Long Story(SFC)-長い話-
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―――いろんなことが悔しかった。
本当ならば、黙ってただ従いたくなんかないのに、何かに――いわゆる運命みたいなものに任せっきりのようなこの状態に。
迫りくる自分の未来に。リナの未来に。
―――これから、彼女を独りで闘わせる羽目になりその時何もできないであろうことに。
時はまるで、それでもオレ達に今慈悲を与えてるのだとばかりに逆らおうとすれば攻めたてる。
そうしなければ『リナ』はあの魔族にさらわれた時に――全てが終わっていたのだというように。
端が見えない透明なテーブルの上で、ここまでは、ここまでならと手探りに手足を伸ばしてはひっこめ、もがき続けている気分だった。
「……ねえ、昨日のあれってさ、プロポーズのつもりだったりした?」
初めて彼女を抱いた二十一歳の誕生日の翌朝、服を着終わるとこちらをちらりと見ながらリナは訊いてきた。
「…え」
その問いに思わず固まった。
―――全部自分をやるからもらって欲しい。
そう口説いた。もちろん本心からだ。真剣に、リナに言った。そして想いを遂げ結ばれた。
だから何も知らなければ、何もこれから起きないのであれば―――迷わず、そうだ、と答えただろう。彼女との新しい生活を夢見たり、話し合ったり。そうしたい。
――――けれどその未来をここで突き進んでいいのか。
夫婦になってもいいのか。恋人のままなのか。
『レイ』がどういう環境で時をかけることになるかはわからない。何が正しいのかがわからない。
回答を間違った瞬間にリナが消えてしまうのでは――という不安がよぎったからだ。
こちらの反応にあきれたようにため息つくリナ。
「…あー、はいはい。そこまで考えてなかったってわけね」
勝手にそう解釈したらしい。いーけど別に、とすねたようにそっぽを向く彼女に、やはり肯定していいのか否定していいのか迷う。
「いや、あの」
「…ま、あんたがあたしのものなのはもう決定事項だし。いっか、とりあえず」
言いながら照れてるのが本当可愛い。
答えられなくて、結局ごまかし笑いをしながらただそんな彼女の体に腕を伸ばし引き寄せ、抱きしめた。
―――警告のせいにはしない、と思った。
言い聞かせた。けれども実際にはそんなわけにいかずに未来を気にした。
こうなる前と後とで変わったことは、欲望を抑え込まなくてよくなっただけでそれで気が楽になったわけではない。
本当のことを言ってしまおうと何度も思った。
未来に怯えるくらいならば。全てを変えるために。けれどもその度に彼女の存在は薄くなったりした。
たまに自分の声が出なくなることもあって、あ、これはあの時の彼女と同じ現象なんだな、と苦く思った。
言いたいことが言えない。
「……こうしてるの、ほっとする」
「……リナ」
行為を終えて自分に絡みついたままのリナが、胸の中でつぶやく。
見れば瞳を閉じて、満ち足りた顔をしていた。
そしてその瞳が開いてこちらを見れば魅惑的な女の顔。
「あんたに一方的に抱きしめられるのもうれしーけど…あたしからもこうやって抱きしめられる形がいいなって」
「―――」
大胆な言葉でたまに誘う。
すぐに、あ、今の言葉なし今の言葉なし、と照れて真っ赤になって誤魔化す癖に。
そんな彼女に誘われる。
「…ん…っ」
『レイ』の気配を感じて――未来が近づいた気がして―――不安になり即口づけて思いのままにくみひく。そんな夜を何度も過ごすようになった。
もちろん今みたいに彼女への情欲からなのが大きいのだけど、警告に反応してそうしていると、未来を理由にしているともし誰かに言われたらそれに対して言い訳や否定ができなかった。
それがまた悔しかった。
明るい太陽の下では昔からと変わらず。
美味いものを食べて、たまに軽い依頼を受けて、リナを護る。相棒として。保護者として。
そして日が暮れ月が出る頃になると大抵オレがリナの部屋に行き、じゃれあったり翌日の話をしたあと、彼女が許せばそのまま抱きしめて一晩中離さない。もう最初から同じ部屋一部屋でいいじゃないかと部屋を取るとき言うのだが、リナのこだわりなのかそれはいつも却下される。
長期のしごとを受けるときは彼女は夜でも触れるのを嫌がるからこちらもしごとに集中する。何よりリナが未来に飛ぶような事件が起こるかもしれないと気を張りつめる。その反動で、一つのしごとが終わった直後はリナがここにいる安心感と愛しさが走り出して大抵強く求める。
これでもかと赤を通り越して赤紫になるほど強く彼女の身体に自分の痕をあちこちに刻み込む。彼女の肌はわりと戦い慣れしているせいか丈夫で痕がつきにくく消えやすいから、強く。
それにたまに怒られるが、それでも結局それを甘い声で受け入れ許してくれる。それどころかたまに逆に同じ事をして返そうとしてくれるからやっぱり参る。お互いがお互いに溺れる。
もうどう誤魔化したって子供扱いなんてできない。もっともとっくにそんな時期は過ぎているし、する気も自分にはないのだろうけど。
それでも。わかっていても進みすぎる成長は不安を呼ぶ。
「……好きだ」
彼女の耳元でそう囁くと、リナは幸せそうにその言葉を自分の中に取り込む。
「好きだ、リナ」
