Long Story(SFC)-長い話-
MEMORANDUM -17-
「―――それじゃあ行くか」
荷物を背負って、ゼルが宿の前で言った。
あたしは黙ったままでいた。
あのあと。
覇王神官グルゥが、あたしに何かをして去った後―――。
動けるようになったあたしは、思い出していた。
無くしていた今までの記憶を。すべて。
タイミングからして自分の力で思い出したのではないのは確かだった。
魔族がどうしてそんなことをしたのか――――真意がわからないけれども。
とにかくあたしは記憶を取り戻し、別に二人とも怪我をしているわけでもないので、一晩宿で休んだ後にもう用の無いこの町を出ることにしたのだった。
街道の入り口にさしかかる。
黙っていたままのあたしに前を歩いていたゼルの方が振り向き声をかけてきた。
「レナ」
地面のほうを向いていたあたしは足を止めて顔を上げる。
「……何を考えてる」
「………」
「どこかやっぱり調子でも悪くなったか」
ゆっくりと首を横に振る。そしてやっとの思いで言葉を口にした。
「ここで――――別々の道を行かない?」
「レナ」
ため息混じりの――咎めるような口調のゼル。
けれども一度口にしてしまえばこぼれるように言葉は止まらなかった。
「わかったでしょう?今回のことで。あたしはあなたの旅に役立てない」
「だからそれは……」
「魔族の真意は実際はどうかはわからない。でも言ってたの覚えてる?またお目にかかりましょう、って。敵か味方か。
あたしの想像が当たっていたなら―――禁呪を唱えられる知識を持った状態にあたしを戻して――
未だ、あたしに滅びを、まかせようとしてる。裏切ったあたしを、それでも」
「………」
「だったらあなたの目的とは関係無いしがらみがこれからずっと関わってくることになる。
あたしは邪魔になるだけだわ」
「邪魔だと思ったことが俺にはないとしても、か?」
――――え?
驚くほどはっきりと強い口調にあたしは言葉を止めた。
無愛想な表情。
でもあたしは知っていた。
その表情の中にあるのは、けして黒いものではないことを。
「……お前が記憶を失ったとき、最初は全部ありのままを言おうと思った。
だがお前が『リナ』になりたがっていたことを知っていたからこのままにしよう、と思ってやめた。
オリジナルがいる、自分は二の次、と言う悩みがこの病を引き起こしていたなら、と」
「病を……?」
魔力に反応する病の呪いだと言っていただろう、とゼルが言う。
「古いエルフ関係の文献でそう言う特殊な呪いがある、というのはお前が記憶を失っている間調べがついていたんだ。
ただしもちろんお前がかかっているものがそれとは限らないと思っていたが。
けれともその文献にはこうあった。魔力がずばぬけて高いもの、心に迷いの無いものには効かない呪術だと」
ジェームスって奴も編み出した魔法がうまくいかないことで悩んでたらしいしな、とこぼす。
心に迷いの無いもの―――。
あたしはあの時迷っていなかったつもりだった。
ゼルの役に立ちたい一心だった。
けれどあたしは別の部分でずっと迷っていたのかもしれない。
リナと比べてるの?リナならわかんない?
ゼルがあたしとリナを比べたことなんかなかった。
いつもあたしをあたしと見てくれた。
でもそれが逆に怖かった。
あたしはどうしたらいいのか――――。
どうしたらこのまま一緒にいられるのか―――
「お前を邪魔だと思った事はないし同情で一緒に旅をしようと言ったわけじゃない。
確かに魔族がらみのこととかで放っておきたくはないとは思ったが」
放って置けない、ではなくて放っておきたくない。
その何気ない言葉の違いが心に響く。
そう言えばきちんと彼とこう言う風に向き合ったのは初めてだったかもしれない。
いつも怖くて逃げたかったから。
「本気で魔法の為だけにお前を必要だと思った事はない。それに対して俺は少なくとも迷った事はない。前も、これからもだ。
無理に役立とうとしなくていい。そこにいれば」
そう言うと額を指で軽くこづかれた。
照れ隠しだったのかもしれない。
あたしは内心涙がこぼれそうなくらい、嬉しかった。
迷わなくていい。
ただ一緒にいたいと思っていられれば。
「痛い」
額をさすって言う。
けれどそれは暖かい痛み。
「これくらい受けておけ。勝手な行動したことを許してるとでも思ってるのか」
「……許してないの?」
「当たり前だろ」
「……ごめんなさい」
「それはもう聞いた。何故黙って一人でいったのかは聞いてないが」
「簡単な答えだったの」
そう言うと不思議そうな顔をするゼル。
簡単だったの。
あなた以外要らないと思った。
記憶が無くなったとしても、ゼルのことだけ覚えていられればよかった。
『記憶すべきもの』はひとつで充分だった。
結果的には全部思い出してしまったけれど。
その1つだけが残ったあたしは本当はそれ以外別になくてもよかった。
でも彼の知識だけは思い出したくて。
結果全部を思い出したがった。
わがまま。
あたしは少しだけ誤魔化すように笑いながら彼の隣に立つ。
二人で同じ方向に肩を並べてゆっくりと歩き出した。
――あの、わざとゼロスの真似をしたような覇王神官が何をたくらんでいるのかなんてわからない。
これから何が起こるかなんて誰にもわからない。
ゼルの身体の事だってそう。
けれどもし彼が元に戻れたなら、その時に自分が傍にいられたらいい。
この想いを、素直に表に出せたらいい。
そんな目的を新たに持って。
リナとも、リオンとも違う目的を持って迷わない、違う自分になりたい。
あたしはそう祈って白い法衣の相棒に笑顔を見せた――。