Long Story(SFC)-長い話-
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そうして――彼女は目の前の壁の鍵を自らの魔力で壊していく。
壊した先に待っていたのは――――人の形を閉ざした氷だった。
凍り付いた闇。
とてつもない大きな闇が解け動いた。
世界が――――震えた。
「……北の魔王が…レイ=マグナス…!?」
リナが驚愕の声をあげる。目覚めたものが名乗ったその名前に。
どちらも以前リナから聞いたことがある名前ではあった。ただそれがそれぞれどんな存在かは覚えていなかった。
けれど前者はその名前の通りで、目の前にいるのがそれだろう。
魔王。何度かリナと倒してきた。前はオレ達のよく知っている人物に眠っていた――――
「戦いにこの場はふさわしくないな」
朗々と言ってその魔道士姿の魔王は持っている杖のようなものを掲げる。
「!」
ごぅああああああっっっっ!!!!!
自分やリナ、そして魔王を残して周りが――――特に上の部分が開ける。
洞窟だったはずのその場所だけが大きな山の窪みとなり広い空間に化けた。
もちろんそれがめちゃくちゃな力なのは歴然だった。
「これで他の我を倒した汝らと戦う舞台ができた」
にっと笑う魔王に、リナは静かに呪文を唱え――それが戦いの始まりになった。
始まってしまった。
「覇王雷撃陣っ!」
「冥魔槍っ!」
「黒妖陣っ!!」
リナが次々に呪文を唱えては魔王を攻める。その呪文と呪文の間を縫ってこちらは剣で応戦する。
全力で向かった。当然だ。いつだってそうしてきた。
―――それでも全く歯が立ちそうもなかった。
「うおおおりゃああああっ!」
剣戟を繰り広げる。繰り広げてリナが術を放つ寸前に身をひき魔王と距離を置く。そしてそれが済めば再び近づき剣をふるう。
その繰り返し。
決め手になる攻撃がなかなかオレもリナもできなかった。
「この程度か?我を解放した者たちよ」
余裕のある声で魔王が言う。こちらは若干息があがっていた。
けれども自分の体力なんて気にしてはいられない。
どんなに決定打がなくともあきらめない。あきらめてはならない。
未来なんか関係なく全力でいくしかない。
「!」
刹那向こうと距離を置くタイミングが遅れた。衝撃波が自分の腕をかすめる。
「ガウリイっ!」
リナの悲痛な声。駆け寄ろうとするのを制する。
「…っ大丈夫だっ」
こんなの大したことない。まだ戦える。
それを証明するようにすぐに魔王との剣戟を再開する。魔王は笑っていた。けれどそんなことは関係ない。勝つ。
勝たねばならない。
――――そんな風に思っている時だった。
「…っ最後の、勝負よ…!」
リナの強い決意の声が辺りに響いた。
何を――――と一瞬だけリナの方を見る。彼女は何かを唱えだしていた。
―――闇よりもなお暗きもの――――
それは――――昔一度だけ聞いたことがある呪文だった。
言葉の意味はわからない。なんという名前かはわからない。
けれど竜破斬に似た響きの羅列であるそれは、竜破斬よりも強い呪文ではなかっただろうか。
危険だから二度と唱えてはならないと言っていた――――
「!」
その声に動揺したのは自分だけではなかった。
目の前の魔王も一瞬反応したのを見逃さなかった。
剣戟を引き続き繰り広げる。リナの方を攻撃したがっている空気を感じたから尚更それを許さないと必死に魔王をくい止める。
――――夜よりもなお深きもの――――
この呪文が―――彼女を過去へ導く。
そんな、気がした。けれどそれを止められない。
止められるわけがない。そう思った瞬間、思いもしない声がもう一つ響きわたる。
――――暁よりもなお眩ゆきもの――――
その声は――――リナのものだった。
聞いたことのない言葉の羅列だった。自分の予想と違う呪文でも編み出したのだろうか。そう錯覚したがすぐに間違いに気づく。
――――――混沌の海にたゆたいし 金色なりし闇の王――――
――――太陽よりもなお朱きもの――――――
二つの呪文が同時に響いたからだ。リナじゃない。けれど声はまぎれもなくリナのもの。
まさか、と思う。けれどもそうとしか考えられなかった。
―――我ここに 汝に願う
―――我ここに 汝に誓う
―――我が前に立ち塞がりし すべて愚かなるものに――――
呪文は続けられる。二つの、異なった呪文が。目の前のリナの呪文に乗せたように。
そして――――もう一つの声の主は姿を現した。
「……っ!」
魔王の顔色が変わる。そこを剣で突いて狙うが寸でのところでかわされる。
こちらも間を詰めながら一瞬だけもう一つの声のした方向を見る。
やはり――――――姿を現したのはリナだった。
あの時別れたもう一人のリナ。レイ。未来の――――いや。もう未来なのか現在なのかわからない。
