Long Story(SFC)-長い話-

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――――記憶なんてなくても構わない。

また、作ればいいだけなのだからと自分に言い聞かせた。

何度も。

 

 

「…あたしとあなたって、どういう…関係なの?」

記憶のないリナと、半年以上ぶりに再会して二人旅を再開させる。

歩きながらそうリナが訊いてきた。シルフィールから訊いた事実と一致するかどうか確認するように。

一瞬言葉につまりかけたが、そんな彼女が相手だから、きちんと優等生な回答を口にした。彼女の頭を撫でながら。

 

「自称保護者だよ」

「それ、だけ?」

彼女は疑う。それに苦笑する。

 

違うともそうとも言えない。記憶のない彼女に伝わるかわからない曖昧な状態。

「そう言われてもなあ。お前さんもそうとしか言わなかったし」

だからその事実をがんばって伝える。

嘘でもはっきりした関係を言った方がいいのかと一瞬思ったが、リナは望んでないだろうし卑怯だから。

それは彼女に伝わったらしく、そう、と素直に相づちを打った。

 

道を歩きながらほかにもいろいろなことを自分が覚えてる限りでリナに伝える。

年齢。故郷。彼女の好きなもの。癖。

教えると戸惑いを見せるものの少したつと自信を持った表情になっていく。

静かに笑むリナは、少し落ち着いていて、雰囲気が変わっていたが気になるものではなかった。

気にしないことにした。記憶をなくしたせいか離れていた時間のせいかどちらにしろ彼女の成長によるものだろうから。

愛しい、と思った。

 

 

「リナ!ガウリイさん!」

リナが調べたいと望み行った遺跡の場所には見覚えのある顔があった。

以前いっしょに旅した仲間。アメリア。

とりあえず事情を話すとすぐに興味津々にリナにくいついた。

 

「あんまり、リナを責めるな、アメリア」

自分が忘れられる、というのはやはりそれなりにショックなものがある。

アメリアも同様で、本当に覚えてないのかとしつこくリナ

に訊う。困った顔のリナ。彼女からアメリアを引き離す。

「でも、ずっと会ってなかったからだろうけど。なんだか前と雰囲気変わってて」

それはわからなくもない。そう一瞬思ってすぐに打ち消す。

「そりゃあのお姉さんに鍛えられた記憶とかがなければだいぶ雰囲気変わるんじゃないか?」

 

そう、それが答え。そうに決まっている。

まごうことなくここにいるのはリナなのだ。それだけは自信がある。

何かが変わっていたとしても、本人も、よっぽど側にいなければ、見ていなければ気づかない何気ないしぐさが彼女以外ありえない。

こういうものはそうそう変わらないしかえられない。

 

――――それなのにどうして強くそう言い聞かせている自分がいるのかは考えないことにした。

考える必要もなかった。リナがリナであればそれでいい。

もう、離れずに一緒にいられるのであれば。

 

 

―――成り行きからオレたちの旅にそのままアメリアも同行することになった。

 

「今動いてる何かが、わかって落ち着いて、リナの記憶の問題もちゃんとしたら水入らずにいなくなりますからね」

言われて苦笑した。別に今、彼女を邪魔扱いとは思ってなかった。

むしろ、逆。自分にはない知識をリナに教えてくれるという部分と、彼女のように今のリナについ何かで自分も感情的になりすぎてしまうかもしれない。その牽制に彼女はなると思ったから。

 

同行の途中も――――リナと同じ姿の噂が全く入ってこなかったわけではなかった。アメリアやリナ本人は聞いていたのか知っていたのかまでは知らない。

けれど聞かない振りをした。何事もなく。なにも知らない。前の旅となんら変わらない。

その姿勢を徹底して貫くつもりだった。

 

 

それから――――何日も後のこと。

アメリアと会った場所とは違う、遺跡にいく直前のことだった。

リナの様子がおかしくなった。

再会してから何か考え込む姿はよく見受けられてた。けれどその日はいつもよりその様子が顕著だった。

大丈夫かと訊いても、平気、とその憂いを隠す。

遺跡に向かってるときもその状態で、帰ったら宿屋で彼女から話を訊こう、聞き出そうと思った。

もしかしたら、他の自分と同じ姿の噂を聞いたのではないか――――それで不安になっているのではないか。そう予想して。

 

