Long Story(SFC)-長い話-

揺籃の森のむこうへ -7-



――――目の前に二つの道が待っていた。

そのどちらにもガウリイはいて。どっちもガウリイで。

どっちもガウリイなら、今、あたしの心が動く方を選べばいい。

このままもう一つの道のことさえ考えなければ自動的に進むその道を選べばいい。理屈ではそう想う。

なのに。それでも気づいてしまった捨てきれないもう一つの選択肢に迷う自分がいる。

 

 

「…あたし、も。あんたのこと…その。そういう風に想ってるわよ」

翌日。

少し迷いつつもあさっての方向を見ながら朝、彼に伝えた。

ゆうべの告白の返事である。考えた。めちゃくちゃ考えた。どうすべきか、今。

今の時点ではもう一つの選択肢はまだ曖昧なまま。あたしが前いた世界に戻れる方法が本当にあるのか確定してない。

ならば。目の前の現実の方をとりあえずは大切にしてみようと想った。したいと想った。

 

「リナ」

ガウリイがすごく幸せそうな声であたしの名前を呼ぶ。それに胸がぎゅっと苦しくなる。

愛しいと想う。

「あ、でも、その。…いっしょになるってゆーかなんてゆーか、そーゆーのはもうちょっとだけ待っててくれないかな、ほら、あたしただでさえまだ十五年に混乱してて、今はあんたの気持ちにうなずくだけで精一杯だし、慣れてないし」

わたわたしてあたしは言う。そーゆーの、の意味はわかってくれただろうか。

あたしがあんましわたわたして弁解したせいか苦笑するガウリイ。

「…どんくらい待てばいい?」

やさしい声だった。そこに悲壮感はない。自分の気持ちがとりあえず言えて、あたしが受けたからだろうか。

あたしは言われて、しばし考える。

「…調べてるこの森のこと今いる場所に納得するまで…じゃ駄目かな。多分ふたつきくらいで決着つけるから」

「わかった」

あっさりと彼は言う。

「待つ。慣れてるから」

その言葉がやっぱりとても辛かった。

 

――――告白されるまでは、あたしはその森の調査を自分の中で重点に置くつもりだった。

そうすべきだと思った。自分は元の世界に戻るべきなのかもしれない、そうだと思ったから。だから彼に隠れてでもそれを勉強した。

けれど、それを変えた。

 

「リナー、そろそろ夕飯」

「うん」

ガウリイに言われあっさりと本から離れる。

調査や勉強を生活の片手間の域にとどめることにした。その分彼と一緒にいる時間に費やす。

もちろん、ガウリイを待たせてる分、ある程度は調査を進めなきゃならないのだけど、でもいいや、と思った。

―――可能性をつぶす作業に入っていた。

ふたつきの期限内に元の世界に戻る方法が見つかるはずない。そんな簡単なものじゃない。

ここにいる道だけが残る。そうなればいい―――と祈りだしていた。

あたしらしくもない可能性つぶしは、ガウリイに対する強い感情からだ。毒のようにじわじわと支配したそれは自覚した今やどうしようもなく狂おしく激しくなっていった。

お互いの気持ちを口にしてからは、寝る前に彼はあたしを抱きしめてあいのことばをささやくようになった。それが自分でも信じられないくらい幸せで、うれしいと思った。

どうして今まで一緒にいるだけでいいと思ってたんだろう。

何もいらないと思ってたんだろう。

 

「―――あたし、も」

「――――」

照れつつそう言えば彼の顔が近づいて瞳を閉じれば唇が触れ合う。

最初思わず許してしまってからは、抵抗する理由も今更あんましなくて、というかどうにも押されると弱くてここまでとして受け入れてる。

じゃれあうように耳や頬や顔付近を唇で触れて一日を終える。

触れるだけだったのがお互いが確かな熱を含んだ深いものに何度もしてるうちに徐々に変わってってるのがわかった。不思議だと思った。そーいえば、好きな相手とのキスは麻薬とか媚薬に似た効果が起こる場合があるって何かで読んだ気がする。

たかがこんなことで溢れる感覚みんなもってかれる。

代わりにこの人がもっと根こそぎ欲しい、と思うようになるほど強い気持ちが生まれて自分自身が一番驚いてる。それでもそこまでととどまってるのはあたしが課した期限があったからだと思う。

 

でもはっきり自分が愛しさで堕ちていく感覚はあった。目の前のガウリイがただガウリイに似た人だったり偽者ならばこんな風にはならなかった。なるはずがなかった。

でも一緒に過ごしてて嫌でも彼がやっぱりガウリイなのを思い知らされるから。

あたしの知ってるガウリイで、でもあたしの知ってる彼よりも大人で。あたしを求めてて。

誤魔化せない。誤魔化したくもない。このひとがいい。

元の時代に戻ってもここでもガウリイがいる。なら、ここでもいいじゃないか。ゆりかごの様に安らげるこの森で時をすごしていけば。

月日がどんどん過ぎてなか、そう全身で想った。

……心の奥の奥の―――自分でも見えないかたすみを除いて。

 

 

一歩、二歩、三歩。

歩数を数えながらあたしは森の中を歩く。片手にはメモの束。

ガウリイが町に買い出しに行ってる間に、実際森の中を歩かないとわからない部分を埋めていく。

数日前も歩いた。そのまた前も。

あたしの推理が外れてくれれば、ひとつき前から置いてあり、数日前にはあった物体が、指定の位置にあるはず――――

 

「……」

――――なかった。思わず息を飲む。

往生際悪く、場所を間違えたのかもしれないとあたりを見渡す。しゃがんで草むらをかきわける。

けれど――――なかった。

ちょっとした魔道装置と、あたしがここにくる前から服の中に隠し持っていたスリッパ。

つまりは一緒に時を越えたもの。

それは――――あたしがつぶそうとした可能性が、現実的になった証拠。

草むらでしゃがんだままあたしは痛む胸を押さえた。

 

――――どうしようか。もうやめてしまおうか。

これ以上の全てに目を背けてしまえば終われる。このままでいられる。

何度も自分に言い聞かせようとする。あたしは――――。

 

「リナ?」

呼ばれて顔をあげればこちらにやってくるガウリイの姿。

「探したぞ、ここにいたか。家の中にいるんだと思ってたから」

「ごめん。ちょっと散策」

気を取り直し平静さを装ってあたしは言う。

ガウリイは何故かにこにこして言った。

「客が、来てるんだ。きっと驚くぞ」

言われて首を傾げつつも家の方にガウリイに促されて戻る。

家の中には、一人の女性がいた。あたしより十は上―――本来なら似たような年齢だろうか。

 

 

「――――」

長い黒髪と長身から一瞬何故かどこかの女魔道士かと錯覚したが――――白い巫女の衣装とそのおもかげで誰だかわかった。

 

「……アメリア」

あたしが呆然とするのをよそに、彼女は満面の笑みをあたしに見せた。