追いついてしまった。そんな気がする。二人にもう差はなかった。
元の世界に還ったのではなかったのか。それとも還ったあと再びきたのか。考える余裕はさすがに今なかった。
―――我と汝が力持て――――
同じフレーズが重なった。
あとから現れたリナ――『レイ』が顔をリナに向け、リナの顔の方を見た。
――――何故か――驚いた顔をしていた。
ここからの角度ではリナの表情は戦いながらではよく見えなかった。リナの方は―――どんな顔をしてもう一人の自分を見たのだろうか。気になるがそれどころではなかった。
剣を交えていればわかる。魔王は―――焦っている。二人のリナの存在に。
「貴様等っ」
「リナっ!」
名前を思わず呼んだ。二人に向かって。
レイな方のリナと目が合った。今だ、と思う。今、この時。
―――――――時は訪れたのだと自然に想った。
『等しく滅びを与えんことを!』
二つの声が重なると魔王から即座に離れた。
二人の術が同時に炸裂し――――――音として表現するのもおこがましい、ひどい衝撃が辺りを襲った。
白い光。
黒い闇。
混じりあいなんとも言えない色の光の渦。
音の嵐。
何も見えない。動けない。
けれどその中にリナを見つける。位置的に多分、レイになったことのない今まで自分といたリナの方。
――――これから消えてしまうリナの方。
見つけたとたんに意地でも歩み寄った。行かせない。どこにも。行かないで欲しい。けれどせめて、それが叶わないのなら――――オレも行く。
この衝撃がそれならば、自分も彼女についていく。
流れを変えられるのは今しかない。
「……リナっ!」
リナを捕まえ、体を受け止めた。しがみついた。
そして瞳を閉じてこらえてるうちに――――光の渦は収束していった。
……再び目を開けると元の――――いや――魔王によって壊されたぽっかりとした風景が目の前に戻っていた。
先ほどと違うのは人数だった。
オレたちしかいない。オレと、そして―――捕まえたリナ。
力を使いすぎたのか髪が銀色に染まっている。
「リナ」
とりあえず彼女の無事を確認するべく声をかける。
それに反応するリナ。けれどもそれに驚いているようだった。
「え……?」
「リナ、大丈夫か?」
状況が理解できてないのだろうか。けれどもこちらも同じだ。
魔王が消えた。そして―――もう一人のリナ―――レイ、も。いた場所から。
「何が……どうなったの……?」
「わからん」
目をこすりながら答える。
ここでいなくなるのはリナの方ではなかったのか。それともそうなるのはまた別の事件なのか。
とりあえずは――――
「でも――――気配はなくなった。お前達の力で倒せたみたい、だな」
魔王がいなくなった確認の言葉を口にすると、リナが変な反応した。
「……っ」
それを疑問に思いつつも言葉を続ける。
「もう一人は、レイはどこにいっちまったんだ?まさか、また――――」
彼女が過去に飛んだということなのか。ここにいるリナの代わりに。
そうなると…どういうことになるのかよくわからなくなるが。
不安や心配やいろんなものを混ぜながら言ったこちらに向かって――――リナが首を横に振った。
「リナ?」
様子がおかしかった。
「…いま」
へ、と聞き返す。すると――――――
「ただいまって…言ったの…っ」
リナが――――全身で自分に抱きついてきた。
みぞおちに入って、さすがに体力も消耗していたからよろけ倒れ込んでしまった。
押し倒されたまま、何をするんだ、という。けれどこちらの声を無視して、オレの胸ぐらをつかみ。詰め寄って彼女は言った。
「――――何か…あたしに…言うことない、の」
ばか、と言いながら泣きそうなリナ。わけがわからなかった。
けれど考えてみる。ただいま、という言葉に対して。
その言葉は――――帰ってきた人間が言う台詞。
「まさか」
立ってた場所はリナの場所だった。銀色の髪に染まるような魔法を使ったのもリナの方だった。いや、魔法に関してはわからないけれど、でも。
あの、唱えてはならない呪文でしか起きない現象だ――――以前そう言ってたのを覚えてる。けれど。
「…『レイ』、なのか?いや――――『レイ』は『リナ』だから――――」
どちらが残ったのか。どちらもリナだけれどそれでも考える。
それにリナは笑った。
「…ただいまって、言ったのに、今回は言わないの?」
ただいまという言葉を主張する目の前の彼女。やはりレイだ。過去に飛び、戦ってきたリナの方だとわかった。
――――そして、その言葉が出たということは――――何がどうであれ、今目の前の彼女との別れはなくて済んだことを指していた。
「……お帰り、リナ」
わけがわからないが、けど、とりあえずは――――かつてリナが自分の元に戻ってきたときと同じように。
リナが、自分が望むように。
抱きしめて、強く抱きしめて彼女を迎え入れた。