Long Story(SFC)-長い話-
MEMORANDUM -9-
「……何か、あったか?」
あたしの部屋に戻って、ゼルもあたしも椅子やらベッドやらに適当に腰掛けた。
先に口を、そう開いたのはゼル。
「…それはあたしが訊きたいわ」
まっすぐに彼を見つめた。
「どういうこと?奥の村に何があるの?あたし達は―――何を目的にここに来たの?」
そう意を決して言うと少し驚いたような表情をする彼。
「……記憶が戻った、と言うわけじゃあないな。その口ぶりでは。誰かから聞いたのか」
「さっきあたしと奥の村で出会った、という神官が来たのよ」
「何!?」
ゼルが思わず、と言ったように立ちあがりあたしに詰め寄るように一歩だけ近づく。
「で、奴はどこに行った?」
「セイルーンに帰る、と言っていたわ。もう出発したと思う」
「………」
そうか、とどこか意気消沈したそぶりで彼は座り直した。そして手を顎にやり考え込む。
そんな彼にあたしは声を出す。
「まだあたしの質問に答えてないわ、ゼル」
彼はそれに応えて、ため息をついてあたしを見た。
「……ああ。奥の村には異世界黙示録の写本があるという噂があった」
「…クレ、ア……?」
「まあ要は伝説の魔道書だ。それの有無を確かめるためにここに来た。……があの流行病だ。だからここに留まっていた」
「……あたしは……?どうして……」
「それは俺が訊きたい位だ」
彼もまっすぐにあたしを見る。
「様子を見て、待とう、と俺は言った。お前も同意していた。なのに夜俺を呪文で眠らせてお前は村へ行った」
「………」
丁寧な言葉だけれどどこか怒気を含む言い方が少し怖かった。
「俺がなんとか駆けつけたときにはお前は倒れていた。お前の傍に男が倒れていた。そいつがお前の言う神官だろう。
俺はお前を連れて帰った。……それが知っている全てだ」
「……じゃあ、奥の村に何があるのかはまだわかってないの?」
何か引っかかるものを感じながらそう言うと彼はうなづいて腕を組む。
「奥の村は今この町の連中が厳重に行く道を塞いでいる。それに俺はその神官とやらを話を訊く為に町中捜していた。
あれから誰もあの村には行っていないはずだ」
その言葉に、彼が今まで何をしていたのかやっとわかった。
―――じゃあ。
「まだ有無を確認してないのにあきらめてしまうの?」
「……レナ?」
「大きな町へ行って、あたしに魔法を覚えさせなおす、って。じゃあこんなに近くなのに確かめないままここを離れるの?
ここに予定通り留まって、奥に行ける環境になるまで待って、そっちを確かめてからでもいいじゃない?」
「その間の時間が無駄だろう。俺はかなり基本的な魔道の基礎知識しか教えられない。ここに留まってもお前は魔法がそんなに使えない。
町まで行って、覚えて、帰ってきた頃に丁度奥の村に行けているかもしれない」
「そうかもしれないけれど……!」
何故だろう。ここを離れてはいけない予感がする。胸騒ぎ。
さっきの神官の言葉のせいかもしれない。
そして。
記憶のないせいで、あたしが彼の動きを制御してしまってるのでは、と言う感情。
もう目の前にまで来ている目的から背ける彼に、感じる想い。
どこかで前も感じた。
憶えてなんて、いないのに――そんな気がする。
同じ事を繰り返している?
「……封印」
「……?」
彼の立てた予定を止めさせたくて、あたしは必死にさっき聞いた言葉を紡ぎ出す。
「封印は解かれたまま、だってあの神官が言っていたの。病を止める方法だって。
ただの、流行病ではないのかもしれない。その魔道書と関わっているのかもしれないわ」
「……封印だと……?」
「……ゼル……あたしって、足手まとい?」
返答次第では凍り付きそうな心を必死に抑えて、振り絞って彼の顔を見てあたしは言う。
もし気のせいじゃあないのなら。
繰り返していたくなんてないから。
突然のあたしの言葉に目を丸くする彼。
「…何を言い出す」
「確かに今のあたしは魔法が使えない。魔法の補助が欲しかった貴方にとって邪魔でしかないのかもしれない。
でもあたし、奥の村のことを知りたい。何があるのか、魔道書があるのか」
「………レナ」
「このままじゃあ、なんだか逃げているみたいで嫌。
馬鹿だって言うかもしれないけど『基礎知識しか教えられない』ってことは逆に言うと『基礎ならここでも貴方から訊けば覚えられる』ってことでしょう?
なら今はそれで充分だわ。だから……!」
そこまで一気に言うと、彼は近づいてくる。
殴られるんじゃあ、と一瞬思ったもののその手は優しく、ぽんとあたしの頭に置かれた。
「……お前の事だから……そう言うと思ったから黙ってたんだがな」
「え?」
誰に似たんだか、とやはりため息混じりの声で彼は言葉を続ける。
「記憶があってもなくてもそう言うと予想していた。しかしわざわざそう予想してるからこそあえて言わなかった。
何しろ勝手に飛び出すくらいだからな」
「……ごめんなさい」
覚えてないもののあたしはとりあえずそう呟いた。
彼の表情は、そう言わざるを得ないほど――――あたしを心配していたのだとはっきりわかって。
「……その話が本当なら確かにそのままにしておくのはやっかいだろうしな。別にお前が魔法を使えないと邪魔だと思ったことはない。
単にあればいい、と思っただけだ」
少し不本意そうにゼルは言った。それが答え。
「……ありがと」
「元々は俺の目的でこうなった。礼を言われる筋合いはない」
わざと、の様に見えるほどぶっきらぼうに言う。
もしかしたらテレてるのかもしれない。
あたしがそう思いたいのかもしれない。
………。
あれ…?
あたしは、ふっとさっきのゼルの言葉を思い返して――あることに気付いた。
よく考えたら、あまり適切でない言葉。
「……しかしただの流行病でないんだとしたなら、一度かかったからもう平気、とは限らんぞ。
俺だって今は平気だが大元に行ったらわからん」
「……」
「……どうした?」
何か考えていたのを悟ったのか訊くゼル。
「あ、ううん。そうね。何か対策を練らないと」
あたしはなるたけ平常を保って適当に答えた。
『誰に似たんだか』
聞き逃しそうなほど小さくさらりと滑り出した彼の言葉。
知らない、と言っていた。あたしの家族や郷里のことは、何一つ。
けれどもこの言葉は、あたしの血縁者とかを知っていなければ普通出てこないんじゃあないんだろうか。
―――まだ何かあたしに、わざと言わないでいることがある?
それは、あたしの過去に対してで。
あたしがどんな人間だったのか――――。
その考えに、ここを離れようとした時とは別の、胸騒ぎがあった。