いつもやはり彼女の名前を何度も確かめるように呼ぶ。
リナの唇が、身体が、初めての時の言葉通り全部こちらを受け取るといったように、あえぎながらもそれにいつも応えようとしてくれるのが何よりも嬉しかった。
結局いなくなった過去に怯えた振りをしながら、またいなくなる未来に怯えて彼女を求め続けた。
―――怯えながらも―――その日々は幸いにも思ったより長く続いた。
冬を過ごし、春が来て、夏を知って。
一年近くが経過した。それは早かったような気も遅かったような気もする。こうなる前とは全く違う、濃密で、幸せな日々。
もっと続けばいいのに―――それが近づいてる予感は刻々と増していた。
リナは『レイ』になっていった。
「……ね…あんた…未来のこととか…考えてる?」
「え?」
ある日――ベッドの上で、自分の胸の中でまどろむリナが言った台詞にまたもや固まった。
本気で焦った。
何故。彼女は何で気づいた―――知ったのか。
―――彼女が知った場合どうしたらいいのか。
「…え?」
暗闇の中あわてたこちらの反応にリナまで焦りの表情になる。
「…全然考えてない、っていうか。その可能性とか考えたことないとか言うつもりもしかして?」
「え、いや、あの。…ちょっと待て何の話してるお前さん」
なんだか泣きそうな声で責め立てるような口調のリナに慌ててなだめるように言う。あのことを知ったにしては様子がおかしい。
彼女は消え入りそうな声で言った。
「だから。……こども、とか。…できたらどうするのか…って…」
――――その言葉で、彼女の言う『未来』が、こちらの思っている件ではないことを知る。
「あ、その未来か」
ほっとして苦笑した。
これからお互いどうしたいか、どうなりたいか―――その話題を今まであえてしないでいた。
理由は最初と一緒。
それが正しいことなのか、まだ見極められなかったからだ。
『レイ』が――――彼女が望んだのは『今の自分の感情を彼女に伝える』未来だった。
家庭を持てだのそういうことは言わなかった。つまりはそこまでの未来に行く前に離れてしまったのかもしれない、と最近は思う。
ならばそれ以上の未来を今描くのは嫌だったし、今を護るので精一杯だから。
――けれど何も知らないリナからしたらそれはただ不安なのかもしれないな、とリナを抱きしめる腕に力をこめる。
余計なショルダーカードとか服を介さない素肌の彼女の身体は尚更小さくて、柔らかいことを毎回確認させられる。大事にしたいと想う気持ちと、もっと自分が護りたいと想う感情がこみあげる。
「…大丈夫…考えてる」
言って指をリナの弱いところに這わせ口づけた。
気休めかもしれないがそうなだめるしか今の自分にできなかった。
「まあしばらくはできないと思うけど」
一応最低限は気をつけている。もちろん完璧ではないからいつできてもおかしくないと言われたら否定はできない。けれど、あの『レイ』に『女』ではあっても『母親』である表情は見えなかった。ならば、多分今はまだ、この目の前の彼女の元には恵まれないのだろう。それに残念な面もあるが安心もしている。
「でも、多分お前さんと考えてること一緒だと思うぞ」
「……」
リナがそんなに先のこと先のことを考えて不満を抱く性格ではないことはわかっている。
今が楽しかったら、満たされていればいい。
何か起こるのであれば起きたときに打破すればいい。
知っているから。もし、その時が来たら。来てから。
「……離したくないな」
思わず言葉から漏れた。
ずっと言わないでおこう、閉じこめておこうと思っていた言葉だ。言ってはいけないと思った。うっかり言ってしまった。
自分が選んだのだ。未来に怯えながらも、制約に遮られながらも。その気持ちを抑えてでも、この道を。
選んだとしたい。しなければいけない。悔しくても、ここまで来たならば。
もしかしたらリナ―――レイとしては何年もの月日だとしても、こちらの側としては、リナが消えて還ってくるのはほんの一瞬なのかもしれない。
オレが気づかないうちになのかもしれない。けれどもその保証はどこにもない。
逆に――――長い時間会えないのかもしれない。
わからない。そもそもちゃんと本当に還れるのか。
きっと会えると――還ると約束した『レイ』。
オレ達と別れてからどうしているのか。気になったから、心配だからゼルに、監視というか後をつけて様子を見てもらえないか――頼んだがどうなったかはわからない。それに意味があったかもわからない。
誤魔化すように指でなぶると、あ、ん、とじれている顔をリナがする。
既にこの夜だけでもう何度も抱きしめていたが、まだやめる気はなかったし、リナが、もう無理といいつつもまだまだそうして反応してくれるのが嬉しかった。
「…離れないわよ」
しかも――リナが、そんな中そう言ってこちらの首の後ろに自分の腕を絡ませてきたから本当に愛しくて愛しくて仕方なかった。
すぐに唇を塞ぎあって、絡まるお互いの身体をもっともっと強く深く重ねた。
本当にそうだったらいい。
一つの生き物になれたらいいのにと思った。
そうしたらリナがどこに行ってもどこでも自分も一緒なのにと強く思った。
運命の日が本当にもう近いことを――知っていた。
彼女の味覚も、感覚も、雰囲気も―――あの時の『レイ』の条件が揃ったとき、リナは何も知らないまま二十二歳になった。