Long Story(SFC)-長い話-
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本当は、あまりよくないことだとわかっていた。
無理矢理な関係の停滞。
けれどあの時予感がしていたから、その予感を無視するわけにいかなかった。
もう少しだけ。もう少しだけ。許されるなら。
少し我慢する。それだけでリナと――――緒にいられる時間がその分延びる。延びる気がする。
「やっと片づいたぁぁぁぁっ」
待ち合わせ場所に来ると、両手をあげて伸びをして嘆くリナ。
魔道士協会で先日までの事件の報告に行っていた。
際どかったあの日のあと、どうなるかとも思ったがそれを危惧する前に事件にまた巻き込まれた。
よかった、と言うべきだろうか。最初は顔を合わせるたびにどぎまぎしていたリナも事件に集中しているうちに元の調子に戻った。
こちらもそれに合わせて保護者と相棒の役に徹した。余計なことは考えない。それでいい。
そう言いつつもその間もたまにキスをしあったこともあったが、寝る前に挨拶程度の軽いものを一瞬、といった感じでそれ以上はしないように理性をわざと保った。
しかしそんな状態も今日終わってしまった。
やっと久しぶりに落ち着いた日々に戻る。
「この辺もブドウの産地なのね。看板出てる。もう終わりかな」
歩きながらリナが言ってこちらもそれに目をやる。葡萄狩り。そんな季節か。最近だいぶ秋も過ぎて寒くなってきて―――
「あ」
とあることを思い出して思わず声をあげる。リナがオレの方を見て眉をひそめる。
どしたの?ときかれ、曖昧に誤魔化した。
――――明日はリナの誕生日だった。
数年前郷里に帰ったときがちょうどその時で、それで知った。
あれから……ええと今度は二十一歳になるのか、と思う。その年齢の重みに驚く。
リナと初めて会ったときの自分の年齢。
彼女自身はここのところのばたばたで忘れているかもしれない。
未だに童顔は童顔だし身長もほとんど変わらない。それでもやはり幼さの中に大人びたものが見え隠れする。
まあ、だからこそ油断すると理性があやうくなるのだが。
二十一歳。
何事もなくとりあえず二十歳の彼女と一緒にいられたことをありがたいと思う。二十一歳になるのを傍で見られるのも。
せっかくだから何か贈るべきだろうか、と思う。財布はほとんど彼女が握っている。けれど手持ちでささやかなものくらいは。今から何かリナに理由を付けて買い物に行く時間は作れるだろうか。どうしようか。
考えていると、リナは先行くわよ、と前を行く。
彼女の後ろ姿を見つめる。
「――――」
次にしごとが入るまでどれくらいの時間があるだろう。
こうして見つめていても、かなり無理をしている自分がいる。可愛い。愛しい。触れたい。駆け寄って、抱きしめて。
けれど下手に触れる方がまずい。今度こそ止められないだろう。
昔の自分でいなければ。しごとがなくても保護者な自分で。そう、律する。
律した。その瞬間。
「……っ?」
目をこする。見間違いだろうか。今、リナが――――
「ガウリイ?」
目の前の彼女は振り返り首を傾げる。
「何。どしたのあんた。さっきから変」
「いや――――」
気のせいだった――――そう言おうとしてある事実に気づく。絶句した。
リナの影が――――薄い。
リナが一瞬消えかかったような、ぶれたような――――そんな錯覚を見た。だから目をこすった――――のだが。
見間違いではなかった。今目の前の彼女の姿が、薄い。
どうして。
「おなかでもすいた?なんかどっかで食べましょ」
リナ本人は気づいていない。
ああ、と適当に答えながらも頭の中はぐるぐると別のことを考えざるを得なかった。
それでいて彼女から目が離せなかった。
―――翌日。夜、一人昨日からの出来事を思い返していた。
こうしている間も壁の向こうの、隣の部屋のリナが気になって仕方なかった。やはりこの二日間彼女の姿がたまに危うい。先ほど自分の部屋に戻っていったときははっきりしていたけれど。
けれどその現象は確かに見間違いではなかった。
――――何が起こっているのだろうか。
