Long Story(SFC)-長い話-
揺籃の森のむこうへ -5-
――シルフィールの言葉から、自分がこれから、何をどうすべきなのか――が漠然と頭に浮かんできていた。
そして、同じく彼女の言葉がぐるぐると頭の中で巡った。
『たとえ、どんなかたちになったとしても』
その言葉が巡ると胸が苦しくなった。ただただ苦しくて、痛かった。そして、どす黒いものも同じところにわだかまる。
―――以前同じ想いを抱いたことがあったからこの痛みの原因と黒いものの正体はすぐわかった。
そして――――――それに関連する一つの事実にもあたしは気づいていた。
―――冒頭の『自分がすべきこと』と相反するものであるという事実も含めて。
「リナー、もう夕方だぞ」
「うわ」
ガウリイに言われてあたしは外を見る。確かに日は木陰とは違うかげり方を見せていた。
すぐ、ごめん夕飯作るわね、と立ち上がりあたしは台所に向かう。
――――とても穏やかに、けれどものすごい早さで一日が過ぎていく。
この森の日差しの入り方がまた絶妙すぎるのか、森以外何にもないからなのか、昼だと思ってたら気がついたら日が傾いてることは多い。けれどけして建物の中が暗くなるかというとそうでもなくて。建物の中は何か特殊な塗料でも塗ってあるのか深夜にならない限りはあまり暗くならない。
不思議な場所である。森の中にしては陰湿な印象にならないし、妙に心地よいというか。
あと、初めて見た時からひっかかってはいたのだけど、ちょっと建物の中を探索すれば魔道書がいくつか出てきた。
どうやら以前魔道士がここに住んでいたらしい。せっかくなのでここのところそれをあたしは読んでいる。読んだことのないものだから。
そしてそれ以外の時間は家事をしている。手を抜く気になればいくらでも抜けるものだが手をかける気になれば再現ないのが家事。あえて、今までガウリイが適当にやってた分あたしがやれば違うところを見せている。喜ぶし。
「今日は何作るんだ?」
笑顔で問う彼にあたしは材料を見て答える。
「あんたがさっき買ってきた魚使ってー…フルーツで味付けながら揚げてみよっか」
「うまそうだな」
「あとあんたが前美味しいって言ったスープも作ろうかな」
あたしが言うと一瞬眉を潜めるガウリイ。思い出せないのだろう。それだけ彼にとっては大昔のことだと気づいてあたしは言葉を補足する。
「ゼフィーリア帰ったときに作ったんだけど。覚えてないか。あんた美味しいってほとんど飲み干して」
「ああ」
本当に思い出したのかどうなのかぽん、と相槌を打つガウリイ。
あたしにとってはそう古い記憶ではないので苦笑する。
ゼフィーリアではよく料理を作った。まあ、姉ちゃんとかが旅先で覚えた料理を作れとか腕を見せろと言うことが多くて、家族全員のために作ったんだけど。
「おぼえてるぞ。あれだろ、カボチャっぽい味がするやつ」
どうやらちゃんと覚えてるらしい。実際にはカボチャ以外もいろいろ入ってるのだが、味覚として一番強く残る材料なのは間違いない。
「裏ごしとかちょっとめんどい行程あるから、手伝ってくれる?」
「おう」
二人で台所に立つ。
あたしはやるべきことを口で説明しながら包丁で野菜の皮を向いていく。
「あ、うまいうまい」
手を止めて横を見れば完璧な下拵え作業。感心して誉める。それに自慢げな彼。
「だろ?」
「これ結構難しいのよ」
「覚えたから任せてくれていいぞ」
頼もしい言葉。郷里にいたときはただ見てただけだったのに。やはりここで一人で暮らしていた分自主性が養われたのか。
よいことだし安心するけれど、でもなんだか申し訳ない気分も少しある。
うん、と頷いてあたしの方も作業を続ける。
「……こういうのいいな」
ガウリイがぽつりとつぶやく。
それにも、うん、と小さく―――とても小さくあたしは答える。
