Long Story(SFC)-長い話-

SAPPHIRE -23-



「皇子は今部屋に篭っておる。ほとんどの者とは、会いたくないと私に伝えていたが……

君には自ら会いたいそぶりを見せていた」



皇子の部屋に着いてから、扉の前で、案内してくれた王がそう私に言った。

私は扉をノックし、ゆっくりと扉を開く。

見るとベッドの上で寝転がり、ぼうっとしている皇子がいた。

私の姿に気づく。

「……!」

皇子はすぐさま、ベッドから身を起こし、傍にある羊皮紙の束とペンを手に取った。

私は目で、王に二人にさせてくれ、と合図を送った。

王はうなづき、その場を離れてくれる。



……ちなみにルークは、先ほどいた部屋に待機させた。

皇子からしたらほとんど面識はないし、万が一、自分の部屋に忍び込んだのが彼だと気づいたら。

警戒して会ってはくれないのではないか、と考えて。



皇子は会話が出来るよう準備を万端にしてくれた。

私は傍の椅子に腰掛ける。

―――けして笑顔、ではなかった。当然ながら。

だからと言って私を拒んだ表情ではない。

どこか後ろめたい、けれど安心した、そんなような表情だった。



「……皇子。訊きたい事がいくつかあります。けれどその前に―――」

私は皇子の碧の目をじっと見つめて、言葉を続けた。

「もう2度とあんな真似は―――しないでください。例え、私を助けるためだとしても」

 



「……」

かりかり、と羊皮紙に書き、それを見せる皇子。



『怒っている?』



「……怒って、いないと思いますか」

無表情で答える。

「……」

「実の母親を刺して、自分をも刺そうとした人を、怒らない人だと思いますか、皇子。―――――私が」

 



この事件で、一番護りたかった貴方が、そんな事をして―――

自分のためとは言え、喜べるわけない。



更に後ろめたそうに、彼はまた書いて見せた。



『ごめんなさい。』



その姿に、少しだけ私は笑みを見せた。

椅子から立ち、皇子の傍に寄り彼の両肩を握った。



「…剣では何も生まれません。

赤に染めれば片付くと―――そんな風には思わないで下さい。この国の皇子として、と言うより人として―――」



王族は常に狙われた時の為に剣を持っている。

彼が母親を刺したのもその常備していた剣だった。

だからこそ、それは言いたかった。

その状況では、もしかしたら勘違いするかもしれない。

剣さえあれば、何もかも解決できる、と。

でもそんな考えで彼には大人になって欲しくない。

間違っても、最後には自害すればいいなんて考える人にはなって欲しくはない。



でも、彼なら大丈夫だろう。

私を思ってくれた彼なら、大丈夫だろう。

青く―――『サファイヤ』でいられるはず。



「前―――紙を下さいましたよね。『逃げて』と」

「……」

本題に入った私に、あ、と言った表情を皇子はした。

「―――知って―――いたんですか?王妃のしていた事を」

その問いにゆっくりと首を横に振り、彼は書いて見せた。



『けれど、僕に他にお兄ちゃんやお姉ちゃんがいるのは、噂で知ってた。

それをお母さんも知っていて、辛そうにしてた。

最近は辛そう、と言うより恐くて、女の人を見るとすぐ恐くなった。

お姉ちゃんを見た後のお母さんは一番すごく恐かったから、お母さんがこれ以上怒らないように、お姉ちゃんが怒られないように、書いたんだ』

そう言うととても悲しそうな顔をした。

涙が、不意に、と言った様に碧の目からこぼれる。

ぐしぐしと目をこすって、彼はまた書く。



『けど、知ってるんだ。元々は僕がしゃべれないからお母さんはああなっちゃったんだ』

「――――」



すぐに、違う、とは私は言えなかった。

皇子は噂通り頭がいい。

――――知っていた。わかっていた。

この彼に簡単に気休めを口にしていいのか判断に迷った。



「―――皇子」

『お母さんは、どうなるの?僕のきょうだいを死なせちゃったんでしょ?

お姉ちゃんも、許せない?僕のお母さんが、あんなことして。

ごめんなさい。僕には何もできなくて。だから最後には僕がいなくなればいいかと思ったんだ』

そう書いて気が緩んだ様に泣く彼を私は静かになだめた。



やはり――彼は赤く染まってない。染まらない。

ただ方法がわからなかっただけ。

剣で解決できると思ってたわけじゃない。勘違い、してたわけじゃない。

口で伝えることが出来ないから―――それを補おうと起こした。

誰よりも―――心を痛めてたのだ。

自分によって、勝手に染まる赤を。

父である王や、他を責める事もなく―――。

 

 



 

 

「……大丈夫です。私は。――皇子に助けてもらったから」



少しでも救いたかった。彼を。

正直王妃に対して憎しみなんて生まれてなかった。元々。

彼をここまで追い詰めていた事に腹は立たないわけではない、けれどもそれが憎しみには結びつかない。

王妃は「私」を憎んでいたのとは違う事がわかったせいもあり。

彼の頭を優しく撫で、あやす。



 

そのままでいて。

自分も誰かも傷つけ様としないで。

傷つける手段をもう、選ばないで。



「…だから自分を、嫌いにならないで下さい」

 



人を嫌いにならないで――――。