Long Story(SFC)-長い話-
SAPPHIRE -9-
「よ。わりと早かったな」
荷物を決めた宿屋に預けてから指定された食堂に行ってみると、本人の言った通り待っていた。
嬉しそうに私を見つけると手を振る元赤毛。
私はその明るい態度に呆れながら向かいの席についた。
「どうした?機嫌でも悪いのか?」
「…仕事を解雇されてここに来たのよ」
別に呆れていただけなのだけれどそう短く答えた。すると。
「解雇?何か問題でも起こしたのか?」
一応あなたが原因よ、と言ってやろうかとも思ったのだけれど言ってもつけあがらせるだけのような気がして黙った。
別の回答をする。
「昨日の暗殺者を逃した事による不手際さと言う事で、ね。
……実際には単に王妃が目障りだった私を追い出したいだけのようだったけれども」
「それで、昨日の、あれ、か?また話通りの随分な気性の荒い王妃だ事で」
ため息をついて彼が言う。
「しかし、信用してくれたみたいだな。俺が言った事」
「…状況から判断しているだけよ」
彼が喜ぶところにきちんと水を差した。
それに怒り出すかとも思ったのだけれども彼は苦笑いする。
「……ま、これから信用してもらうように頑張っから。
そーいや名前言ってなかったな。俺はルーク。……あんたは?」
「………ミリーナ」
一瞬偽名を答えてやろうかとも思ったのだけれども無意味な気がして結局本名を出した。
ルークと言う名前が本名だという確証はどこにもないのだけれど。
「ミリーナ、か。いい名前だな。
で、ミリーナ。昨日の暗殺者の事なんだが」
知ったとたんに呼び捨てされるのにも何か言おうとしたけれどやめた。
全てに突っ込みを入れていたらおそらく話は永遠に進まない。重要なものだけにしておく。
「俺もあいつに会うのは初めてなんだけどよ。暗殺者としては結構有名な奴だったんですぐわかった。
あのナイフでな」
「―――――それは、暗殺者ブーレイ、ズーマレベルと言う事?」
ブーレイ。ズーマ。
魔道士、剣士なら誰もが知っているトップクラスの暗殺者。
かなりできるようだった。だとしたら―――
しかし彼は手をぱたぱた振る。
「いや、あそこまではいかねえよ。有名って言ったって同業者内での話だ。
――――俺があの時、奴が投げたナイフをいつのまにか持ってなかったのは、気づいたか?」
私は黙ってうなづいた。
「別にナイフを隠したわけじゃねえ。……消えたんだ」
「消えた?」
私は眉をひそめた。
「あのナイフは本物じゃなくて―――幻覚だってことだ」
「―――」
昨夜の状況を思い出す。
迫り来る小ナイフ。通りすぎる感覚。
あれはどう見ても―――
「強い催眠を伴う幻覚は本物と変わらない、ってことだ。
つまりやつの得意技は―――幻覚で殺すんだ。
凶器は残さない。場合によっては自然死にも見せられる。
――今までの殺人の中で凶器が落ちていたと言う話は聞かないだろ?」
………確かに。
城の傭兵にしろ何にしろ、殺された人達の事件は何が凶器かははっきりしていないとの話だった。
殺された子供達の中には、自然死とはいいがたいから殺人、と言う曖昧な判断のものも含まれていた。
幻覚が凶器なら――――
そこでふと何かひっかかるものを感じた。
何だろう、と思った時ルークの口にした言葉がそれを氷解した。
「やりかたが特殊だからな。
俺達の間では―――まんま『幻覚殺しのクルンツ』と呼ばれてた」
「――!」
がたん。
椅子から思わず私は立ち上がりかけた。
息をするのも忘れそうな位その言葉に驚いた。
口の中が乾く。
………クルンツ……!!
「ミリーナ?どうした?顔が―――青いぞ?」
私の異変に気づいた様にルークが訊ねてきたもののそれに答える余裕も今の私には持ち合わせてはいなかった。