ベッドの上で瞳を閉じて考える。考えるのは苦手だがこのことに関しては考えなければならない。いつも考えてきた。
思い出す。今までのことを。彼女――――リナと、『レイ』―――もう一人のリナの事を。
特に――――『レイ』が自分の前で何かを話そうとした時に具合が悪くなったあの時を。
あの時の彼女も――――影が薄かった。
当時は見間違いだと思ったけれど今なら確信できる。今のリナと同じ現象が起きていた。
―――何故あの時彼女の姿は消えかかったのか。
彼女の正体を知った今ならば――――なんとなくわかる。多分彼女は、流れに逆らおうとした。
それは許されないことだったのだろう。だから――――警告としてそうなった。
…ならば、今回も同じ事になる。
流れに逆らうことをした。何を?リナはただ歩いてたり普段と変わらないのに。
「――――――」
ある想像に行き着いてうなだれる。
―――違う。リナが逆らってるのではなく――――オレの方が逆らっている結果なのだと。
本来ならばとっくのとうにその流れに乗っていた。何も知らず気づかなければ。
それを理由を付けて拒んでいる。強く自分に言い聞かせてる。すると、リナが――――
「…もう、限界なのか」
ここにいない『レイ』に問う。
「『リナ』にちゃんとしたこと伝えてあげて」
記憶の中の彼女が言う。
大人びた女の顔で。まっすぐに自分を見つめて。
そう。『レイ』は大人だった。
――――――女だった。リナと違って。それは、多分。
隣の壁を見つめる。この向こうには、リナ。
――――今日二十一歳になった。
「……」
拳を思わずぎゅっと握りしめて考える。
―――後悔したくない。
歩みを進めなければならない。
止まることは許されない。止まりはしなかった。だからせめてゆっくり歩いてきた。
けれどそれすらもう駄目ならば―――答えは一つしかない。
まだ時間はあるはずだ。これからの間、ここで大きく進むとしても。
まだ別れることになるまでには。だから、伝えなければならない。
伝えたい。
――――――リナ。
心を決めて―――彼女の部屋に向かう。
ドアをたたけば彼女はあっさり顔を出した。
「どしたの?」
「いや…ちょっと」
首を傾げつつも中に誘う彼女に従う。
入って、その扉に―――鍵をかけた。
「……思い出したんだ。お前さん、誕生日だろ。今日」
「…あ」
思い出したと言った顔。やっぱり忘れていたらしい。
ベッドに腰掛け、彼女に横に来るよう促す。
リナは一瞬ためらったような顔をしつつも、素直にそれに従った。隣に座る。
「なんか祝いたいって、考えてた」
「何、昨日からそれで様子おかしかったの?」
「ああ」
何も知らない彼女が笑う。それが素直にやっぱり可愛いと思う。
愛しい。
「何かリナにやれるものないかなとか。ずっと考えてたんだ」
「別にいーのに。ごはんおごってくれるとかで」
そう言う彼女の手を両手で握る。
彼女の瞳を見つめる。まっすぐに。
こちらの真剣な表情に、リナの表情に困惑したものが混じる。
――――これからのことに拒絶するだろうか。するかもしれない。
したらしたで自分の考えが違ったのだと知るだけだ。
「ガウリイ…?」
そう。それだけだ。警告のせいにはしない。
やっぱり限界なのだ。元々が。彼女への感情。劣情。
「……オレ、じゃあだめか?」
え、と言うリナに、なるたけ理性ひっぱって彼女に優しく言う。
「……オレをお前さんに全部やる。心も。…体も。全部。ダメ、か」
怒るかもしれない、と思う。意味がわからないかもしれない、とも。
けれどその言葉に彼女はみるみる顔を赤くして身を縮こませる。
「な…っ」
ちゃんと―――わかったらしい。その意味。
やけに冷たい部屋の中、熱くなってく彼女の手が心地よかった。
もっと触れたい。
ちゃんとリナはここにいる。
「あんた…いきなし何言っちゃってるわけっ」
「ダメか」
「ダメって、だって、その」
わたわたとしてオレをみて。一つ深呼吸して言う。
「あたしがまるで、あんたを欲しがってるみたいにっ」
ちょっと怒ったような口調だが本気ではないとわかる。だから笑って、答える。
「欲しがってほしい」
「何それっ、逆じゃないのそれ」
「逆って?」
「だからっ、あんたの誕生日かなんかであんたがあたし欲しがるとかならわかるけどっ」
