Long Story(SFC)-長い話-
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「…気づいてたんでしょう?ガウリイ」
自嘲めいた笑みでリナは語る。
彼女らしくもない。投げたような、そんな口調。
自分はリナではないと言う。
「あなたは知らなかったろうけれど、今、あちこちの場所に同時にリナ=インバースのコピーが現れている」
知っている。やっぱり知っていたのか。彼女も。
「あなたと出会う前、あたしは倒してきた。強いリナコピーから、弱いのまでもう何人も」
「……リナ」
オレと同じことをしていたのか。
自分と同じ姿を何人も―――どれだけの苦しみを味わったのか。
「ずっと、本物のリナかもしれないけど、そうじゃあたしもないのかもしれないな、って思ってたから。言えなかったの。ごめんね」
言い訳をするように言うその声が、辛い。
「……リナ」
名前を呼んで、諭す。
もういい。そんなこと言う必要ない。
「でも、はっきりした。あたしは――――」
「リナ!」
香茶のカップをテーブルに強く音を立てて置いた。
彼女の言葉を止めた。
「リナ」
傷ついても、尚それを見せない強気な瞳。
けれどどこかもろくて守りたくなる彼女の振るまい。
一瞬迷った自分を責めたい。魔族の言うことに惑わされてはいけない。
リナ以外にありえない。誰も決して真似できない彼女らしさがそう語ってる。
彼女自身の名前を呼んでそれを主張する。
「…オレは」
リナも惑わされている。だから。自信を持たせてやらないと。
「オレは、お前さんが、本物だと思ってる」
こちらの言葉に驚いたように目を見開くリナ。
中途半端な台詞ではきっと届かない。だから素直に語ろう。
上手く伝えられないかもしれない。それでもやってみないとわからない。
「確かに、前のリナと違うな、って思った。それにリナの偽者があちこちに現れたのも前から知ってた」
戦って倒した事はあえて伏せた。自分でも思い出したくもない。
「でも、わかる。お前さんが本物のリナ、だ。うまく言えないけど―――わかる。それが言いたくて来たんだ」
「……違、う」
悲痛な顔で彼女は首を微かに横に振る。
どうしてわざわざ悲観的な方を選ぶのか。記憶がないのはそれだけ不安ということなのか。
「違わない。これから行く場所に確かに魔族と、リナに似たのがいるのかもしれない。でも本物のリナはお前だ」
強く一気に思っていたことを告げる。
「オレがずっと傍にいた、これからも」
一緒にいたいしいるのはお前だ――――
そう言おうとした。が。
「違う!」
悲鳴をあげるようにリナが言葉を遮り、思わず絶句する。
どうしてそこまで、わざわざ。
そんな悲しそうな――苦しそうな顔をするのか。
そんなに強く否定するのか。
「……違うの」
呼吸を整えながらリナは言葉を紡ぐ。
「あたしはっ…」
そう言った瞬間、彼女は頭を抱え膝をついて倒れ込む。
「リナ!」
すぐ彼女の体を抱き止める。口をぱくぱくとして何かを紡ごうとしている。でも声には出てない。
一体――――。
呼吸が荒い。抱きしめて、背中をさすってなだめる。一瞬彼女の影が薄くなったような錯覚すらするくらい小さくなっている。
「大丈夫、か?」
リナは答えない。その代わりに。
「……っ」
驚いたようにやはり口をぱくぱくとしている。
――――声が出なくなったのかと危惧する。どこか悪いのか―――。
「……大丈夫、だから、離して……っ」
しばししてそうリナが言う。
声がちゃんと出てることにまずはほっとして―――引き続いて心配した。
「今日、の、疲れが、出たの」
そんなわけない。今のはあきらかに突然おかしくなった。
大丈夫なのか――問いつめるべきかと思ったが、全身でその問いを拒んでいる空気を感じ取る。
確かに実際少し顔色は悪いが、呼吸は戻ったし、先ほどよりは落ち着いている。
明日以降も顔色が悪く様子がおかしいならばアメリアと相談しようと決める。確か彼女は治療面が詳しかったはずだから。
「……もうそろそろ寝たほうがいいな。悪かった、こんな夜更けに」
頭を撫でてなだめる。
リナは首を横に振り―――静かながらはっきりした口調で言葉を口にした。
「…あたしはあなたの『リナ』じゃない」
いきなり言い出したことに思わず目を丸くする。
先ほどの悲鳴のような否定ではない。静かに――確信を持った声。
「あなたの愛してる『リナ』は確かにサイラーグにいるの」
―――その言葉に、また一瞬だけ迷いが生じた。
確かに彼女への気持ちはリナが今言ったとおりだ。そんな短い言葉で片づけたくはないけど、けれど。
――――きちんと伝えたことはまだない。なのにリナは今、言い切った。こちらの気持ちを。
照れ屋の彼女が、そんな不確かなことをこんなにはっきり言い切れるだろうか。うぬぼれみたいで嫌だ、と黙っていそうなのに。
けれどすぐにその思いを断ち切る。
違う。そうじゃない、そこじゃない。
『リナ』がサイラーグにいる、と言い切った。魔族から訊いたから、とかアメリアの勘だから、ではないようなその強い口調。
――――何か彼女は知っているのではないだろうか。
けれどそれを今は言えない。言おうとすると具合が悪くなる。そんなところではないのだろうか。
今はそうでなければならないのかもしれない。
自分が『リナ』だとしてはいけない事情があるのかもしれない。―――そう、感じた。
「それだけは、覚えていて」
自分に従ってくれと目でこんなにも訴えてくる。
「…わかった」
お前さんの言うとおりにする―――そう考えた末に告げた。
彼女に今できることがそれならば――仕方ない。
時がくるその日まで待つ。
―――名残惜しく彼女から離れ部屋を出る。
そこで偶然にたまたま廊下を出ていた男に出くわした。
目が合う。
「…あ」
そういえば悪いが忘れていた。先ほどの魔族との戦いの際に再会合流し一緒に来ることになった体が岩などでできている合成獣の男。
ゼル。
リナのことしか考えてなかったので意識するのを忘れてた。
「…リナのコピーに会ってどうしたんだ、旦那」
仏頂面で――といってもこの男が笑ってるのをあんまり見たことないけれど――オレに言った。
この時間にリナの部屋から出てきたことで眉間にしわを寄せている。
ちょうど魔族が偉そうにいろいろ言ったときに現れたから、ゼルはほとんど今までのリナのことを知らない。
魔族の台詞をただ疑いなく信じている一人。
「あ、いや」
「…下手な慰めは本人を傷つけるだけだ。深入りするな」
「違うんだ」
リナなんだ、とゼルに言う。
時間が時間だからと今度はゼルの部屋にとうながされ、入ると説明する。
「多分事情がある。オレにもまだなにがどうなってるのかわからない。本人に言っても否定する。―――けど」
今いる方が本物のリナなんだ――――と。
確信と自信をもってゼルの認識を改めさせた。
――けれど数日後サイラーグに行き、助けた人間――リナを見てこちらが認識を改める羽目になった。
混乱。そんな簡単なものではない。
「……両方『リナ』だ。本物の」
そんな言葉に修正し再度認識を改めることになるなんて思わなかった。