Long Story(SFC)-長い話-

MEMORANDUM -2-



「あの村には行っちゃあいけないよ。今は閉鎖されてるしね」

 

 

 

情報屋が紹介した村と呼んでもおかしくないほどの小さな町に到着して。

町に一軒だけの宿屋兼・食堂でこの奥の村について訊くと、そう答えが返ってきた。

いかにも話好きの食堂のおばちゃん。

 

「何故だ?」

「何故ってあんた、流行り病だよ。最近行ったやつがことごとく戻ってこなくてね。

様子を見に行ったトーマスさんちの息子も命からがら帰ってきたんだが高い熱で頭がいかれちまったらしい」

手をぱたぱたとしておばちゃんは人事らしくあっさりと言う。

「おかげで誰もトーマスさんちにもあんまり最近まで近づいてないけどね。

そんなわけだから確かにここからその村には行けるけど、行ける道は閉鎖してるよ」

「じゃあその息子さん以外生きて帰った人はいないんですか?」

あたしが言うと、ああ、とうなづく。

 

ということは『虫の息』の『唯一帰ってきた写本の手がかりを持っているひと』はそのトーマスさんの息子と言うことか。

あたしがゼルのほうを見ると何か考え込んだ表情。

 

 

「その奥の村での、何か言い伝えとか伝説を訊いた事はないか?」

「さあ……奥の村は元々はエルフの隠れ家だったらしいよ。エルフが引っ越した後何人かが固まって住み始めたのが始まりだとか。

だからエルフがらみの何かはあるかもしれないけれどね」

 

なるほど。

それならそう言った代物が眠っていたとしてもおかしくはないってことか。

 

「……で、そのトーマス、ってやつの家はどこにある」

椅子から立ちあがって出る準備をし出したゼルが言うとおばちゃんは少し驚いた顔をする。あたしも立ちあがった。

「行くのかい?話を訊こうとしたって無駄だと思うよ」

「何も直接その病を持った息子とやらに会うつもりはない。中の家族を通して連絡をとれば感染する可能性はずっと低くなる」

「そんなんじゃないよ。高い熱でいかれた、って言っただろ?

熱のせいで、命は取り留めたものの今までの記憶すべてを失ったらしいんだよ」

「――――」

動きを止めるゼル。

あたしと顔を見合わせる。

 

「熱はおさまったらしいからたぶんもうそろそろ会えると思うけど。

会ったって奥の村のことなんてわかんないと思うよ。わかれば今、奥の村がどうなってるのか訊きたいけどねえ。

病で全滅、なんて可能性もあるわけだし」

「………」

 

奥の村がどうなってるのか正確には誰にもわからないらしい。

ただほとぼりが冷めるまで確かめる術もなく。

―――これが戦争とかで閉鎖している、という話ならたぶんゼルは無理やり突破するだろう。

あたしもきっとそれに異論なくついていった。

けれども、魔法などではどうにもならないものが相手となると、やはり動けない。

 

考え込んだ末の様に小さくため息をついてゼルは口を開いた。

「少しでも可能性にかけたい。とりあえずはそのトーマスの息子の居場所を教えてくれ」

おばちゃんは、ああ、とうなづく。

多分今できる危険の確率が低い手がかり。

戸惑いと苛立ちを彼の雰囲気から感じ取れて、あたしは無意識に自分の手をこぶしにしてぎゅっと強い力をこめた。

 

 

 

 

トーマスさんの家にたどり着き、家の扉を叩く前にあたしは少し後ろにいるゼルに向かって言葉を紡ぐ。顔の向きは扉に向けてままで。

「熱のせいで記憶がなくなる、って―――」

黙っていたあたしがいきなりしゃべったのに驚いたのか、少し目を見開いてあたしの方を見る。

「本当にあるの?そんなこと―――」

 

あたしは生誕まだ4年とちょっと。

『病気』というものにかかったことがまるでないあたしは、実はそう言ったことが起きるのかよく知らない。

どれくらい苦しいのかとかも本当はよくまだわからないし。

 

「……ありえない、話じゃあない」

短くつぶやいたように答えるゼル。

「人によっては目が見えなくなる場合もあるし、耳が聞こえなくなる場合もある。

五体満足だが記憶だけ抜けた、という場合もどこかで聞いたことがある。

その流行病がどういったものかはわからんが流行病なら高熱になってもおかしくはないし、そうなってもおかしくはない」

自分に言い聞かせるように理論付けて言う。

 

「……が、もちろん記憶が戻る場合もあるし、一部だけでも憶えてる可能性がある。

会ってみなきゃわからんだろう」

「……もし―――」

言いかけて、あたしは口を閉ざした。

 

もし、手がかりがなかったら奥の村に行ってみる?

病に侵される危険を伴ってでも――――。

―――それとも……諦めてしまう?

 

「……どうした?」

「ううん、なんでもない」

あたしが振り向いて首を振ると彼は不思議そうな顔をした。

 

 

その質問は、今の状態では言ってはいけない気がした。

あたしは黙って、扉を叩いた。