Long Story(SFC)-長い話-
MEMORANDUM -15-
荒い息をついて、彼女はうずくまるように自分の体を押さえ、あたしを睨んだ。
今のは致命傷に近かったのだろう。
それとは別に、あたしを驚いたように見るゼル。
――――記憶が、戻ったのかと思ってるのだと思う。
「…崩霊裂の2弾攻撃、ね……なるほど……ゼロス様を眠りにつかせたのもそうやったわけか……」
――?
「何!?」
ゼルが興奮したように言う。
「ゼロスがまだ生きている!?」
ゼロス。
それはあの微かな記憶にある黒い神官の事なんだろう。
目の前の彼女の様に苦しみ、砂となり消えた、ひとのかたちをしたもの。
あの時は実際には2弾攻撃だけではなく他の攻撃との相乗攻撃がまだあったような気がするけれど。
「ゼロス様が……こんな裏切り者のコピーの為に滅びるはずがないでしょう」
その時に向けたあたしへの目は。
憎悪。
―――あ――――
その瞬間彼女はあろうことか手をあげて。
どおん!
「!」
あたしとゼルは舞うほこりを口元の布で防いで、息を呑んだ。
祭壇を壊したのだ。衝撃破で。
真中にあった写本の入っているであろう箱ごとそのまま。
写本を無くした衝撃もあったけれどそれと同時に、その衝撃破を放った彼女そのものが砂となり消えたのだ。
―――もしかしたら、致命傷とはいえそのまま逃げ帰れば、助かったのかもしれない。
なのに彼女はその道を捨てて余力で目的を果たした。
残った力を使えば、滅びることを承知で。
――――魔族として。
ゼルが我に返りあたしのところに駆け寄る。
「――――とりあえず、外に出るぞ。今の余波でこの洞窟が怪しい」
「うん―――」
彼の言う通り壁はぼろぼろと崩れ出していた。
外に出るときゼルは何を思っていたんだろう。
そして滅びた彼女は何を思っていたんだろう。
ぐるぐると回る思考力は、外の空気を感じたときに一瞬止まった。
美味しい空気。
来たときは病んだ空気にしか感じられなかった。
けれどもあの祠の洞窟の中に比べたらそれは澄んだ空気に思えた。
ずうううん………
低い音が後ろのほうで聞こえた。
「………記憶が、戻ったのか?レナ」
口を先に開いたのはゼルだった。
あたしを見てそう言う。困惑した表情。
あたしはゆっくりと首を横に振った。
「全部は。でも少しだけ、部分部分――――思い出したわ。戦っている記憶がほとんどなんだけれど」
苦笑いして、言う。
そうか、と短くゼルは呟く。
しばしの沈黙がよぎる。
それをさえぎる言葉は、あたしの方が口にした。
「………あたしはコピーなのね……リナ、というひとの」
ああ、とやはり短く呟くように言うゼル。
「あたしに言った、あなたとの出会いのエピソードは―――リナのもの?」
「………」
「―――――ごめんなさい」
あたしがそう言うと、驚いたような顔をした。
「……どうして」
「あなたの目的を―――潰してしまった。写本を守れなかった」
「それは別にお前のせいじゃ……」
「―――あたしの生まれた理由。知っているんでしょう?」
「……?」
話が見えない、と言う表情。
無理矢理笑う。
「記憶が蘇った、わけじゃあないの。でもなんとなくわかるわ。
あたしも――――彼女も同じものだった。目的を無くしたコピーだった。
目的が欲しかった。誰かに必要とされたかった」
「……レナ」
「彼女は―――目的を果たした。
最後の表情を見てて思ったの。彼女は―――ゼロスというひとから目的を与えられていたのよ」
ゼラス様、と彼女が言っていた上司ではなかった。
彼女が見ていたのは今は傍にいない彼。
そして彼を傍から消した分身の筈の、あたし。
憎んでた。
自分の目的を奪おうとするあたしを、ゼルよりもなによりも。
憎んでたからこそ、彼女は病に倒れそうになるあたしには興味を示さなかった。侮蔑した。
目的に何よりも固執した。
ゼルが一人で来ていたなら、こんな風になっていただろうか。
「あたしは―――あなたの手伝いをする目的すら果たすどころか邪魔をしてしまった、から」
「違う。お前はあいつとは全く別の存在だ。それに―――」
ゼルが少し怒ったようにそこまで言ったときにふと言葉を止め、考え出した。何かに気づいたように。
「………どうしたの?」
「ちょっと待て……ゼロスが生きている、と言っていたな。ゼロスのことは憶えているか?」
「かすかに。黒い法衣の男の人でしょう?姿は」
「倒れたときに一緒にいた神官にお前は記憶を無くした後会ったといってたよな。セイルーンに帰ると」
そこまで言われて彼の言いたいことに気がついた。
「ええ。……でもあたしが覚えているゼロス、とは別の姿の神官よ、言っておくけれど」
「わかっている。……けれどそいつが本当にセイルーンに行ったのかは怪しくなってきた」
「―――――え?」
あたしが訊き返すと村の入り口の方向に、浮遊の術で空に浮かんでいる存在に気がついた。
ゼルも同時に気づいたらしい。
「おやおや。鋭い推理で」
そこにいた黒い法衣の―――目を患い、郷里へ帰ると言っていた神官は笑みを浮かべてそう言った。