Long Story(SFC)-長い話-

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「ちょっと、いいか」

部屋の扉を開けて自分の姿を見て固まる彼女――――未来のリナに尋ねる。

「……いい、けど」

困ったようなそんな表情で、それでも彼女は部屋にあっさりと入れてくれた。

 

「訊いて、おこうと思って」

適当なところに腰掛けてこちらを見つめる彼女に言葉を紡ぐ。こちらが座る余裕はなかった。

自分でもよくわからない興奮があって余裕はなかった。

「何、を?」

聞き返されてもすぐに答えられないほどに。

 

何から言えば、何を言えばいいかここに来て頭が真っ白になる。

先ほど気づいた彼女の正体。

ダイレクトに訊いても彼女は答えられないのではないだろうか。ことが終わった今でも。そんな気がした。

けれど確認はしたい。どう言えばいいだろう。勢いに任せて来てしまったけれどそこまでゼルに知恵をもらえばよかったかもしれない。

――――悩んだ末に、今自分が一番知りたいことを訊いた。

 

「これから……行くところは、決まってるの、か?」

「え?」

「いや、気になった、もんだから……」

 

どうしてここに来たとか。どうやって来たとか。

それも大事だけれど、それよりも知るべきこと。

彼女はこのままここにいるつもりなのか。いることになるのか。それとも。

 

「……大丈夫」

答えた彼女の顔が言葉とは逆に泣きそうに見えた。

「……たい……、行きたい、場所があるから」

一瞬言葉に詰まったのを聞き逃さなかった。

 

――――多分、また言えなかったのだろう、と想像する。

何を言いかけたのかはわからないが、『戻りたい』とかそんな単語が入ったのではないだろうか。

―――もちろんその指すものは彼女の世界なのだろう。自信のあった彼女の正体にさらなる自信がつく。

少なくともここに居続けるつもりはないのだと知って安心した。帰る術はあるのだろうか。こちらとしては寂しいが、未来の自分のことを考えたならそうしてくれないと困る。

――――そうでなければ辛すぎる。

 

「…何か、してほしい事とか、オレにできること、ない、か」

「――――」

 

あくまで――――『今』を彼女に訊いた。

なんとなくそれのみが、今訊いて許されることな気がした。そして知りたかった。

 

――――彼女の世界のオレは何をしているのだろう。

ここまでに出てこないことや、彼女の悲痛な態度を見れば一緒にこの世界には来ていないことは瞭然だ。ならば、何をしているのか。

『リナ』を一人にして、守ることもせずに、できずに――――何をやっているのか。

何もできないのか。何が保護者だ。今回だって、これからだって肝心なところで彼女を守れないなんて――――。

 

「……そーゆーのは、『リナ』に言ってやりなさいよ」

苦く笑って前髪をかきあげて言う彼女はやはり大人の顔をした。思わず見惚れる。

自分より年上なのでは、と錯覚するほどに。実際はそうではないと思うがこればかりはわからないし訊きようがない。

 

「『リナ』にはそーゆー風に行動的な台詞めったに言わないでしょ」

知っているように――――いや、実際知っているからだろう。痛いところを突かれる。

リナがいなくなったあの時まで、言う気はなかった。いや、言わなくてもいいと思っていた。

一緒にいるだけでよかった。

 

「……行動的な台詞も。気持ちも。伝えてないから『自称保護者』なのよね」

「……ああ」

全てを見透かした言葉を彼女は言う。そんな言葉がすらすら出てくる未来。

今までの発言。彼女の隣にいるべき自分は今とは違うと思っていいのだろうか。

うぬぼれていいのだろうか。

 

「そんなに怖いんだ?『自称保護者』の関係なくすのが」

挑発しているように言われてそれを今更やっと自覚する。

 

一緒にいるだけでよかった。

そう思っていたのは怖かったからだ。

リナがその関係以外を望んでくれるのか――――必要としてくれるのか。

誰よりも頼ってくれてるのはわかってる。傍にいることを望まれていることも。けれどそのポジションは自称保護者として以外に存在してくれているのか――――。

 

彼女の言葉に、素直にそう答えると、馬鹿じゃないの、と間髪入れずに呆れ顔で言われる。

その彼女にほっとした。

そう言ってくれる未来に救われた。

 

「続けられないって思うくらいの気持ちになってるなら尚更言わなきゃ駄目じゃない」

言われて先ほど、リナ――――オレたちの世界のリナを思わず抱きしめたことを思い出す。

確かに、怖い、よりも何よりもそこにいるリナに想いを伝えたい気持ちのが今は強い。

――――ここにいるリナにも。

 

「無くさないでみんな手に入れる方法だってあるでしょう」

彼女は思いもしなかった台詞を告げた。

みんな、手に入る。

「……例えば?」

思わず問う。けれど。

「…それくらい自分で考えなさい」

冷たく言われて睨まれる。よく今はわからないが、多分その答えを未来にオレは出したのだろう。これからの課題になる。

うぬぼれてもよくて、でも無くさないで。

そんなことできるのだろうか。難しそうだ。

 

