Long Story(SFC)-長い話-
SAPPHIRE -19-
―――実の母親に剣を突きたてる皇子。
―――それに驚く母親。
刺した位置と深さからして致命傷にはならないだろう。早く治療を施せば。誰かを呼びに行けば。
けれど私は動けなかった。首を締められた後遺症のせいもないわけではない。
皇子から目が離せなかった。―――それは刺された王妃も同様。
泣いていた。
その碧の目は涙で溢れていた。大粒の涙をこぼしながら剣の柄を握ったまま離さず、私たちを見た。
「どうしてっ………」
長いような短いような沈黙の中、よろめきながらも再び声を上げたのは私でなく王妃だった。
信じられない、と皇子にすがりつくような表情で皇子を見つめ、片手で剣を抜こうとしながら彼に手を伸ばした。
その手を、皇子は振り払う。
「………っ」
口を少しぱくぱくと開けてまた涙をこぼす。
悔しいのだろう。こんな時ですら言葉を発する事ができない自分を――――
その時私にもおそらく彼の悔しさと同じ位の悔しさが溢れた。
悔しいと言う表現は適切ではないのかもしれない。
心が痛かった。
皇子には、碧のままでいてほしかった――――ルベウスと同じ目の、貴方には。
なのに。
…皇子がずっ、と、自ら剣を王妃から抜いた。
赤く染まった剣を携えて、私の方を見て、一安心したような表情を見せる。
そしてゆっくりと―――微笑んだ。柔らかく。
「……?」
その微笑が不自然ですぐに気づく。
駄目!
けれども叫べるほど私の喉も復活したわけではなくその声は声にならない。
皇子は―――その持つ剣をゆっくりと自分に向けた。
私は立ち上がり急いで余力を振り絞って止めに入った。
がっ。
皇子を貫く寸前でかららん、と剣は部屋の端に弾き飛ばされた。
やったのは私でも王妃でも、もちろん皇子本人でもなかった。
「……ったく俺が来る前にややこしいことしていやがって。自分から命落とそうとするには早過ぎんじゃねえか?その歳で」
呆れた様に言った声と姿に私は安堵感を感じ、もう一度床に倒れこんだ。
気が抜けたのだ。
意識をふっと失ったとき、ルークが私を呼んだ気がする。
この時ルークは王妃を殺す事はもうないだろうと私の中で思えた。
これ以上赤くならない。
―――あの時のように。
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「…ああそうさ、暗殺者のクルンツって奴に頼んで殺してやったんだ!」
クロムはそう、高らかに宣言するように―――私に言った。
その言葉に、今更ながら私は手が震えた。予想して、ここに来たのに。
「……何故――――」
静かに問うとすぐにクロムは反応する。
「何故、だって!?当然だろうあんな奴!!
いつだっておれに何もかもを押し付けてきた!
自分は才能がある、それを見せ付けるようにいつもいつもいつも!
おれがどんなに頑張ったってあいつの下になった!
協会にどれだけルベウスの代用品として、ルベウスの駒として扱われてきたか!!
あいつは好きな事ばかりして努力しない、おれは努力する、なのに!!
だから評議長を殺して実力でおれはルベウスの上に行くつもりだったのに……!!」
憎憎しい様に言う彼の言葉に私は、はっとなった。
「……それじゃあ評議長の死も…あなたが」
「ああ!!なのに協会側が決めた評議長はそれでもルベウスだった!それにも頭に来たがとどめにあいつは何て言ったと思う!?
『僕は辞退するから、クロムを推薦する』だと!!どこまで馬鹿にする気だ!!どこまでおれに押し付ける気だ!?どこまでっ…どこまでおれを下に見る気だ!!」
肩で息をするほど力強く叫ぶクロム。
私は違うわ、と自分でも驚くほど静かに反論した。
「違う―――ルベウスは――――信頼していた。信用していたわ。あなたを。だからこそ推薦したり、頼った」
「黙れ!!」
がっ、と傍にあった花瓶を私に向かって荒荒しく投げつける。私にはあたらず、横でぱりん、と大きな音を立てて割れる。
今私の中で生まれているのは、憎しみだろうか。悲しみなのだろうか。それとも別のものなのだろうか。
色々な想いは生まれるのに。手が震えるほど苦しいのに。
それでもそれを目の前の人のように激しく表に出せないのは。
ここまで来て―――赤いものに、目を背けたいとどこかで思うのは。
ルベウスの死を思ったよりどうとも思っていないのだろうか。
それとも逆にこの人をあまりに憎みすぎて、感情が大きすぎてついていけないのだろうか。
私は、人が嫌いだからだろうか。
わからない。
どうして――――
どうしてそんなに赤く―――
「どうせお前も、ルベウスに金で買われてたんだろう!
おれの所に来たってことは敵討ちのつもりか!?
いくらで来た!」
そう言うなりクロムは私の方に近づいてきた。
違う。
恐い。
何故。
ぐるぐると私の中で渦巻いた。
私はそんな中無意識に呪文を口の中で唱えた。
けれどその呪文が完成する前に。
「ミリーナ!」
私の名前を呼び現れたのはギウスだった。