Long Story(SFC)-長い話-
MEMORANDUM -5-
「おい」
「………」
「レナ」
びくり。
ゼルがあたしの名前を呼んで我に返った。
食堂で食事の途中。
「あ。何?」
「……どうした。何かあったか」
「………別に?」
手を止めていて食べてなかった料理に手を伸ばす。
「嘘つけ。おまえは顔に出やすい。何があった」
ため息混じりに――けれど少し強い口調で言う彼。
「おまえは―――って、リナと比べてるの?リナならわかんない?」
話題を変えるべく普段言わないようなことをおどけるように口にしてみる。
すると彼は顔を少ししかめた。
「……レナ」
「冗談よ。ちょっとした女の子の、秘密ってやつ」
あたしは顔色を変えず、笑って誤魔化した。
疑いの目は取れないものの、ゼルはそれ以上何も言わなかった。
―――さっき部屋の中で思っていた考えを思い返していたわけじゃあなかった。
今しがたのおばちゃん達の話がひっかかっていた。
『あの村へ無理やり行った旅人がいるって?』
『ああ。閉鎖した道を無理やり突破して……止めたんだけどよ。
黒い法衣をまとった神官だったが……流行病を治しに行くつもりかもしれん』
………黒い法衣を身にまとった神官なんていくらだっている。
村の人が言うように流行病が気になって我振り構わず突破したのかもしれない。
けれど―――。
黒い法衣の神官で、あたしがよく知っているやつがいる。
知っていたやつがいる。
確かにあたしは倒した。
あたし達は滅ぼしたはず。
けれどもし――――生きてたら?
あたしを生み出した魔族に仕える獣神官―――
ゼルから前聞いていた。
ゼロスは――――前、異界黙示録の写本を見つけては燃やし回ったと―――。
異界黙示録の写本を捜し求めていて、ゼルは彼に出会い、対立したのが始めだったと。
もしゼロスだとしたら―――
奥の村へ行った理由はわかりきっている。
異界黙示録の写本。
噂なのか事実なのかを確かめるため。
そしてそれが本物ならば―――おそらく燃やすため。
ゼルには――言えない。
あたしがいることで無理してないか、とは思う。けどそれは彼に危険な目に遭って欲しいわけではなくて。
だからといって、もしゼロスだったのなら、行くのを止めれば彼の願いをつぶしてしまうことになる。
矛盾してるのはわかってる。どうしたらいいのかなんてわからない。
けれどもとにかく―――言ってはいけない気がする。
「………」
窓のほうを無意識にあたしは見ていた。
外はもう既に暗くなっていて何も見えないけれど。
ゼルをあたしの確かでない不安で危険にわざわざさらしたくはない。
ゼロスじゃないかもしれない。そもそも写本なんかないかもしれない。
必ず流行病にやられるとは限らない。
記憶は無くしたものの生きてた人だっている。
でもゼルには何一つ無くしてほしくなんかない。
願いも。命も。記憶も。何一つ。
無くしかねないことを、なるべくなら避けて欲しい。
――――だったらどうしたらいい?
簡単なこと。
「じゃあな。……何か言いたくなったらすぐに言え」
それぞれの部屋に戻る際にぽつりとそうゼルが言ったとき、あたしは、ん、と小さくうなづく事しかできなかった。
もうこの時には方法を見つけていたから小さくしかうなづけなかったのだ。
――――あった。あたしができること。
自分の部屋に入るなりすぐあたしは壁側に行って、手をついた。
隣の部屋との仕切である壁。ゼルのいる部屋との―――
「眠り」
かたん、と音がする。けれどもその後聞き耳をたてても何の音もしない。
上手くゼルが術にかかったみたいだった。あたしは一息つく。
それはため息だったのか安心の一息だったのか自分でもよくわからない。
これでしばらくは目が覚めないはず。
「……待ってて。あたしが様子を見てくるから」
ゼルの部屋の方を見てあたしはつぶやいた。
「…そうすれば貴方が何か失うことは無いんだもの」
自分が今できる精一杯の笑顔で、誰も見てないだろうに、聞いてないだろうに――あたしはそう言葉を紡いでいた。
窓に足をかけて呪文を唱える。
行ってみればわかる。
ゼロスなのか。写本はあるのか。村はどうなってるのか。場合によっては写本を持ってこられるかもしれない。
ただあたし自身の身の保証がないだけで。
けれども――――
『一緒に、来ないか』
あたしを歩かせてくれた言葉を目を閉じて思い出す。
あたしをあの時助けてくれた。
あの時から怖いものなんて一つしか無くなっていた。
だから。
「飛翔界!」
閉鎖された村への道へ、あたしは飛び出した。