Long Story(SFC)-長い話-

SAPPHIRE -20-



―――郷里に帰りたいと思ったことは、ほとんど無い。

けれども時々想う。

幸せに―――幸せに生きているのか、と―――

彼がいなければ私は今どうしているのか、どう思っているのかわからないから―――

 


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「ミリーナ!」

ギウスは私の傍に寄った。

「……どうして、ここが」

驚きながらわたしは言葉を口にした。

私を護るように接する彼はいつもより大人びて見えた。



「ミリーナが走っていった方向にある兄ちゃんの知りあいの家はここ位なもんだから、さ。

あの状況で全く関係無いところに行くわけ無いと思ったし」

苦笑してギウスは言い、彼のほうを―――クロムのほうを見据えた。

「―――あんたが兄ちゃんやみんなを殺したのか…?どこに、そんな力」

その問いにクロムはまた、笑う。

「……暗殺者を雇ってやらせたのよ」

私が代わりに言葉にして答えた。

「…暗殺者…?」

「ふん、おれを捕まえたところでクルンツがどこにいるのかなんておれも知らない。

おまえ達を今おれの手でなんとかすれば誰も証人はいないさ」

「…狂ってるな」

その言葉にもまた鼻で笑い、クロムは呪文を唱え始めた。

………攻撃呪文!



「炎の槍!」



シュバッ!



迫り来る火の槍を私とギウスはよけた。その炎は部屋の壁に燃え移る。

自分の家を燃やすことになる呪文を使ったのだ。やはり狂っているのか―――それとも考え無しなのか。

ギウスが私の肩に手をやった。



「ミリーナは先に逃げろ。もしくは消火活動に廻れ」

「…何を」

「兄ちゃんいない今、おれがミリーナ護らなきゃ兄ちゃんに怒られるんだよ。

おれがあいつを相手する」

「……」

あまりに決意をこめた声に私は言葉が出なかった。

「大丈夫。兄ちゃんと違っておれは魔術の才能無い分剣の腕、磨いてたからな」

そう言って腰の剣を抜き、ギウスはクロムに向かった。



炎は勢いを増し、部屋を焼きつかせる。けれども私はその部屋から出る事はせず、火事消火用の術を唱えた。



「消化弾!」



気休め程度にしかならないかもしれないけれど、それでもこの場を一瞬でも凌ぐのには丁度良かった。

そして。



「氷の矢!」

続けてタイミングを見計らいクロムの足止めの意味で放った私の術はクロムにとって意外だった様で目的を果たした。

「!?」

クロムが足を止めたところでギウスが目の前に近づき―――彼のわき腹を薙いだ。

 

 



けれどもそれを見て、やった……と言う喜びの思いは私には生まれなかった。

むしろ痛くて。



何故。



 

「…先に逃げろって言ったのに。まあ助かったけどな」

そんな私にギウスは優しく言った。

―――ルベウスの様に。



「…こいつは…役人に連れて行く。ミリーナ、とりあえず外に運ぶの手伝って」

「―――え?」



その後はわけもわからないままあっさりと気絶し倒れたクロムを言われたとおり外へ運んだ。

その頃には火の騒ぎなどで役人や町の人が何人も集まってきていた。

来た魔道士仲間で残りの火を消したり、クロムの傷を治したりした。

混乱の中役人が私のギウスに声をかける。

「何がどうなっているのか…詳しい話が訊きたいんだが」

ギウスはうなづき、ミリーナ、と私の手を取った。

―――ルベウスがいたときは、ただのやんちゃな弟だと思っていたのに。

ルベウスがいないことで大人になったのか、それともいたときから本当はそうだったのだけれど私が気づかなかっただけなのか――それはわからなかった。



私は落ちついた頃ギウスに訊いた。

「どうして――――クロムを助けたの、ギウス」

非難すると言うより、それは本当に疑問だった。

殺さない。



別にルベウスが1%も悪くなかったなんて事は言わない。ルベウスが彼を無意識に追い詰めていたのは事実だろう。彼がああ思うタイプだと気づけずに。

けれども彼のしたことはなんにせよやり過ぎだし、許せない行為。

―――憎むべきもの。

なのに。



 

 

 

――ギウスの答えは。

意外だったものの――私が本当は欲しかった答えで、私自身の感情の答えだと思えた。



「…憎いけど、実行犯でない分意識が無いだろうから殺すよりも生かして、自分のしでかした事自覚させた方がいい。

それに兄ちゃんならきっと―――自分の家族に――人を殺させたりして、嫌いになる様な真似はさせないと思う。

『自分』も人だろ…?ミリーナ」

「……!」



今更ながらその言葉に、やっと自分の中で凍っていた感情が少しだけ溶け溢れた。



「『自分』を好きでいたいから、『人』が好きでいたいから人を殺したくなかった。別の方法で解決したかった。兄ちゃんもそれを選ぶだろうから。兄ちゃんから教わった事だから」



そう私に諭す様に―――思い出させる様に彼は、言った。

 

 



 

 

殺しても還らない。

元に戻らない。

ただ。



赤を広げるだけだから。世界としても自分の中にも。



『誰かを憎むな、とは言わない。もしどうしても許せない人がいるならそれは仕方ないと思う。』

 



けどそれは。

赤を広げろ、と言う意味じゃない。



気づいてた。本当は。

ルベウスに私は―――無意識に止められていた。だから―――何も考えずにクロムに向かう事ができなかった――――

殺そうとは思わなかった。

憎いのに。もう赤毛の男は見たくないほど嫌いなのに。

 

 

 

 



『ミリーナ』

優しい声。



『人を…嫌いに…ならないで』

優しく微笑む。

あんな状態でも貫いた―――いつもの言葉。



 

この言葉がなかったなら何も考えなくて、済んだ。



何もかも嫌いになれた。

なのに。



 

 

…私は今更ながら―――目を閉じて、ここにはいない物言わぬ彼を想い静かに涙を流した。

私に残した最期の呪文を何度も何度も頭で描きながら。