が、その前に、その遺跡に現れた――――いや。待っていた魔族がリナを見て言った。

 

お前はコピー・ホムンクルスなのだ、と――――

 

「本物のリナ=インバースは我等が捕らえておる!そこのコピーのような世界を滅ぼす事のできる我等に従う道具を作る計画の為にな!」

長台詞で訳の分からないことを言う。

ホムンクルス?誰が?あの村々で出会ったむやみに殺戮を繰り返したやつらのことならわかるが。

捕らえてる?誰が?――――そんなわけない。

――――リナはここにいる。

 

「あたしは…単なる道具…」

目の前の彼女が呟く。

違う。違う。そんなわけがない。

「い、今はそんなこと気にしている場合じゃないわ!」

アメリアが叫ぶ。悲鳴にも近い声で。

戯言を言った魔族はいかにも挑発して反応を楽しんでいると言ったようにあざけ笑っていた。精神攻撃。だからとりあえずはアメリアの意見に同意する。

「今はともかく戦うぞ!」

 

―――リナが色々な遺跡に行きたがった理由。

訊いたことはなかった。聞いてもわからないだろうから。

けれど―――気づく。

彼女はこの瞬間を視るためにここにきた。

目の前の魔族を倒した瞬間、寂しげな表情を一瞬見せつつも―――それをすぐ隠し静かながら強い瞳で彼女が言葉を紡いだ瞬間そう理解した。

 

「……サイラーグにいきましょ」

彼女は知っていたのだ。やはり。

「……本物のリナを助けに」

自分と同じ姿の人間がいることを。

 

けれどそれは間違っていることを伝えなければ。

 

 

その日の夜、宿をとり、各々が部屋に戻る。

彼女の部屋の前で、オレはドアを叩こうと―――しながら考えていた。

どう言えばいいだろうか。

彼女がリナなのは間違いない。確信できる。けれどそれをうまく伝えるのが難しい。

記憶をなくす前のリナならば、勘だと言えばそれで信じてくれたかもしれない。けれど今の彼女にそれが伝わるのだろうか。

下手なことを言えば、ただの慰めだと思われるのではないだろうか。魔族の言葉より自分の言葉が弱そうなのが悔しい。

でも、言わなければ間違ったままだ。

悩んで悩んで、軽くドアをノックした。もしかしたら寝てるかもしれない、その可能性も考えながら。

 

彼女は――――起きていた。あっさり扉を開けた。

「…香茶飲んでた」

あんたも飲む?と誘われ―――とりあえずはそれに従い、頷いて部屋の中に入った。

 

彼女が自分の香茶を入れている間、紡ぐべきことばを考え探しながらリナの飲みかけの香茶になんとなく目をやる。

光の関係もあるが、黒い。

ということは比較的甘い茶葉なのか――――と思って、自分のを渡されると一口飲む。

けれどその味に驚いた。予想とは別だった。

苦い。

 

オレだけでなくリナもそう感じてて、この味が苦手だった記憶を瞬時に思い出した。

――――記憶をなくすずっと前の記憶。

ミルクを入れてちょうどいい。それなのに――――。

 

「お前さん、この味の香茶はいつもミルク入れてただろう」

思わず言葉から口から出た。

「食事のとき気のせいかなとはいつも思ってたけど」

味覚が変わっている――――

ずっと感じてた雰囲気の違い。そう。雰囲気だけじゃない。

何気ないところがリナだと語っているのに、別の何気ないところが記憶の中のリナと異なっている。

おかしい。

 

間違いなくリナだ、と彼女に伝えるために来たのに、違いを思わず指摘してしまった。

自分でもどうして、と思った。

リナだ。リナ以外にあり得ない。なのに――――。

 

「あなたたちの、『リナ』じゃないから」

静かに彼女は――――やはり静かながら強い瞳でこちらを見つめて言った。

言わせてしまった。

 

――――そんな言葉を言わせるために来たのではなかったのに。