言葉から。

 

―――中途半端にならない方法。

迷ってても仕方ない。先に進みたい。進めばいい。

―――あたしの、素直な気持ち。

 

「リナ?」

中に入って扉を閉めると心配そうにあたしに声をかけるガウリイ。

あたしはそんな彼の顔を見る。

嫌になるくらい愛しいなと思う。

…だから。

 

「…元気ないって心配してくれてたんだってね」

笑んで言うと、ああ、と答える。

「別になんでもないのよ。ただ―――――」

震える声で言って。

あたしは彼の傍にいき、服のすそをつかむ。

「……そろそろもう、待っててもらうのいいかなって。言いにくかった、から」

「……リナ」

驚いた声をあげる彼。あたしは言葉を続ける。

「この森のこともだいぶわかったし。生活に慣れてきたし」

嘘は言ってない。けして嘘はついてない。

「あんたと…ちゃんと一緒になりたい」

 

言ってあたしから彼に抱きつく。

背伸びをしてせがむと彼が察したように応えてくれた。くちびるが、ふってくる。

いつものやさしい触れるだけのものをすっとばしてすぐに吸われて求められた。あたしもなんとかそれに対応する。

くらくらして、それでも嬉しくてもっともっと欲しくなる。

舌打ちにも似た、吸いあって舌の絡まる音が、もどかしさをあおってる気がした。

 

「…オレの部屋、行くか…?」

しばししてくちびるを離してささやくガウリイ。こくり、とあたしがうなずけば、体を持ち上げられて、抱き抱えられて運ばれる。

瞳を閉じて感覚に集中した。ガウリイの匂い。なんだか安心できる。

運ばれた彼の部屋にはその空間が充満していた。

ベッドに降ろされる。ゆっくり押し倒された。そして、彼があたしに体重をかけないようにその上から覆い被さって再びくちびるを深く重ねてくる。

あたしは彼の肩から首に腕を回して再度彼に応えた。

 

体が熱くなった。感情があふれて止まらなかった。

これでいい。こうしたい。あたしはここにいたい。

 

長いくちびるへのキスが終わると、ガウリイはあたしの首筋に吸いついた。彼の手はあたしの胸のあたりをまさぐり、二つの刺激に思わず声を出しそうになる。

出しそうになるのを抑える拍子に横に顔をやれば―――元々彼が住む前から置いてあったのだろう。大きな姿見があって、あたしは今のあたしの姿を見てしまった。

 

同じように置いてあった自分の部屋の鏡をあたしはしばらく見ていない。

あの(・・)()から、あたしは鏡を見るのを避けて来た。

 

「―――――」

そこに映っていたのはただのあたし。

幼くて、十代にしか見えない、実年齢二十歳になるかならないかのあたし。

そのあたしの首にくちびるを這わせて、服に手をかけて―――愛そうとしてくれてる―――――四十そこそこのガウリイ。

 

思わず目をつむった。羞恥心からではなく。

つむったら、彼女達(・・・)の姿が頭に浮かんだ。

 

―――――苦しい。

 

好きなのだ。多分愛してる。そんな言葉じゃ足りないくらい。目の前の彼を。

ガウリイの側にいたい。だから。だから問題ない。

―――――なのに。なのにどうして。

 

「……リナ」

ガウリイがあたしの顔を見上げて凍る。

あたしの頬を撫でる。濡れている。その感覚で―――自分がいつのまにか泣いてることに気づいた―――

 

「ご…ごめ。違う」

「何が」

悲しそうな顔をする彼にあわてて言う。愛撫を止めて―――起きあがる彼。それに合わせてあたしも上半身を起こす。

「違うの。あんたが嫌だったとかじゃなくて」

触れてほしい。ちゃんとそう思ってる。

 

―――――なのに、心がどこかで邪魔をする。

たった(・・・)一点(・・)()小さな(・・・)どす黒い(・・・・)部分(・・)()()()して(・・)

 

大したことじゃない。そのはずだ。

単なる嫉妬。悔しさ。

シルフィールやアメリアを見て―――思い知らされたこと。

どうしてあたしは彼女らみたいに歳を、ガウリイと一緒にとれなかったんだろう―――――

 

どんなに彼に惚れてても―――いや、惚れてるからこそあたしがあたしに納得してくれない。(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

失われた十五年が埋まらないことに納得できない。

あたしは―――()()一緒(・・)()()()とりたかった(・・・・・・)

 

元々歳が離れていたあたし達。

出会った頃は子供扱いされてて。自称保護者で。

あたしは、歳をとれば、そんなの気にならなくなると思ってた。

すぐ追いつけると思ってた。なのに。

 

わざわざ過去を埋めなくたっていい。これからを埋めていけばいい。ガウリイはそもそも気にしてない。愛情に関係ない。

そう思ってる。思うことにした。言い聞かせた。

なのにその小さな穴がどこまでもあたしの中で主張する。ひっかかってる。

悔しくて悔しくてあたしだけ十五年分置いてけぼりにされたと駄々っ子のように思ってる。

どうして。

 

「…違わない、だろ」

ガウリイが静かに言う。

悲痛な面もちで。

深いため息をつきながら―――彼は言葉を続ける。

「―――――十五年前の世界に―――帰るから嫌なのか」

 

ガウリイの言葉に今度はあたしが凍り付いた。