言ってとんでもないこと言った、と言わんばかりに顔を伏せる。恥ずかしさで小さくなる。
そういうところがやっぱり可愛い。
リナの肩を抱き、顔を伏せるのをやめさせる。そして引き寄せて自分の腕の中におさめた。
「……前、ランツが訪ねてこなかったら。お前さんあの後どうした?嫌がったか?」
「……」
リナが黙る。わざとあれから訊かなかった質問。
こんなことを言っても、殴ったり呪文を使おうとしたりする気配はない。そこから答えを知っている。
――――あの時から彼女の中で今日をどこかで視野にいれてたのではないか。だから逆ならわかると言ってしまった。
「…リナに触りたい。抱きたい。でも一方的にそう思うのは嫌だ。お前さんにもそう思って欲しいんだ」
素直に伝えた。髪に触れる。口づける。
お互いの感情でその道を選びたい。
「お前さんに、もっと必要とされたい。だからオレを全部やる。――――新しい関係をやる。もらってくれ」
しばし沈黙したあと――――ばか、とリナはつぶやいた。
小さな声で。
「……ばか。あんた今更、あたしのものって」
強がった口調。恥ずかしいのを頑張って誤魔化してる様子。
「心は、あたしにとっくに差し出してたんじゃなかったの」
言われて笑う。顔を寄せ、腕を彼女の背中に。支えるために回す。
唇を重ねる。深く。
感情があふれていく。とめどなく。
「ああ。だから――――改めて。全部やる」
少しだけ唇を離し、そう言って額を合わせて抱きしめる。
視点が合いにくくなるほど近距離でしばし見つめあうと、やがて観念したような表情をリナがした。
「……あー…もう。…仕方ないから…もらってあげるわよ」
小声でリナが言ったその言葉を合図に、今まで抑えてたもの、動員していた理性をゆっくりと手放す。
「……覚悟しなさいよ」
そのささやきの声はリナのものかレイのものかわからないまま押し倒した。
静謐な空間の中全身で彼女に触れる。
存在がそこにあることを確認するように丁寧に。
部屋の中で響く音はお互いの息づかいときしむベッドの音。肌が重なりあうことで生まれる微かな濡れた音。
なるたけ痛がらせないように十分に時間をかけていたわった。
「……リナ」
行為に及びながら彼女の名前を呼ぶ。
「リナ…リナ」
何度も呼んだ。彼女の存在を確固たるものにするためにも自分でも勝手にそれが声に漏れていた。
名前を呼んで、抱きしめる。愛しさを、熱をこれでもかとこめて。
こんなに夢中になるなんて予想もできなかったほどにリナに溺れた。ずっと我慢していたから尚更だった。
リナの方も、初めてでもこちらが名前を呼ぶ声に反応して一生懸命痛みをごまかし微かに笑んで自分を求めてくれた。しがみついて、絡み合い、受け入れ。
甘い熱い瞬間。
――――――見えないけれど確かにそれまであった線。
必要な線。はじまり。
オレ達は――――越えた。
これ以上ないほど――――大きく関係が動いた。
――――最後まで行為を終えて熱が冷めた頃、自分の腕の中でそのまま気を失うように眠ってしまった彼女の顔を暗い中のぞき込んだ。
今は彼女の姿はしっかりとしていた。けっしてその存在は薄くならない。
その状況に思わずいろんな感情極まって涙がこぼれそうになった。リナに気づかれない今のうちにそれを拭った。
まだ。まだ大丈夫。オレ達は離れない。離さない。
リナはきっとまだ――――『レイ』にならない。
味覚が変わったり。これからもっといろいろ変わってからきっと彼女は自分から消えてしまうのだろう。どういう経由かわからない。どういう状況でかはわからない。
けれど、こうして女になり、大人びて成長した彼女は近い、近づいた未来に時を翔ることになるのだ。
――――過去の自分を救うために。今より過去の世界へ。
時と孤独と戦いながら。
「ガウリイ…?」
ふと目を覚ました彼女に、微笑んで口づける。
こちらを濡れた瞳で見るリナは、やはりレイのもつ女っぽい表情や雰囲気に少しだけオレにしか気づかない程度に近づいていた。
「…誕生日、おめでとう、リナ」
二十一歳の誕生日を何よりも近い場所で祝った。
外は―――少しだけ季節の早い雪が舞っていたのをあとで知った。