Long Story(SFC)-長い話-

SAPPHIRE -24-



城を出るとルークがいて、ええ、と私は軽くうなづいた。

皇子と会った後、王と挨拶し、私は2・3日中に街を出る意思を示した後だった。



 

王によると、王妃には無期軟禁の対処を取ったらしい。牢屋、とまでは言わないものけして他者と関わらない様に部屋を準備したらしい。

詳しくは、知らないし訊かなかったものの。

皇子との面会もしばらくはさせないつもりらしい。



事に変化したのはもちろん王妃だけではない。

皇子は状況が状況だけに、特別な処置はあまり取っていないものの、自身が受けた傷が大きすぎる。

私が言った言葉が、少しでも彼の心を救う事になったのか、逆になったのか―――。

しばらくはやはりそうそう元の様には笑えないのだと思う。



―――赤は、広がらなくても、そうでないものはやはりどうしても、溢れてしまう。

本人達だけでなく、周りにも。



けれど一応の結末を、王宮としては迎えている。

王妃の言動の謎も―――あの精神状態では解明する方が難しいだろうと謎のままになってしまった。

私にはやるべき事があるもののそれはもう、この国とは無関係だからこの国に留まる理由もない。

王が事の詳細をこの街の協会に伝えてくれた、との事で私の汚名も撤回された様だし。

…皇子は気になるものの、ルベウスと同じ目をした彼ならきっと大丈夫だと――祈るしかない。



 

 

「…で、これからどーするつもりなんだ?ミリーナ」

「明日にでも荷物をまとめて―――街を出ようと、思っているわ。もうここでの事は済んだし。

………そう言う貴方は?」

ふと気づき私がそう尋ねると彼は驚いた顔をして。

「何言ってんだよ、俺はミリーナと一緒にらぶらぶな旅に出るに決まってるだろ?その為に仕事廃業したんだし」

「…誰と誰がらぶらぶですか」

「ミリーナぁぁぁぁぁぁ」

冷たく言い放つと情けない声で抗議するルーク。

「まだ俺の愛は通じないのかぁぁぁっ?信用してくれてるんじゃないのかっ?」

「信用しているかとは話が別です。それに私は信用してないわけではない、としか言わなかったはずよ。

……第一、前言った事を信じろと、言うの」

「前?」

「――私の目に惚れたとか、そんな馬鹿な話」

「いや、それは本当だって」

ぱたぱたと手を振るルーク。

少し顔つきを真面目にする。



「あの時、暗殺者姿の俺に対して、見た目がよ。

けして他の連中が今までした目じゃなかったんだよ。

蔑む、とか恐怖とか、なんてーのか…濁った感情のある目、って言うのか?

ミリーナは皇子を護る、って意志の目と―――何か、光を信じてる目をしてただろ?

あの時、そんな目を強く持って俺を見る女なんて見た事なかったから、な」

「……」



そう言われても、私には自覚がないのでわからない。

何か光を信じてる――と言うのはやはりルベウスの影響だろうか。



「まー、それ以上に明るいところで見たら思った以上に美人だわ物静かだわってのもあるんだけどな」

「……」

私が呆れて何かものを言おうとすると、その前にルークが言葉を続けた。

「何はともあれ―――ミリーナにとってはまだ終わってないだろ?それを片付けないと、な。らぶらぶトラベルの前に」

「……最後のは余計です」

 



そう突っ込みを入れつつも、彼もさすがに私のしたい事に気づいたのか、と少し驚いた。

――それに付き合ってくれると言うのに、どこか心地よいものを感じた。

 



「とにかく今日は宿に戻るか。ミリーナも体調万全じゃねーだろーし、俺もほとんど徹夜だし。あと作戦も練らなきゃだろ?」

そう言って彼が先に歩き出した。

「―――そう言えば――」

ふと思い出して私は口にした。その言葉に、ん?とルークが振り向く。

「一つ、疑問があります。クルンツについて―――言い忘れていましたけれど」

言う前に城に入ってしまったから忘れていた。

私もゆっくりと歩き出した。



「クルンツが―――ルベウスを倒す時に、てこずっていたと言う事です」

 

 

 



 

 

 

 

「てこずったって―――その、ルベウスって奴はかなり強かったんじゃあないのか?」

夜。

場所を改めて、宿屋のルークの部屋で体制を立て直したとき、ルークがそう切り出した。

私は静かに首を横に振る。

「確かに、魔道士としては最高でした―――彼の技術は素晴らしかった」



身内のひいき目を除いてもそうだった。

町を出て、他の町の魔道士や職人を見ても、彼ほどの技術に私は未だに会ったことがない。

けれど。



「けれど彼はあくまで―――研究タイプの魔道士として一流だっただけです。

そして――攻撃呪文は一切使えなかった」

「……!?」

ルークが驚いた顔をする。



そう。

それなのだ。

ルベウスは―――攻撃魔法が一つも使えなかった。

覚えなかった、が正解かもしれない。

 



 

 

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「何か新しい魔法でも覚えるつもりかい?」



魔道士協会のとても小さな図書コーナーの本棚を見ていた私に、たまたま訪れていたルベウスが声をかけた。

私は本棚から彼に視線を変える。

「ええ。この前火の攻撃呪文を覚えたから、今度は精霊系を覚え様かと思って。基礎論を」

「ミリーナは物好きだな。こんな平和な田舎町じゃあみんな攻撃呪文なんて覚えるところまでやらないのに」

「……この町から、出ないとは限らないでしょう?」



まあ確かに、と苦笑するルベウス。

たぶん私の言いたい事はわかったのだろう。

両親が、町を出たことで殺されていると言う事実。

いつ、どんなことで町を出るかは、役立つかは、わからないから。



「……そう言えばルベウスは、そう言った術を使わないの?」

私はふと気づき訊ねる。



彼のレベルならおそらく基礎さえ学べば私より簡単に攻撃呪文なんてぽんぽんとマスターしてしまうだろう。

けれどもそう言った術を使ったところを見た事がない。使う機会もないだろうけれど。

彼はうん、と言ってわたしに優しく語り掛けた。



「わざと覚えない。興味もないし。

知ってるに越した事はないけれど、攻撃呪文が使える、ってことであらぬ争いを呼びたくないし。

あ、あくまでこれは僕自身に関して、だよ。ミリーナが覚える事に関しては僕は何も言わない」

「……」



彼が、私を否定するような言い方はしないのは昔っからだ。

私を、と言うより誰かが何かをすることが自分とは違ってもそれを否定はしない。

人には色んな考えがあって色んな答えが有るから、と前そう笑っていた。



「結構攻撃呪文じゃなくても武器になってしまう便利魔法、って言うのも多いしね。地精道とか浄結水とか。それらを覚えているだけで充分なんだ。

逆に興味あるのは高位回復呪文とかだな。まあそう言ったの勉強する暇があるなら仕事の技をもっと磨け、とか言われそうだけど」

「…術は使い方とつく職業次第ってことですか」

私も苦笑した。



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だからルベウスは『炎の矢』の様なポピュラーな攻撃呪文ですら使えなかった―――学ばなかった。

きちんと訊いた事はないものの簡単な回復呪文と、便利呪文だけ。

後は自分の研究の、宝石の術に対する魔法しか彼は知らない。

にも関わらず―――クルンツは、倒すのにてこずった、と言った。

 



「なんか単純な所に弱点がある―――ってことか?あの幻覚に対抗できる」

ルークが髪をかきあげて、考えこみながらそう言い、私もその点に―――思案をめぐらせた。