Long Story(SFC)-長い話-
揺籃の森のむこうへ -3-
一瞬で十五年経った、と言われても簡単にそれに適応できるわけでもなく。
知らされる事実の一つ一つにあたしは驚き続けていた。
「結構活気づいてるわね」
翌日ガウリイが森を出た先にある町にしごとで行く、と言うのであたしはついていった。
彼の言うとおりで、あたしの記憶では小さな村があったかなかったかという場所にはそれなりの新しい町ができていた。
「新しく街道ができて、人や物流の流れが変わって発展したって話だからな」
そういえばあたしの知ってる十五年前、もうすぐ道ができるとか噂で聞いた気がする。それがこうなったわけか。
「あ、魔道士協会もある」
「寄るか?」
言われてあたしは少し考えた後軽く首を横に振る。
「あとにしましょ。手続き面倒そうだし」
何しろ十五年分あたしは歳をとっていない。名前を名乗ったところで年齢的に怪しまれる可能性もある。まあ、年齢を細かく協会が把握してるとも思えないけど。
いろいろ協会で知りたいこともあるのだが、それよりも今興味があるのは彼のしごとである。
「でもまさか、あんたのしごとが薬草摘みだと思わなかった」
言って歩きながらあたしはガウリイが背負った大きな袋を見る。その中には今朝彼が摘んだ薬草が各分別されて大量に入っている。
てっきり剣士であることを生かしたしごとしてるんだと思いきや。
「あの森でしかとれない薬草が結構あるらしくてな。あの森に住み始めたら、薬草取りのおばちゃんとかちょくちょく来て。運ぶのもしんどそうだからって手伝ったのがきっかけだな」
「でもよく種類とかわかるわね」
出かける前に見せてもらったものは確かに魔法薬に使われるがあんまり手に入りにくい薬草ばかり。
魔道士としてある程度あたしにも薬草の知識は当然あるが、いくつかは聞いたこともないようなものもあった。
それをこの男はちゃんとたくさん生えてる草の中から選んで摘んだのである。薬草の名前はどれもちゃんと言えなかったけど。
「これもおばちゃんの手伝いして、だな。とりあえず形とか色とかにおいとか覚えれば間違えないし、間違えたことないし」
妙な才能を知った。
「…剣で生計たてようとは思わなかったわけ?」
「考えたけど向いてなかったな」
即答した彼の言葉に眉を潜める。剣士が何言ってんだ。
それに苦笑してガウリイは言葉を重ねる。
「あの森でリナ待つのに夢中だったから、森を長く離れるような仕事は向いてなかった」
「……」
なんかすごいこと言われた気がする。
どう答えるべきかと悩んでるうちに目的地についたようで、ガウリイがとある店の扉をたたいた。
「おばちゃーん。いつものもってきたぞ」
ガウリイの声にしばししてから、はいはいはい、と軽快な声とともにいかにもと言った、黒髪の商人のおばちゃんが出てきた。今のガウリイより十は上だろうか。
考えてみれば今の彼だってそれなりの歳だと言うのにその呼び方はどうなんだろうか。おばちゃんとしては。
「いつもありがとね。……て、その子は?…て、ああ!」
あたしの方を見て、こちらが何か言う前に手を叩いて納得のしぐさをするおばちゃん。
「もしかして…ガウリイさんが前言ってた子かい?歳からすると…娘さん?」
「え」
違う違う、とガウリイが首を横に振る。
「でも、言ってた子ってのは当たってる」
穏やかな笑みで言う彼に、おばちゃんまでが笑顔を見せた。
「大事な子がいなくなって、会えるのを待ってるんだ、って。昔会ったとき聞いてたんだ」
家の棚が壊れたので困ってる、というおばちゃんに、じゃあ新しいの作ってやると機嫌よくガウリイが大工仕事を引き受け、その間あたしはおばちゃんが受け取った薬草を店の方に並べるのを手伝いながら話を聞いた。
「当時は彼ひどかったんだよ。あんな森に住んでて、何もしないで、ただ待ってるって。食べ物もろくに食べてないっていうし」
「……」
「待ってる人を心配させるような真似するな、いろいろできる元気な男になれって言ったのはあたしさ。息子がいてね。ガウリイさんよりは年は下でもう独立してるけど、似たところがあったから、つい、ね」
「―――――――すいません」
思わずあたしは謝る。
その、当時のガウリイはあんましピンとこないが、なんとなく想像できなくもない。
それにからからと笑うおばちゃん。
「まあ、でもよかったよ。彼の思いが叶ってさ。まさかこんな若いお嬢さんだとは思わなかったけど」
言われてあたしは曖昧に笑むしかできなかった。
「何、話してたんだ?」
帰り道に歩きながらガウリイに訊かれ一瞬言葉に詰まる。
「あのひとがあんたが三つ編み綺麗にできるようになった師匠なんだとか。その辺を」
適当な部分を言ってみる。
けど結構大きなことだ。以前はできなかったこと。何かで髪を結ぶ時はあたしがいつも結ってあげてた。自分でやってると先日聞いたときは純粋に驚いたのだ。あたしがやるよりずっと綺麗でちょっと悔しかった。
「いない間できるようにしたらお前さんに誉めてもらえるかなとか思って」
「偉い偉い」
言うと軽い口調すぎたか、ちょっと不満げな顔をする。子供みたいだ。でも、確実にその表情は歳を重ねていて。
あたしの知らないガウリイがいっぱいだ。そりゃ前だってそんなにいろいろ彼のことを知っていたかと言われたら困るけど。
「……娘、か」
親子に見えるだけの歳の差が今のあたし達にはあるのを思い知らされる。
ぼんやりとそうあたしがつぶやくと聞き逃さなかったらしく彼が笑ってあたしの頭を撫でる。
「ひどいよなあ。オレ、そんなに老けたつもりないのに」
「あたしが若すぎるのよ」
言うと今度は彼が小さくつぶやく。
「…でももうこれからは一緒歳とれるし。関係ないし」
「……」
あたしはまた曖昧に笑む。
おばちゃんに言ってた『大事な子』。どういうつもりで彼は言ったのか。
その答えは―――――――――嫌でもわかる。いや、嫌じゃない。
―――――――――でも。
「…あ」
再び行きも通りかかった魔道士協会の前にさしかかる。
「ガウリイ、ちょっと寄っていい?」
「ああ。じゃあ、その間オレ食材買ってくる」
料理も普段最低限してるらしい。昨夜食べたけどまずくはなかった。シンプルすぎたけど。
「調味料いくつか適当に買っといてくれる?あと野菜もいくつか。フルーツもあるといいかも。オレンジとか」
「リナが作ってくれるのか?」
あきらかに声のトーンがあがる彼。苦笑してあたしは頷いた。
「まあ何ができるかはあんたの材料の買い方次第だけど」
わかった、と嬉しそうに市場の方に彼は向かう。
その後ろ姿を見送ってからあたしは協会の中に入った。