Long Story(SFC)-長い話-

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「……レイが、もしゼルの言うように未来のリナなら、もしかしたらお前の体の情報のてがかりも知ってる…ってことないか?」

考えて言った言葉にゼルガディスは目を丸くした。

 

このまま彼女を一人旅立たせるのにはなんとなく抵抗があった。

仕方ないのはわかってる。それでも。仮にも『リナ』を用が済んだからとほったらかしにするようなことを自称保護者としても男としてもしたくなかった。

レイが未来のリナであろうことはもう間違いないと想うが、疑うゼルにあえてそういう言い方をした。

 

 

「レイと、約束したんだ。だから『リナ』といる」

彼女の力になる方法が、『リナ』と一緒にいること以外に思いつかなかった。

だからそうする。その決意を部屋に戻るなりゼルに伝えた。

「…レイは、一人でどっかに行くって言ってた。心配だけど、仕方ないし」

言いながらゼルの顔色を伺う。するとゼルは顔を少ししかめこちらをじと目で見た。そして言う。

「……これからいく方向が一緒だったら様子見てやれとでも言う気か」

察してくれたようだ。思わず笑みがこぼれた。

けれど面倒なことはごめんといった様子。

まあ多分そう来るだろうと思った。そこで冒頭の台詞でゼルの興味を引きつける。

いろんな可能性を探している、ゼルが求めている話。

 

 

「…よく思いつくな。お前のが偽者じゃないのか」

呆れたように言われた。ひどいな、と苦笑する。

こっちはかなり必死だ。まだ全貌が見えずわけのわからない出来事を受け入れ、どうすべきか。できることはまだないか。

それがレイにとっていいことなのかわからない。迷惑な話かもしれない。けど、でも。

自分が動けないのであれば何らかの形で何かをせめて、動かしたい。

 

しばし考えた後、ゼルは、仕方ないといった表情でため息ついて、興味は湧いた、とつぶやく。

「まああまり期待はするな。あんたの言うことを全部信じてはないからな」

ただ、本当だったら納得のする場面はあったからな、と言われ昼間の戦いを思い出す。

 

―――レイが使った魔法のことだろう。

昔、リナが使っていた、リナしか使えないはずの魔法だったはず。

黒い刃の呪文。

あれがゼルにとっての根拠なのかもしれない。

 

「……ありがとう、ゼル」

言うとなんだか驚いた表情であさっての方向をゼルは向いた。

照れてるのだろうか。

 

「礼を言われるほど何かをするつもりはないしできないと思え。そもそもあいつが嫌がればお前の望む形は取れないだろうしな」

「ゼルなら、大丈夫だろ」

「……」

 

何かおかしなことを言っただろうか。顔をしかめて困ったような表情をゼルはした。

そしてやはり何故か投げやりな口調で訊いてきた。

「……一応訊くが、逆に心配にはならんのか」

「逆?」

「お前の説で言うなら、『女っぽく大人びて歳とったリナ』の傍に仮にも自分以外の男を、信用してくれてるのはいいが自分の代わりにとあてがうことにだ。もし俺が血迷って何かしたらとは思わんのか」

「や、だって、死にたくないだろ?ゼル。命をとるってオレ知ってるし大丈夫に決まってるじゃないか」

ぱたぱたと手を振って応えるとまた顔をしかめた。

「…牽制か。それとものろけか。今の」

なんだか誤解した解釈をされたようで頬を黙って手でかいた。

今度はこちらがなんとなく気恥ずかしかった。

 

単にリナはどんなに歳とってもリナなんだし、彼女の意に沿わない行動で近づけば彼女の呪文でやられるだろうということなのだが。

さすがにまだ、そんな余裕で嫉妬むき出しの牽制をそんなにさらりと素直に出せる立場にも感情にも自分はない。

これから彼女を口説いていかなきゃならないところなんだし。

―――自分が傍にいることを決めた、正しいリナに。

 

「…頼んだからな」

二人のリナを想ってつぶやく。

声のトーンは強く、低く。けれど重さはなるたけ抑え込んで。

祈りに近いその台詞にはゼルは何も答えなかった。

 

 

 

翌日――それぞれの道へと旅立つことになった。

アメリアがまず真っ先に郷里に帰ると一つの道に駆けだしていき、その後にレイが、行きたいところがあるといって自分たちに背を向けた。

彼女の今の癖なのか、ここのところよくやるしぐさ――髪をかきあげ、自分の額に手をやり、微かに寂しげな顔を見せてから。

 

「――――」

何か言うべきかもしれないと思ったが何も思いつかなかった。そう、レイがさせたのかもしれない。

これ以上何も語れることは、話し合うことはないのだからしないように、と言うように。

 

ちらりとまだ旅だつ前のゼルに目線を送ると、ため息ついたように、全く彼女と同じとは言えないが似たような方向へと彼女に遅れて歩み発った。

オレはただ彼女とそんなゼルを見送り、そのあとリナと並んで別の道を歩んだ。

 

いつもの旅が始まった。

 

 

「――保護者、から増やしていくこと、できない、か?」

 

「保護者の、他に。――他の関係も、お前さんと、築いていきたい」

 

