Long Story(SFC)-長い話-
SAPPHIRE -10-
クルンツ。
その名前の暗殺者を忘れまいと心に誓った。
見たこともなく名前しか知らなかったけれども。
それでも。
あのひとを殺した暗殺者の名前を――忘れられるわけなかった。
―――まだ私が14で、故郷にいた頃だった。
私の住んでいる家の近所に魔道士のルベウスと言うひとが住んでいた。
攻撃呪文を操るタイプではなく研究タイプのひとだった。
彼が研究しているのは―――宝石の護符――ジュエルズ・アミュレットだった。
代々続いた宝石の護符職人の息子であり当主としても街では有名だった。
若くして魔道士協会評議長にも高く評価されていて、仕事を優先するために要職にすらついていないものの協会内では暗に大きな位置にいた。
「ルベウス」
私が家に訪ねていくと彼はいつも笑顔で迎えてくれた。
6つも離れていれば、子供だと思われていたのだと思う。
それに何より彼は早くに亡くなった私の両親と知りあいだったというのもあり、親が亡くなった後は一人で生活する私に色々援助もしてくれていた。
けれども私は一生懸命背伸びをしていた。
子供らしい言語はなるべく避けて彼と話した。
「やあ、ミリーナ。今日はどうしたんだい?」
研究しているらしい宝石の数々を眺めながら、彼は言う。
「どうした、じゃあありません。評議長が呼んでました」
「また研究は進んでるか、とかそんなところじゃないのかな。
本当に必要とするなら直接お呼びがかかるよ。きっとね。今ちょっとこの宝石見ているところだから」
「……」
私は少し呆れてしまう。
けれども宝石を見ているときの彼は本当に楽しそうで。
一番輝いていた。
「そうだ、ミリーナ。これ。この前発掘したんだ。何かわかる?」
そう言うとルベウスは私の手のひらに碧色の宝石を載せた。
「……エメラルド…?」
碧色の宝石と言えばエメラルドしかない。
けれどもはずれ、と彼は言う。
「サファイヤだよ。まぎれもなく」
「……サファイヤ?サファイヤって青いものじゃあ……」
「うん。一般的には青いね。丁度ミリーナの瞳の様に」
彼はその宝石と同じ碧色の目でそう私に言う。
「けれども基本的にサファイヤって言うのはコランダムって成分でできているものをさすんだ。
赤以外はどんな色でも『サファイヤ』と呼ぶんだよ。
これは『グリーン・サファイヤ』。綺麗だろう。僕のお気に入りなんだ」
「赤以外…赤は?」
「赤は『ルビー』。紅のみ違う名前の宝石として扱う」
『ルビー』と『サファイヤ』が元々は同じ宝石だと言う事をそれまで私は知らなかった。
ただ色が違うだけで分けられているのだ、と。
「…まるで、人のようね」
私はぽつりと言った。
元々は同じ人間でも。
ちょっとした違いで別の扱いをするものになる。
殺す側。
殺される側。
赤に染まるもの。
赤に染められるもの。
――――どちらも赤くて。
赤と全く関係なく穏やかに生きてくものは他の色。
それに―――大昔の魔王の伝承では。
ルビーアイ、と呼ばれた魔王は人に何度も生まれ変わり封印されていると聞く。
違う要素が眠ったそれはやはり『ルビー』で。
他の人々は『サファイヤ』に見たてられる、と思えた。
すると私の言葉を聞き逃さなかった様で寂しげに彼はわたしを見た。
「……ミリーナ。人と石は違うし―――どちらがどう違ってどう良い悪いとかはないからね」
「……」
「よくここに来るけれども、友達は作っておけよ。人は一人じゃ生きていけない」
「……ルベウスやギウスがいるわ」
ギウスと言うのは、ルベウスの8つ離れた弟だった。私より2つ下。
「ミリーナは不器用だからな。すぐ作れ、って言っても無理かもしれないが」
苦笑いして彼は言った。
「僕達だけじゃなく、ゆっくりでいいから誰か信じられる人を見つけろ?
魔道よりも何よりも大切な事だ」
それが彼の口癖だった。
彼は私が人をあまり好きになれないのを知っていてそれを直そうとした。
私の両親は商人だった。
買い付けの商品を買いに少し離れた町へ出掛けた際に盗賊団に襲われて殺された。
いつもは父一人で行くのにたまたまその時は母もついていた。
同じ街の商人仲間が遺品を持ち帰り私に手渡したのが私にとっての両親との再会だった。
これが、父?
これが、母?
おそらく骨を持ち帰ってきてくれたとしても同じ感情だっただろう。
人は人を殺し。殺され。
そしてこんな形に――赤へと変わっていく。
私の心のどこかがその事で空虚となって――あまり人と関わりたくなくなっていた。
優しく穏やかに――私を笑顔で迎えてくれる――ルベウスを除いて。