Long Story(SFC)-長い話-
MEMORANDUM -7-
「レナ!」
意識を取り戻して目をさました時に聞こえた声も同じだった。
熱い。身体が重い。
「………?」
ゆっくりと動かない体のうち、首を横にして見れば心配そうにあたしを見ている白い法衣で顔を隠したひとがいた。
ひと、とは言ったものの服の下から見える肌は青黒く、ちゃんとした人間なのか、と言われると自信はない。
けれどそのひとがどんなであれ自分には危害を加えるようなひとではない、と何故か思った。
「目が、覚めたか」
安心したような声を出した。
あたしはおそるおそるその声に答える。
「………だれ……?あなた……」
びくり。
過剰にその言葉に反応するひと。
「おい、レナ」
強めの口調で依然体が起きあがらないあたしの傍に詰め寄る。
「レナ……あたし、の、名前………?」
「………!」
あたしの言葉に愕然とした表情をしているのが顔を半分以上隠していても感じ取られた。
記憶を高い熱で失っている。
医者だと言う人が白い法衣の人に、そう告げた。
思い出せない。
今まで何をあたしはしてきたのか。
どう言う人間なのか。
憶えていたのはただ、一言。
うつろな中「レナ」と呼ぶ声。
その声はまぎれもなく白い法衣のひとのもので。
2・3日もすると熱がだいぶ下がり身体を起こして、動かすことができるようになった。
流行病にやられていたのだ、と医者の説明で知った。
4日間、熱の為に意識が戻らず危なかったらしい。
白い白衣のひとはゼルガディス、と言った。
あたしと旅をしていたのだという。
どうして?と訊くと言葉を濁した後、彼の身体を元に戻すのに協力を願ったらあたしは承知したのだと言う。
この町の奥深くの村で流行っている病に、外に散歩で出たときかかったのだと。
ゼルガディスが発見して、倒れていたあたしを泊まっていたこの宿に運んでくれたらしい。
医者と一緒に看病もしてくれたらしい。
感染するかもしれないその状況なのに。
「調子は、どうだ」
あたしの部屋に訪ねてきたゼルガディス。
あたしが身体が動かせるほど良くなってもとにかくまめに彼はあたしのところに来てくれる。
ぶっきらぼうながら、その端々に優しさが感じられた。
「ゼルガディスさん」
「……ゼルでいい。前のおまえはそう俺のことを呼んでた。丁寧語もいらない」
「……はい」
隣町まで行って買ってきた、とあたしに果物を渡す。
今は顔を隠していなくて、端正な顔立ちがはっきりと見て取れる。
普段隠すのがもったいないようにも少し思えた。
「ありがとう。大分調子よくなったわ。……あなたは?大丈夫?」
「ああ。たまたま俺にとって抗体が強いものだったらしい。未だ感染の症状は無い」
「そう……」
ほっと息をついてから、ねえ、ゼル、と慣れない名前を呼ぶ。
「なんだ?」
「あたしは……どう言う人間だったの?」
その言葉に彼は少し戸惑った顔をする。
「……何も思い出せないか」
「あたしのフルネームは?郷里は?家族は?あたしの――――」
言葉にしているうち、何故か不意に泣きそうになった。こらえる。
「あたし達は―――どうして一緒にいたの?」
「レナ」
彼の手があたしの顔に触れた。なだめるように。
「…この前いった通りだ。俺はある男によってこんな身体にされた。
もとの身体に戻りたい。そんな時お前と知り合った。
俺は剣重視で魔法技術はおぼつかない。だから協力してくれないかと―――」
「だったらどうしてあたし達は出会ったの?」
あたしは間をおかず訊く。
「お前は旅の魔道士だった。俺の身体をこんなにした男とお前がはちあって―――
……その関係で知り合った。だから詳しい郷里とかの情報は俺は知らない」
言葉を選ぶように途切れ度切れでゼルは答えた。
説得力はある。
けれど何故か記憶が無いのにその言葉を受け入れられない自分がいる。
違和感を感じる自分がいる。
どうして?
「もう眠れ。まだ本調子じゃあないだろう。体力も落ちている。完全に復活するまでおとなしくベッドに戻れ」
ベッドから離れていたあたしに、ぽんと頭に手を乗せてベッドに入るよう促す。
あたしはその言葉にその場は従わず、ふっと彼の法衣の端をつかんで、うつむいてもう一つだけ訊いた。
「―――じゃあ、どうしてあたしにそんなに優しいの―――?」
記憶が無くても感じられるあたしに対する優しさと一生懸命さが心地よくて、辛かった。
何も知らない自分がもどかしくて。
このひとをどう思っていたのかは短い時間でもなんとなくわかる。
けれどこのひとは?
「……復活したらこの町を離れる。もっと大きな町に行けば魔法を覚え直すことができるしな。
俺はその間やることがあるからおとなしくしていろ」
ため息交じりで、答えになってない答えを放つ彼。
けれどその曖昧な答えと優しさにやはり甘えたくなる自分がいて、嫌だった。