Long Story(SFC)-長い話-
MEMORANDUM -4-
「とりあえず―――この町にしばらく、居座る」
「――――」
ゼルの出したその答えにちょっとだけあたしは驚いて、そしてちょっと安心した。
どちらかと言えば安全な道を選んだ。
………けれど目の前にあるものを突破しないで待つもどかしい方法。
どんな答えを出しても微妙な想いなのかもしれない、とそこで思った。
突破する、と言われてもきっと同じ。
危険度の違いだけ。
そう自分で思った。思おうとした。
本当にそうなのかはわからないけれど。
「やつが何かを思い出すかもしれん。待っていれば村への道の閉鎖も解けるかもしれん。
時間が経てば流行病も終わってる可能性が高いしな。そんな小さな村なら尚更だ。
病そのものだけがなくなるか、人が全滅して感染源がなくなるかどちらかはわからんが」
淡々としたように言う。
あたしが黙っているのに気になったのかこちらを振り向く。
目が合った。
すると少しため息をついたように、更に少しだけ柔らかい口調で言葉を続けた。
ゼルはあたしに語り掛けるとき、時々こうした語り方になる。
その声はいつもあたしにとって心地よかった。
「…もちろん、病そのものだけがなくなる方に越したことはないがな。
村人が残っていればそれだけ祠について詳しく訊きこむこともできるだろうし。
………どちらにしろ、向こうが逃げることはないだろう。待つのも一つの方法だからな。
無理はしていない。心配するな。生きているに越したことはないだろう?」
あたしは黙ったままだった。
―――確かに。
村の人が無事に越したことはないし、ゼルの目的が果たせたならそれ以上の望みはない。
ないのに。
けれどそれでもやっぱりその答えに、あたしの中には何か見えない胸騒ぎがあったから黙っていた。
わかってるのに。
どうして。
『心配するな』
「…心配するわよ」
宿に向かう途中ゼルの言葉にあたしが小さくそう呟いて応えたのは彼に聞こえたんだろうか。
わからないけれど。心配、する。
そもそもどうして何がこんなに心配なのかわからない。
何だろう。
あたしは色々考えて、ふ、と前あたしが『リナ』だったころのことを思い出した。
そこであたしの中のゼルの、他から言われていたイメージが原因なのかもしれない、と気づいた時には、宿にいた。
「ゼルガディスさんは元の身体に戻るために一人でいろいろな所に行っていろんな手段を施しているらしいです」
シルフィールが、あたしと旅をしていた人達のことを説明していたときだった。
そう。ゼルに対してはそう言った。
その時の口調やニュアンスや、他の人からのゼルの説明から、あたしは目的のためなら手段を選ばない人なのだろう、と勝手に思ったのだ。
きっと彼は人間に戻るためにはどんなことだってする。
世間で胸をはって言えないことでも。
我を忘れるほど彼は求めてる。
飢えたように。
それがゼルに会ったことがない間のあたしのイメージだった。
でも別にそれが悪いことだと思っていたわけじゃない。
あたしが自分だと思っていた『リナ』もそんな人様に胸張って生きてる人間じゃないのはうすうす気づいてたし、そう言う生き方があって、それをあたしは嫌じゃなかった。
今でもあたしは、リナとは違うけれど、そう言う生き方を自分もしていると思う。
不器用だとしても。周りとは違っていても。
自分の望んだ方向に向かう。
けれど実際会ってからの彼のイメージは違った。
ガウリイ・アメリアがあたしを記憶を失う前の『リナ』であって欲しいと願うように接する中、あたしを最初から冷静に、違う人間の様に接した。
本物のリナかもしれないしそうでないかもしれない、とはっきりしてはいなかったのに。
「冷静におまえを見ていればわかる。あの二人は単に無意識に現実を見たくなかっただけだ」
あとで本物のリナを助けたあと、彼はあたしが訊くとそう言った。
本物のリナでない、本物のリナはどこにいるかわからなかったと言う事実。
それから背けずに。
ちゃんと見てくれていた。
あたしが知っているゼルはいつでも冷静に考えて行動する。
他の人が発する説明とは違う雰囲気。
歪み。
それはあたしといるから?と時々疑う。
魔族によって作られ、反旗を翻したあたし。
彼はあたしに優しい。
同情からだとわかってた。
その同情心から、彼はいつも無理をしていない?
あたしのせいで、彼の行動を制御していない?
そう、宿屋の自分の部屋のベッドに顔を突っ伏して分析してみる。
するすると解けてく心配の原因。
その分抱える別の感情。
『無理はしていない』
ほんとうに無理してないの?
「……」
ベッドから顔を起こして、立ちあがる。
食事の時間だ、と気付き、下に下りる。
ゼルに会ったら考えていたことを悟られないようにしなきゃ、と思いながら。
下りてすぐのところで食堂のおばちゃんがなにやら村の人たちと世間話を話をしているのが目にとまる。
別に気に留めずその場を通り過ぎようとしたとき―――
おばちゃんの言葉にあたしは思わず足を止めた。