Long Story(SFC)-長い話-

MEMORANDUM -8-



あたしが完全に問題無く動けるようになったのはそれからまた数日経ってからだった。

 

「2・3日中にここを出る。構わないな?」

ゼルに言われ、あたしは黙ってうなづいた。

ずっと体を動かさなかった為か体が鈍ってしまっていたのと、今まで旅をしていた、という記憶がないのと――――。

あたしが使いこなしていたという魔法を全く覚えていないことから不安はとてもあったけれど。

 

ここのところ彼自身が言ったようにゼルはやることがある、と出かけてばかりだった。

旅の道具でも買い揃えているのかもしれない。

 

本当は鈍った体を解消するべく散歩でもしたいのだけれど、それでお前は病にかかったんだろう、と止められてしまってた。

宿の中なら問題はないだろう、となかなか部屋に篭っていてあまり下りることの無かった一階に下りてみる。

 

「ああ、元気そうだね。大丈夫かい?」

何度か見かけたおかみさんらしいおばちゃんにそう声をかけられる。

「ええ、もう大丈夫。何か家事手伝わせてくれませんか?ずっと体動かさなかったから」

「ああ。じゃあ手伝ってくれるかい?今日から食堂を再開させるんで準備が要るんだ」

「……再開?」

あれ、聞いてないかい、とおばちゃんは言う。

「最初はあんたが流行病にかかった、ってことで感染したら他の客に迷惑になるから、って宿の提供を断ったんだけどね。

まあ必死に頼まれたのと、その間宿を丸ごと借りるから、って。あんたの連れが。

その間下の食堂もやっていなかったからね。貸しきりは昨日まで、ってことにしたから今日から再開。

……まあ、確かに考えてみればここいらは医者はそこそこいいのが一人はいるけど、設備としては宿が一番病人にはいいからね」

 

……あ…。

 

すいません、と頭を下げると、いいよいいよ、とおばちゃんは明るく笑う。

「もともとそんなに毎日何人も客がくるわけじゃあないからね。こんな町じゃあ。返って申し訳ないくらいあんたの連れから宿泊代は頂いてるし。

私は部屋の提供と食事の支度だけ。料理はこぶのもあんたの連れがやったし。いい相棒に恵まれたね。姿はどうであれいいひとなんだ、ってすぐわかった」

「………」

 

本当に恵まれてると思う。

たぶん記憶を無くす前のあたしは本当に満ち足りていたのだと想う。

今ももちろん変わらず同じだと思うのに、どこかが欠けてしまっている。

―――欠けたものは。

 

 

その時、がた、と宿の扉が開いた。

「ああ、まだ準備できてないんだけど」

おばちゃんが扉を開いたひとに言う。

「いえ……ここに旅人2人が泊まっているとお聞きしたのですが」

「え?」

あたしはその言葉にその人の方に目をやった。

黒い髪。黒い法衣の男の人だった。

 

「―――あなたは―――?」

「ああ。その声からして貴女だ。よかった。貴女も無事だったのですね。

あなたと連れのおかげで私もこうして危ないところを助かりました。近くの教会で世話になりまして」

「え、あの」

「熱のせいか視力はだいぶ下がってしまいましたが。私はなんとかセイルーンに帰って治す術を探そうと思っております。

その前にお礼と――――例の件について」

あたしが何か言葉を言う前に早口でまくしたてるその人。

誰なのか今のあたしにはわからない。

彼はそんなあたしの傍であたしにしか聞こえない位の小声で言葉を続けた。

 

「封印は―――結局戻せなかったのですよね、あの様子では。私はセイルーンで仲間を募りもう一度病を止める術を探してまいります。

このままこの眼で一人では無理なのがわかりましたから。やはり一刻も早くあの祠を―――」

「―――」

わけがわからないあたしの内を知らず、見て軽く会釈する。その顔は真剣で。

「あの村に近づいてはいけないことが身をもってわかりました。ではこれにて」

独り言の様にそう言ってゆっくり大地を確かめるような足取りで去る。

――――たぶん、おばちゃんに、『村には間違っても自分の様に近づくな』というのを暗に忠告しているのだろう。

 

けれど。

 

「今のひと、あの村であんたと倒れてた、っていう神官かい?

なんにしても生きててよかったねえ。あんた達の影響もあってますます今村との連絡は何から何まで遮断してるよ」

「あの村……?」

わけがわからない、と言う顔をするあたしに、いぶかしげな顔をするおばちゃん。

「なんだい。覚えてないのかい?自分が倒れたときの状況」

「……ええ………」

あたしはただ、そう、とだけうなづいた。

 

封印?戻せなかった?何の事――?

 

「おばちゃん、あの村って何?」

あたしはおばちゃんに尋ねた。

あたしは散歩をしていてたまたま病にかかったのではないの?

「何って、あんた達がこの町に来たとき話したじゃないか。ここから唯一行ける山奥の小さな村で流行病が流行ってるって。

あんた達は元々そこに行きたかったんだろう?まあ、実際閉鎖してる道無理やり行って倒れて帰ってきたわけだけど」

後半は呆れた様に言う。そこで、はっ、と気付いたように言う。

「まさか―――トーマスさんちの息子みたいにあんたも記憶が――――」

その問いにうなづける余裕は無く、あたしは考え込んでいた。

 

―――――元々行きたかった場所。あたし達が。

そして病が流行っているところ。

あたしが行った場所。

そこにいっしょにいた人の言葉からすると、その病には何かの原因があって。

その封印をしないといけないところ―――。

 

また、宿の扉が開く。おばちゃんがおやお帰り、と言った。―――ゼル。

「レナ」

帰ってきて、すぐそこにいたあたしに声をかけた。単にただいまと言いたかったのか、あたしの様子がおかしいと思ったのか。

あたしは彼をじっと見つめる。

 

「……お帰り、ゼル。話があるの――――」

 

そう口にした自分の声は少し枯れていた。

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