何が、とは訊かなかった。けど、無視もしなかった。できなかった。
あえて今顔を見ないようにする。けれど彼がそれを怪訝に思わないようにとどこかに平常な自分も見せる。
二人で作った料理を二人で食べて、穏やかな一日を今日も終えようとした。
ここに来てからもう十日以上。
この場所で二人で暮らす生活にリズムができてきてる。
端から見たらもしかしたら夫婦に見えるのかもしれないな、と思う。…実際には、親子に、かもしれないけど。
でももちろんあたし達の間柄がそうなったわけではない。
――――その手の話を、方向を、あたしは保留の姿勢をとっている。
ガウリイがずっと何か言いたそうなのは、初めてここに来たときから―――気づいてなくもない。
彼の表情も。態度も。けれど、まだ状況に混乱してるとか適当なことを言って距離を保っている。
――――ゼフィーリアに二人で行ったとき、あたし達の関係は変わるんじゃないかと思った。
だって女の郷里なわけだし。まあはっきりとした関係でないにしろ長いつきあいだし。いくらのらりくらりとした脳味噌くらげでも、うちの家族に押されてとか、なんだかんだで何かしらを切り出してくれるんじゃないかな、なんて思った。
けど甘かった、というか。はっきりしないものはやっぱりはっきりしないというか。
これからも一緒に旅していこうという話でまとまって終了。結局それは今までの関係を継続するというだけだった。
そこであたしも、どうしたいんだとつっこめばよかったのだ。けれど恥ずかしいと言う気持ちと―――何より一緒にいられるならそれでいいや、と思ってしまったから。
どんな関係だろうと一緒にいられることのが大事。
多くは望まない。ただ離れたくない。口にはできないけど強く思ったのは、郷里に着く前の戦いが多分大きな要因。
幼いかもしれないながらも穏やかな関係。
あの時関係を変えておけばよかった、とは言ったけどでもどこかで、変えなくてよかったって思ってる。
今あたしがしようとしていることの邪魔にどちらにしろなっていたのだろうけど。矛盾した行動と感情に困惑し続けてるのは嘘じゃない。
関係を保留にするのなら、さっさと旅に出た方がいい。環境を今と変えた方がいい。わかってはいるのだけれどそれはできない事実がある。
できない事実をあたしは見つけてしまった。
「眠り」
壁越しに隣の部屋に呪文をかけるあたし。
夜も更けてるし、大丈夫だろうが念のため。ガウリイに気づかれたくないので寝かしつけてから行動に移る。
数日前からこれを繰り返している。
ガウリイが使ってない空き部屋の一つに入り、その部屋の壁をあたしはいじる。
ごうん。
隠し扉が開く。見つけたのは偶然―――ではなく、それなりに探してのことだった。
ここに住んでたのが魔道士だとわかった瞬間、この建物の正体はすぐわかった。
――――魔道士の元研究所。
今使われてない、住んでない理由はわからないが、それならばどこかに隠された研究室があるはず。このあたし達が使ってる居住区域に置いてある魔道書だけでは少なすぎる。
当然その手のものは地下にあるのがお約束だし、あとはそこに入る入り口さえ見つけてしまえば――とそれっぽいところを探し見つけたのだ。
そして中で資料の山に出会い、あたしはその研究内容に驚いた。
それから毎日、夜はここでしばしその研究内容を読み説いている。
「……」
研究内容は――――――この森。
森の広さ、木の位置、磁場。日の入り方。その他多岐にわたってこと細かく毎日観察された結果の山。
もちろん魔道士がわざわざ調べていたのだから単なる地域研究なんかではなかった。
「何、してんだ」
「っ」
突然の声にびくりとして、紙の束から部屋の入り口の方に視線を移す。
そこには――――――困惑した顔の、眠らせたはずのガウリイが立っていた。