Long Story(SFC)-長い話-
揺籃の森のむこうへ -2-
「十五年待ってた。お前さんがいなくなってから」
我に返り、離してとガウリイをどつくと、彼が最初に言った台詞がそれだった。
あたしがその言葉に更に絶句し困惑したのを見ると、とりあえず家に行こう、と彼が言い、よくわからないままあたしはうなずいた。
森を少し歩けば建物が見えてきた。森の中には似つかわしくない頑丈な作りの建物。小さく、民家と言われればそのようだが、けれどどこか違和感がある。
たどり着くとすんなり迷いもせず彼はその建物の鍵を開ける。
「あんたが作ったの?この家」
いや、とガウリイが首を振る。
「十五年前からある建物だぞ。あの時は気づかなかったかもしれないけど。中に入ったら鍵がおいてあって」
誰も住んでなかったら住み着いた、と言う。をい。いいのかそれ。
けれど十五年間怒られなかったところを見ると本当に空き家だったのだろう。家の中は最低限の生活用品が置かれていたものの殺風景だった。
…もちろん彼の言うことが全て本当ならばの話だが。
「ひとつ、まず一応確認させて」
適当なイスに腰掛けてあたしは言う。カップに水を注いだ彼はテーブルに二つそれを置いて、なんだ?と訊く。
「あなたが、本当にガウリイだって証拠を見せてほしいんだけど」
言うと彼は眉をひそめ悲しげな顔をした。
「わかんないのか?」
「いきなし十五年経ったとか言われても、何がなんだか。納得できるわけないし」
確かに気配にしても何にしてもどう見てもガウリイだが、魔族の作り出した偽物とか、罠の可能性も否定できない。
ため息ついて、彼は部屋の片隅に置いた剣を見ながらあたしに告げる。
「…手合わせするか?お前さん、オレの剣の太刀筋わかってるかわからんが」
その言葉にあたしは確信を抱く。
「…オーケー。信じるわ。あんたが本物だって」
これで、リナはこうしてたああしてた、と記憶を頼りに証明しだしたら、脳味噌ジュレな彼にありえないと否定するつもりだったが、剣の腕で証明すると言われたら肯定しかできるわけがない。自身を証明するのに一番正しいものを知っている。それだけで実際手合わせするまでもない。
まあそこにあるのが彼のいつもの剣にしか見えないのもあるけれど。
と、なると本当にここはあたしの知る世界から十五年も過ぎた世界になる。
十五年後。
彼の老け方からもっと歳を重ねたものではないのかと思えなくもないが、まあそこはとりあえずさておく。
「何が、あったの」
言うと再びガウリイは眉をひそめた。
「お前さんがわかってないならオレにもわかるわけないだろ」
ただ、魔族と戦っている最中、突如として消えたとしか、と言われ、先ほどの感覚を思い出す。
空間が音をたててゆがんだようなはじけたようなおかしなもの。――と同時に突然この世界に飛ばされた。
どういう仕組みか細かくはもちろん知るよしもないが、あの時のあたしの術と魔族の空間をわたったその力が相互作用を引き落とし、違う世界の――違う時間の空間と偶然つながったのではないだろうか。そこにあたしは巻き込まれはじかれ、入り込んでしまった。
だとしたら――
「ずっと、探してた」
ガウリイに言われ、思考を止めてあたしは彼の言葉を聞く。
「最初の一、二年くらいは、あちこちの国や町に行ったんだ。リナを探して」
突然のことに彼は困惑した。
あたしがどこに行ったのか、どこかにいるのか――世界中を走り回ったのだという。でもあたしはいなかった。
「けど、シルフィールに言われたんだ」
「シルフィール?」
意外な名前が出てきた。
――走り回ってるさなか、彼女の元にたどり着いたガウリイ。
事情を聞き、戸惑いながらシルフィールは告げた。実は先日、神託が降りたのだと。
――消えた森で待てば会える。
そして――彼はその通りにした。
「……十五年探してた」
先ほどの言葉を重ねるようにガウリイは言う。
あたしの手を握りながら。その言葉は、重い。
それが本当ならば、少なくとも彼は十年以上この建物以外何もない森の中で待ち続けていたことになる。あたしを。
何を言うべきか言葉に詰まる。そんな中ガウリイがやさしい、とてもやさしい声で言う。
「おかえり、リナ」
――それに返せる言葉なんて一つしかなかった。
心の中で感じたものを仕舞いこみあたしは応えた。
「…ただいま」
もう一度ガウリイが感極まったようにあたしに抱きついてきたけれど抵抗はしなかった。