Long Story(SFC)-長い話-
揺籃の森のむこうへ -4-
「リナさん…!?」
「や。久しぶり」
目の前に現れた幻に向かって手をあげて挨拶するあたし。
少なくともこれはあたしの感覚でも間違ってない。シルフィールには随分と会ってない。
もっと手こずると思ってたのだが意外と簡単に協会で名前を伝えれば隔幻話の手続きはとれた。
まあ、十五年も前に名前が知られてた人間がこの若さの容姿はないだろうと向こうもさすがに思ったろうが、あまり深くは聞かないことにすると言ったようにあっさりとしていた。魔術で若さを手に入れたとか思ったのかもしれない。
あっさりと手続きが進んだのは相手が同じくあっさり捕まえられたのもあるだろう。
シルフィールのことだから、なんとなく未来は想像できた。セイルーンかサイラーグ。どちらかでおそらく神殿の神官長でもやってるだろうと。ビンゴ。
しかもラッキーなことにちょうど今所用があって協会を訪れているという。それならばすぐとりついでくれとあたしは願い、あっというまに施術室に入り今に至る。
ガウリイに詳しくシルフィールがどうしてるか訊く方法もあったのだが何故だか訊く気になれなかったからよかった。
「どうして…!その姿…」
「いや、まあ…そのことで話したくて」
若いままのあたしに驚く彼女に肩をすくめて答える。
ちゃんと十五年歳をとっている彼女は、確かにあたしの知っているシルフィールとは容姿が微妙に違うが、同じ時間を過ごしているはずのガウリイとも違った。
綺麗に歳を重ねるというのはこういうことだろうか。ガウリイとそう歳が変わらなかったはずなのに、老いてはなく美しく成長していた。
―――あたしも本来ならこんな風に成長できていただろうか。そう、一瞬思った。
あたしは――説明した。十五年の時を越えたこと。越える直前どんな状況だったかこと細かく。
そして今、ガウリイと再会した、シルフィールの神託通り―――と話すと彼女は固い表情になった。
「……そう、でしたか…そういうことでしたか」
あたしの言葉にため息混じりでつぶやくシルフィール。そしてなにやらぶつぶつと自分の世界に入ろうとする。それをあたしは止める。
「で、教えて欲しいの。シルフィールが受けた神託について。手がかりが欲しくて」
「手がかり…ですか?」
「何がどうしてこうなったのか。やっぱり知りたいじゃない。とりあえずそういうの調べていこうかなって思ってて」
「……」
目を伏せてしばしした後、シルフィールは語りだした。
神託が起きたときのことを。
――――その時彼女は、あたしがいなくなったことを知らなかったという。
唐突にただ、それは降りてきた。
『リナ=インバースは再び同じ森に現れる』
どういう意味なのかわからないと困惑していたところに―――あたしを探して世界を歩き回っていたガウリイに出会った。
このことだ、とシルフィールは納得した。そしてそれを告げた。
――――消えた森に行けばあたしにあえるかもしれない、と。
「……言って、数年後わたくしは後悔しました」
静かに語るシルフィール。眉をひそめるあたしに、目をひらき、まっすぐにこちらを見て語る。
「『いつ』会えるのか。現れるのかがわからなかったからです。それなのにガウリイさまに言ってしまった」
「…あ」
結果十年以上ガウリイはあの森で待っていた。
彼はあの場所に縛られた。
――――あたしに再び出会うまで。
「……そして、今。もう一度後悔してます。ひどく。リナさんの話を聞いて、姿を見て」
「…え…?」
言うべきではなかった、と悲痛な顔をする彼女。意味が分からなかった。
いや―――多分あたしは知っていた。けれどそれを考えないようにしただけで。
だからシルフィールに言われた次の言葉で、ひっかかっていた何かが綺麗に氷解した。
「リナさんが『現れる』とは神託は告げた。けれど――――『帰ってくる』とは言わなかった」
「――――――」
お帰り、とガウリイに言われた。
ただいま、とあたしは答えた。けれどそれは正しかったのか。正しいのか。
――――あたしのいるべき場所は。
リナさん、とシルフィールがあたしを呼ぶ。
とても低い声で強く。その声は苦しいものを含んでいた。
「ガウリイさまを―――救ってあげてください」
「…救う…って」
この場合救いを必要とするのはあたしの方じゃないかと思い困惑する。けれど構わずシルフィールは言葉を続ける。
「リナさんは、ガウリイさまが、リナさんがいなくなったあとどれだけ苦しんだのか――あのひどい姿を知らないからピンとこないかもしれません」
魔法の道具屋のおばちゃんと似たことを言う。
「けれど――――あの方を救えるのはリナさんだけです。リナさんしかいないんです。たとえ、どんなかたちになったとしても」
――――シルフィールはこの十五年どう生きてきたんだろう、と思う。
職業は簡単に予想できた。けれど私生活彼女はどうだったのだろうか。幸せだったのだろうか。
それは――――やはりあたしには、ガウリイに訊かなかったときと同じくなんとなく訊けなかった。
発言をきいてた隔幻話の術を行った魔道士を適当に舌先三寸であしらい、協会を出ると入り口前に大荷物を抱えたガウリイが待っていた。
あたしを見ると一気に笑顔になる彼。それに胸がぎゅっと締めつけられた。
「遅いから、心配したぞ」
心配を含んだ声。すがるような瞳。
「…ごめん。ちょっと調べものに手間取ったの」
あえてシルフィールと会ってたことは伏せる。
「食料、随分買い込んだわねー」
彼の荷物を見てあきれるようにあたしは言う。肉やら魚やら野菜やらあらゆる食材が袋に詰まってる。
「だって、リナが作ってくれるって言うから」
苦笑した。だからってこれ全部使うのか。使う料理作れと。
「――――早く帰ろう」
ガウリイの言葉に、ん、とどっちつかずの返事をするあたし。
そうして彼の横を歩きながら今夜の料理を考えるふりをして、考えていた。
――――これから、あたしは何をすべきなのか。
何ができるのか。どんなかたちが正しいのか―――ということを。