Long Story(SFC)-長い話-
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――今はリナと一緒にいられればそれでいいと、いつも言い聞かせてた。
先に進むと決めたし約束をした。けれどそれでも焦るつもりはなかった。
焦りたくなかった。
キスをためらったことで彼女に怒られても、尚。
怖かったからだ。まだ。まだここまででいい。まだ。
――けれど中途半端に進み出した想いは、行為は――歯止めを効かなくするのを感じていた。
「あーっもうなんでこう事件が続くかなあっ」
オレの部屋のベッドに寝ころんで愚痴をこぼすリナ。
「日頃の行いじゃないのか?」
「うるさい」
すねる彼女に苦笑する。
まあ、確かに、ここのところ、こちらの意図してないしごとが多かった。
魔道士協会の反乱の制圧だの小国のお家騒動の仲裁だの。リナは断りたかったしそれを言ったみたいなのだが、結局受ける羽目になったのは、彼女の性格もあるだろう。
「…まあ、魔族相手にするよりはましよね」
ため息ついて彼女はいい、オレも頷いた。実際やっかいで長引くだけでそこまで大きな戦いには至ってない。
――それに内心ほっとしている自分もいた。
「……明日この国出たら少しはゆっくりできるかな」
「そーだな」
とりあえずは片づけて次の町へ。どういうルートを通るか――その説明に彼女は自分の部屋に来たのだが、疲れたようにごろごろとしている。
無防備だから困る。
「そのまま寝るなよ」
「…寝ないわよ」
起こして、というようにひらひらと手をあげる。苦笑して彼女のそばに行く。
腕をつかんで引くと体を起こしたリナはぽすっと自分の胸の中に収まった。
「……」
リナが腕を自分の体に回すからこちらも抱きしめる。
「…最近こうしている時間もなかったわね」
言ってこちらを上目遣いで見る瞳が誘ってるように見えるから困る。
思わず彼女の顎に手をかければすんなりとリナが応じて唇を重ねる。
「…ん…」
最初は軽くついばむだけだったのに、そのうちに歯止めがきかなくなる。
まずいな、と脳裏では思う。けれど気づいたら思わず舌を入れ、彼女の舌を捕らえ、絡めて深く彼女を味わおうとする自分がいる。
リナは最初は驚いてたようだけれどそれ以降は少しずつそれに応えようとするようになった。だからこそ歯止めがきかない。
「…っ…」
唇を離してそのまま首筋に吹い付く。
甘い。触れたい。もっと。その衝動のままに指が勝手に動く。胸に触れた。
再び彼女をベッドにゆっくりと押し倒す。
自分で自分を抑えられない。前、何もかも我慢していた頃ならそれができたはずなのに。
少しでも嫌がれば止めようもあるのにそれがない。微かな息づかいだけ。それすら魅惑的に思えて仕方ない。
――このまま――――もう――
がんがん。
瞬間ドアを叩く音が響いてお互い我に返る。
動きを止めて顔を見合わせた。
「…あ、え…と」
「……」
羞恥心が出たらしく急激に顔を真っ赤にするリナ。
首もとの、はだけかけた服を慌てて元に戻す。
「だ、誰か来たみたいね」
「ああ」
ベッドから離れて部屋の入り口へと向かう。
開けてみると、そこにいたのは意外な訪問者だった。
「兄キたちがここに泊まってるって話を聞きつけたんで、懐かしいし挨拶を…って部屋まで行ったんですが…まさかリナとねえ。そんなことになってるとは」
言って酒をかっくらうのは赤毛の旅の傭兵。
昔旅も一緒にしていた。何年ぶりだろうか。――ランツ。
オレたちとは逆の方向から来て、これから先日までオレたちがいた町の方へ進むらしい。先日までやっかいな場所だったから止めようかとも思ったが、もう大丈夫だろうと余計なことかもしれないと黙っておく。
たまたま何かのきっかけでこの町に自分達がいることを知ったのだと言う。
酒に誘うつもりも兼ねてた、とのことで来たランツに、リナが行ってこい、と言ったのでそれに応じることにした。彼女としては照れて顔が見れない、という感じだったしその方がよいと思った。
少し頭を冷ましたい。理性を取り戻す。
「邪魔して悪かったですねえ」
「いや。助かった」
思わず本音を言うと眉をひそめられる。
「……『保護者』としてのモラルってやつですか」
「……」
部屋の端でリナが顔を赤らめていたのを遠くに見ればオレ達の関係がランツと旅していた時のものとは違うのは明確だったらしい。
驚きながらも、茶化しこちらをからかいながら酒を呑む。それにこちらも苦笑してかわしながら酒を呑んだ。
「まだ、早いと思ってるから」
「……の、わりにはあやうかったと」
鋭いことを言う。ランツがため息をついた。
「…そりゃ、あのリナだし、久しぶりにあっても胸は相変わらずっぽいし、兄キが襲うと犯罪っぽいのはわかりますが」
「をい」
「……でもさっき一瞬見たあいつ、それでもあの頃に比べたら十分女っぽくなってましたよ。だからこそ兄キもやられたんじゃないですか?それとも兄キがそうさせたのか」
わかってる。
表情も、しぐさも。ゆっくりと彼女は成長している。
そんなの知っていた。…だからだ。
「さっさと手出しちまったほうが楽になれるんじゃないですか」
簡単に言われる。あおられる。それに怒りは沸かないが、やはり苦く思う。
「大事に、したいんだ」
言って彼女を思い浮かべる。
「大事だから、衝動に任せたくない」
それはリナと、どれだけ一緒にこれからもいられるかがかかっているから。
一時の衝動でめちゃめちゃにしたくないものが大きい。
大きすぎる。
「…相当やられてますね」
呆れたようにランツが言った。のろけだと言われる。
そうかもしれない。
けれど自分にはそれしかできない。
「けど拒まれてないなら、別にいいってことじゃないんですか?リナならはっきり嫌がるか殴るかしてるでしょう」
「……」
「あ、お、おかえり」
いろんな言い訳をして、自分を戒めて宿に戻るとリナに廊下でばったりと会った。トイレ帰りか。
「まだ起きてたのか」
「ちょっと、ね」
まだ顔が少し赤いあたり眠れなかったのかもしれない。
「えと。…あの、明日は南の方に行くから」
「…ああ」
「じゃ、おやすみ」
ぎこちなくそう言って自分の部屋に入る彼女。どうやら相当照れてるというか恥ずかしいらしい。リナも思わず流された、という感じだったのかもしれない。しばらくはまともに顔を合わせてくれないかもしれないし、今日のような無防備さは見せないかもしれない。
――その状況にほっとしている自分が情けなかった。
けれどやっぱりまだ早い。
覚悟はしなければならない。けれども、まだ。
この見えない線を簡単に越えてはいけない。越えられない。
もう一度――先ほどと同じように彼女の顔を思い浮かべた。だいぶ前に別れた方の…リナ。
今自分といるリナと同じ姿の彼女の方。
なんとなく思わず頭の中で彼女に謝った。
「…もう少し、いいだろ」
約束はちゃんと果たすから。だからそれまでは。
いつか必ず来る別れを覚悟できるまでは。