「…お前さんにはみんなわかってるのな」

そうこぼすと彼女の表情に動揺の色が見えた。それに、そこに踏み込んではやはりいけない気がして、言葉を続けてフォローする。

「お前さんが言った事、みんな本当だったもんな」

 

自分が『オレ達のリナ』ではないこと。サイラーグに囚われていたリナが本物であること――――

途中から思い出した。そうではないだろうか。自分と再会した時最初から彼女はそれを知っていたようには思えない。

様子がおかしくなったあの頃にそれを思いだし、悟った――――。

事実とは言えそれを認め、こちらに伝えるには勇気がいったであろうに。

 

「…ごめんな」

言って彼女に近づく。髪に手を伸ばした。

謝っても謝りきれない。けれど。

「お前さんが辛そうな時、オレ、何もしてやれなかった。簡単な気持ちでお前さんが『リナ』だって言っちまったし」

 

それは真実であり間違いだった。

本当のことが言えない。詳細を本当は言いたかったはずだ。そんな彼女を苦しめた。

苦しめるようなことを言った。

未来の自分が何もしなかった分だけ、せめて今の自分が彼女を――――『リナ』を救わなければ、守らなければならなかったのに。

 

「……別に、だから」

「本当に何も、できること、ないか?」

 

必死だった。それは彼女を救いたいから――――そして何もしてない自分を救いたいからだった。

情けない。

この期に及んで自分の事も考えてる。救いを求めてる部分がある。

赦されようとしている。

本当に苦しいのは『リナ』で、だからこそ何も考えず彼女のことだけ考えなければならないのに―――。

 

でも彼女は首を横に振って切り捨てるようにこちらの祈りを断ち切った。

「……ないわ」

その言葉に息が、詰まる。

けれど続けて彼女はまっすぐに自分を見据えて訴えてきた。

「あえて言うなら。今言った通り。『リナ』にちゃんとしたこと伝えてあげて」

 

真摯に。無表情に。…けれどどこか辛そうに。

子供ではない、女っぽい表情の彼女。

――――それはこちらに気を使った、オレのための救いの言葉というだけではなく、『リナ』の心の叫びの声に聞こえた。

 

――――未来のオレは今のオレの未来なんだから、全部を知っていたはずだ。

それなのに何もできなかった。そう思った。できないで傍にいるだけだと思った。

けれど――――それだけはしていた。

『リナ』に気持ちを伝え――――彼女をいつでも抱きしめていた。

愛情を伝えていた。

それを―――彼女は唯一望んでくれるのか。

それが――――自分のすべきことなのか。できることなのか。

 

思わず――――また『リナ』を抱きしめていた。

さっきは今のリナに。今は未来のリナに。

同じように抱きしめようとしてそれをぎりぎりで制した。

怒られる気がしたのだ。

 

「……ありがとう」

耳に口を寄せて伝える。

納得はできない。それ以外にも何か。何かできることはないのかと思う。

けれど今はただ、その言葉に感謝したいと思った。

待っているのは絶望だけではない。

 

耳に弱い彼女はそれに身じろぎして固まる―――のは一瞬で、きゅっとこちらの服の裾をつかみ、瞳を閉じて自分に少しだけ身をまかせた。

自分を求めるように。頼り甘えるように。それに応えたいと思ったけれど――――これも二人(・・)に怒られそうだとやっぱりぎりぎりのところで制した。

二人。未来の自分。そして、今のリナ。

ただ固まったまま、少しだけ抱きしめたまましばし時間を費やした。

 

「……『リナ』に、怒られるわよ。他の女にこーゆーことしてると」

我に返ったようにそう言って離れる彼女にこちらも合わせて離れる。

「ちゃんとしたこと伝えるにしても、こーゆー余計なことは言わないようにね?」

言われて思わず苦笑する。今のリナに気を使っている彼女は、未来の自分に気をつかう今のオレに似ていた。

多分もう一人の自分が嫉妬するだろうと判断したんだろう。

「言わない」

彼女に誓う。

そもそも嫉妬云々とは別に、伝えてはまずいのだろう。多分今のリナが知ったらここに彼女はいない。

こんなこと、ぶち壊してやると自分の未来を切り開くために何か予想もつかないことをやりそうだ。

――――――けれどそれが得策だとは思えない。

あの戦いは――――――この『リナ』がいるから成立した。

 

「約束する」

――――ここにいる彼女が守ってきたもの、今まで背負ってきたものをそんな形で簡単に壊すべきではない。

そう、思った。

 

「また…会える、よな」

未来に無事に帰れるように祈って言った言葉に、少し困りながらも彼女は頷いた。

これからは『レイ』と呼んでくれ―――そう言って必死にこの場所に馴染まないようにする彼女の手をとり、握りしめ今後の無事を祈った。

 

 

「……どうだった。やっぱり『リナ』だったか」

彼女の部屋を出ると再びゼルの部屋を訪れた。

ため息混じりに、そしてまた投げやりに訊くそれに、ああ、と力強く答えると目を丸くした。そしてさっきよりは真剣に、こちらに向き合ってゼルは訊いてくる。

「――――本気か、いや、本当に『リナ』なのか」

「間違いない」

確信をゼルに伝える。そして――――これからのことを。一つの提案を、『レイ』への心配からゼルに提案した。