Long Story(SFC)-長い話-
揺籃の森のむこうへ -6-
―――――何をもって裏切りと言うんだろうか。
「何してるんだ、リナ」
ガウリイが言葉を重ねる。
「何って―――――」
現れた驚きのあまりあたしは言葉に詰まる。けれどすぐに平静を取り戻す。
慌てる必要はなかった。
少なくとも、まだ、今は。
肩をすくめて答えた。
「…隠し研究所の探検というか、勉強」
言うとガウリイは部屋の中をきょろきょろと見渡す。
あたしがつけた明かりのおかげで、全体的に明るいわけではないが、ところどころ書物を読むには問題ない程度の明るさがある。
「こんなんあったの知らなかったぞ、今まで」
まあ、そうだろう。普通に暮らしてたら気づかない。
「魔道士の家にありがちなのよ、こういう仕掛け。もしかしたらって思ったらやっぱりあったから、さ」
「昔ここに住んでたやつのか」
「みたいね」
何をやってたやつなんだ?と問われて再びあたしは一瞬言葉に詰まる。
落ち着いて。まだ何もわかってない。
確かな事実だけを彼に伝えればいい。
「この森についての研究みたいよ」
ほら薬草とか生えてるじゃない?というと彼は、ああ、と納得の声をあげる。
たくさんの本の山。彼には読めない文字で書かれているから大丈夫だとは思うが、気づかないかどきどきする。
「でも、それでどうしてこんな夜中に、オレに隠れて―――」
「…それは」
睡眠削って昼だけならともかくまだ書物読みたいなんて言ったら呆れるかなーと思って、とか適当なことを言う。
こう言うとき舌先三寸に回る自分の口を誉めてあげたい。
「盗賊いぢめ行ってた癖っていうか、なんかこの時間何かする時は乙女の秘密にしたくなるっていうか」
「…お前さんなあ」
言ってガウリイがあたしに近づく。
その声は怒ってるというのとも、呆れてるというのとも違ってて戸惑う。
「トイレから帰ってきたら、お前さんがどこか行くところで。トイレじゃない方だし。思わず後つけて」
それで寝てなかったのか。たまにこの男タイミングのいい。
「部屋に穴が空いてて、一瞬外に通じてるのかって思った」
隠し部屋でなく脱出口と思ったのか。
「別にそれなら、そんなとこ通らなくても普通に家の出入り口から出るし」
もし万が一こっそりと外に出るなら窓からという手だってある。
「でも、心配した」
言ってあたしの手をとり握りしめる。
「……どっかオレを置いて行ったんじゃって心配した」
「―――――」
大昔のガウリイに出会う前のあたしなら、こういう男をうっとうしいと思ったような気がする。実際端から見たらうっとうしいと思う。
―――けど、かつてあたしはこの男に思ったことがある。
信用してくれるのは嬉しいけれど、もっと心配しろ、と。
―――ガウリイの顔を思わず見てしまう。
ここ数日ちゃんとは見ないようにしてた。老けた彼が見るに耐えないからじゃない。そんなの気にしない。
まっすぐな瞳であたしを見ていた。
本当に不安そうな顔。そして―――熱を帯びた瞳。
「……ガウリイ」
「リナ」
すきだ、と彼がつぶやいた。はっきりと。
唐突なその三文字に一瞬頭が真っ白になった。そしてすぐにその言葉はあたしの中でくるくると回る。
「な、に」
「ずっと言いたかった。言いたくて言いたくて仕方なくて。今言っておこうと思った」
言って彼はあたしを抱きしめる。彼の胸に顔を埋めさせられた。
そんな中その声と体がわずかに震えてたのに気づいた。
「お前さんがまだ混乱してるっていうから我慢してたけど。でも―――はっきりさせておきたかったんだ。お前さんに惚れてるって。昔から。お前さんがいなくなるずっと前から。一緒になりたいって想ってる」
「―――――」
なんて切々と語るのか。その態度にあたしが今度は震えそうになる。
「ずっとって。…そんなの言わなかったじゃないあんた」
ゼフィーリアに行ったときだって。
戸惑いながら言うと彼は言葉を返す。
「今更だと思った。多分わかってるだろうなあって思ったし、リナもそうだと思ったし。ずっと一緒にいると思ってたから」
確かに―――――お互いそんな感じだった。
「…でも、今、言わなくたって、突然」
「後悔してたから」
後悔するから、とガウリイが手をあたしの耳のあたりに添えて、あたしに上を向かせる。
再び彼と顔を見合わせた。
―――ここにくる前、口には恥ずかし過ぎてしないけど、気持ちを眠らせていたけど、ずっとガウリイから欲しかった言葉や態度があった。
今のままでもいいけど、でも、もし彼がそうしてくれるならいいな、と。
あたしのことをどう思ってるか、ちゃんとした確認できる言葉。
保護者じゃない熱い瞳でのまなざし。男としての顔。
―――――その全てを、今目の前にいる彼は訴える。
あたしはその瞳に気づいたからここんとこまともに見られなかった。
ずっと望んでたそれは、今のあたしを動けなくする力を持っているから。
けれど見てしまったあたしは胸が苦しくて、そのまま瞳を伏せた。
……瞳を開くと慌ててあたしは引き寄せられてたことで少しだけ背伸びした足を元に戻した。
自ら彼から離れるとあたしは、すぐ後ろを振り向く。
「…も、もうちょっとだけ本読んでから寝るから。ガウリイは先に寝てて」
「……わかった」
おやすみ、と言って後ろからあたしの頭を撫でて、彼が部屋を出ていく。
「返事、落ち着いたら聞かせてくれよな」
そう優しい声で――ある意味とぼけた言葉を言った気配が遠ざかるとあたしはその場にへたりこんだ。
「……」
唇を自分の左手で覆って、右で頭を押さえる。
初めての柔らかい感触。そう長いものでもなく、ただ触れるだけのものだった。
けど、今のあたしには十分大きな衝撃だった。体中が脈打ってる。
――なんで今このタイミングなのよ。
もうちょっとはっきりするまでって思ってたのに。
傍にあった本の山を見る。
その中には、この森のことではないものが入ってる。直接的には、だが。
―――――空間のゆがみに関する資料。
森の情報と掛け合わせればあたしがこの世界にきた仕組みがわかるかもしれないもの。
同時に―――――再び元の時代に戻れるかもしれない可能性をもっている。
「……ばか。卑怯者」
拒めるはずがなかった。
望んでた瞳で口説かれて、しかもあんな風に痛々しいガウリイを拒めるほどあたしは冷静でも余裕でもない。
むしろ心が走り出す。制してたものが止められなくなる。自覚させられる。
――――ガウリイへの想い。惹かれているのだ。前よりもずっと。ここにきて急速に。
――――今の、年を重ねた彼に。
どうしろというのか。
これは裏切りなんだろうか。誰に。前の世界のガウリイに?
それともこんな研究を調査していることでここにいるガウリイも裏切ってるんだろうか。
せっかくこれからどうしようかが見えてきたのに――――。
眠れるはずがなかった。
その日はそのままその場所で――ただへたりこんで混乱する自分の感情と向き合っていた。