「リナと一緒にいたいから。…ずっとずっと」

 

 

いつもの―――だけれど、それを変えるためにオレは目の前の『リナ』に頑張って想いを告げ、応えてもらい、新しい約束の旅を同時に始めた。

 

 

――――そして、それから2年余り時が進んで――――リナが22歳の誕生日を過ごしたしばし後、『全ての始まりの日』は、やってきた。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 

 

 

「……なんか珍しく難しい顔してない?」

首を傾げてリナに言われ、苦笑する。そう言うリナはこちらとは相反してわりと上機嫌だった。

今歩いている道は、受けた依頼をこなすために向かう山道。もちろん、歩きにくい道だからそんな顔をしていたわけではなかった。

 

「そうは言うけどなあ。お前さんの話じゃやっかいなところなんだろ?行く場所」

「ををっ。ガウリイがおぼえてる」

「……」

「……まあ、魔族の本拠地、って言われてるとこだしねー。でも竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)側から入るし、そんなめったなことないと思うわよ。あるなら、その傍に住んでる竜族達なんかとっくにいないでしょーし」

「……」

気楽な口調でリナが言うのに黙っていた。

 

今回の依頼はお宝探しだった。

レティ…なんだったかの国のなんたらで詳しくは忘れたが、リナ曰く、相当いい仕事らしい。危険な地域だから、と依頼料はものすごいものだったとか。

――――それを聞いたときから、嫌な予感はしていた。

もう条件はそろっていたから尚更だ。そこに最後の条件がそろったのではないかと思わせる仕事。

――――リナが過去に行ってしまう。

 

考えるだけで心臓が痛かった。これで何も考えずその地に向かえという方が無理な話。

けれどそれを強くは表に出さないように努力した。努力しての、リナ曰く『難しい顔』止まりになった。

 

一体何が起こるのか。

何が起こって、そしてオレたちはどうなるのだろうか。

レイは今どうしているのだろうか。もう還ったのだろうか。ゼルからの連絡は特にない。いろいろと考える。

 

ちらり、と横を歩くリナを見る。

―――彼女に今からでも伝えるべきなのかもしれない。

今からでも伝えれば。そうすれば。でも。

そう思う度に、あの時の消えかかるリナと、レイが脳裏から離れない。

実際今にも消えそうな錯覚すらたまに見える。錯覚であって欲しいと思う。

―――両方を失うような、裏切るような真似はどうしてもしたくない。

きっと還ってくる。還ったはずだ。

信じるしかない。その道を。彼女を。

 

 

「―――ここね」

暗闇の中、最低限の明かりだけを携えてダンジョンの入り口にたどりつく。

地図に載っていた場所に着いたときには日が暮れていた。

「今から入るのか?」

「竜族に気づかれて、目的はとかいろいろ訊かれるのもやっかいでしょ。…どうもいる竜族の数も少なさそうだったし、あたし達を知ってるひとがいないと完全に不審者だし」

先ほど竜たちの峰の様子を見たときにつぶやいていた台詞をリナが言う。確かに、知り合いのとかげのひとは見た限りいなかった。

「行くわよ」

全く人の立ち入った跡のないその洞窟にリナはためらわず入っていった。

 

枝分かれした道をリナが選んでは進む。

歩く度に嫌な感覚は増した。それはリナがいなくなる可能性の高さに対するものよりも、単純な嫌な予感のが強かった。

やはり、引き返すべきではないのか―――

「リ」

言いかけたその時、リナが足を止めた。

目の前には壁。そしてそこには文字。読めない。

リナがぶつぶつそれを読み砕いている。リナ、と声をかけたが聞こえてないようだった。

「…随分仰々しい仕掛け。ありうる限りの魔力でここを封印する、か。言ってたレティディウスの文字じゃないのが気になるわね。もっと古い―――」

「リナ」

「―――何?」

彼女がこちらを向く。口を開こうとした。

嫌な予感がする。

そうだ。この位を助言するくらいならいいんじゃないのか。それにリナがどう返すかはわからない。

わからないからこそ大丈夫なのではないか。

 

「嫌な予感がする?」

 

けれど言ったのは自分ではなかった。

リナが見越したようにこちらの言葉を盗った。目を丸くする。

リナは気にせず目の前の壁を再び見る。落ち着いた口調で言葉を続ける。

「……さっきから、ちょこっとあたしも感じてる」

彼女は感覚の鈍い人間ではなかった。

 

それじゃあ、と言おうとするけど首を横に振る。

「……でもここで逃げるのももっと嫌な感じ」

「リナ」

その言葉に牽制する。けれど彼女はこちらをまっすぐに見て言う。 

「開けて見なきゃわかんないじゃない。前に進めない。それに」

「それに?」

「―――今ここで逃げられる気がしないと思わない?」

「――――」

彼女の言葉に思わず絶句した。

 

何が起こるかわからない。けれども。

何が起こるのかわからないものに逃げたくない。

そして逃げられない。―――それを知っている。感じている。

 

「何があってもついてきてくれるんでしょ?保護者さん」

言うリナの顔も口調も強いもの。

――――自分に願いを強く訴えたレイと全く同じ。

 

黙って頷く以外にできるはずもなかった。