Long Story(SFC)-長い話-
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「手、握ってもいいか?」
そう言うと彼女は照れたような、困ったような表情で考えて、顔を背けながらも自分に手を差し出す。
それに笑って両手で彼女の手に触れた。
……リナに告白して、関係を増やそうと言ってから数ヶ月経つ。
増やすと言っても今のところほとんど何も変わってない。彼女が照れ屋なのが最大原因。
ちょっと前まで何気なく手を繋ごうとしたら呪文で吹っ飛ばされた。
「人前でそういうのは禁止っ」
顔を真っ赤にして言う彼女に、えー、と不満をこぼしたものの、無理強いはしない。その代わり。
「人前じゃなかったらいいか?」
切り返してこうして許可をもらった。
彼女の部屋で。寝る前のひととき、リナの手を握る。
むしろ日
多分自分の中で切り替えが欲しいのだろう。昼間は今まで通り。それは戦いが常に身近にあるため故だと思う。
こちらとしてはもう安らぐ生活をして欲しいが、旅をしている以上そうもいかないのは知っている。
だから。その分こちらも夜は少しずつ近づくことにした。
「……ねえ、楽しい?…なんてゆーのか…こーゆーことするの」
照れてあさっての方向を向きながら言うリナ。
笑って彼女の手を自分の手に合わせ、握ったり離したりを繰り返す。
「楽しい」
即答するとますます照れる。そういう彼女が何より、可愛くて楽しい。
指で彼女の手のひらをたどるとくすぐったそうにする。指と指の間に自分の指を絡めたりする。
たまにやりすぎて怒ったりして、百面相。
相棒の肩書きから―――徐々に増やす。
言った通りに実行している。別に不満はない。
「……リナは嫌か?」
「……別に。…嫌じゃないけど…」
「けど?」
うにうにと指で遊んでるとリナも返してくる。指相撲もどき。
「……わかんないって思った、だけ」
「…え?」
聞き返した瞬間に彼女が指の力を強めて指相撲は敗北する。あ、と思うと彼女は小さく勝ち誇った顔をする。
「いや、さ。今…どのあたりにいるのかなって。あんまし気にしなくていいから」
苦笑して言う彼女。その言葉の意図を考える。
「どういう意味だ?」
「いやだから。なんていうか…」
困ったように口ごもる。しばしして、小さく、リナは言葉を紡ぐ。
「…今こうしてんの『相棒』なのか。『保護者』なのか。……それ以上のつもり、なのか。どれなのかなって」
言われて思わず手を握る力を弱める。
「……全部じゃないのか?」
言うと、うん、とそう答えるとわかってたように彼女は曖昧な笑みを浮かべる。
「…そうなんだけどね。…もーちょっと…なんていうのか」
言って、やっぱりいいわとぱたぱたと手を振るリナ。話を終わらせようとする。
「いや、言いたいことあるなら言えばいいだろ?」
「……」
らしくないぞ、というとこちらをじっと見る。
怒ってるのか照れてるのか困ってるのか、それこそこちらがわからない表情。
「…相棒と保護者、はここ数ヶ月すごく感じるんだけど。もひとつが、さ。ちゃんとあるのかって言ってんの」
ため息混じりでそう告げる。
もうひとつって―――と考えて、彼女の言いたいことをやっと察した。
「ちゃんと好きだぞっ」
「なっ」
慌てて言うと、リナはその言葉に思い切りびっくりした顔をし、途端に耳まで顔を赤くした。
「いきなりそう言うこと言うなぁぁぁぁ!」
「げふっ!?」
彼女の拳がまともに鳩尾に入る。痛い。
「…っ、いや、だって…わかんないって」
「そんなあからさまに言葉にしろなんて言ってないっ!」
怒ったように言う。何が怒りに触れたのかわからない。
「…大体…今まで言わなかったこと…なんでそんなに簡単に口に……」
ぶつぶつとリナが独り言をつぶやく。すねているらしい。よくわからないが可愛い。
もう一度考え直す。
どうやら、こちらの気持ちが見えない、と不安になっている。それは正解らしい。
けれど別に口説いてほしいわけではなくて。
「……なあ、リナ」
「……」
すねたままあさっての方向を向いている。顔はまだ赤い。
再度右手で彼女の手を握る。ぴくり、と彼女は反応した。
ゆっくりと指で彼女の手のひらを丁寧になぞり、指と指の間に絡ませる。
左手は―――――彼女の肩に伸ばし、引き寄せてみた。
「……」
ゆっくりと自分のふところに彼女を収める。抵抗する気配はないので、これで正しいのだとわかった。
肩に置いた手をそのまま彼女の背中に回し、抱きしめてみる。やさしく。
それでも彼女から抵抗の様子は見受けられない。
笑って彼女を抱きしめた。
「……何よ」
胸元から上を向いてにらみつけるリナ。笑ったのが気に食わなかったのかまだすね気味だった。
「いや。抱きしめてよかったんだなーって」
「……ンなの…告白する前でもあんたしてたじゃない」
確かに。さらわれてた彼女が戻ってきたときとかにもっと強く抱きしめてる。
その指摘に苦笑する。
「…関係進めたいとか言って、退行してるってどーゆーことよ」
「そんなつもりはなかったんだけどなあ」
ただ大事だから無理強いしたくなかっただけで。
進みたいし進むと決めたものの、どのタイミングでどれくらい進んでいいのかがわからない。
こうしてリナが拒まないときがその時だとは思うが、間違えて彼女に嫌われたり―――おおごとにしたくない。
だから、ゆっくり、と。自分を律する意味もこめて決めたのだがどうやらゆっくりすぎたらしい。
今もどうしていいのかわからなかったりする。ここまででいいのか。それとも―――。
「……」
彼女がじっと自分を見ていた。照れたように。
上目遣いのそれが魅惑的に見えてどきっとする。年相応の二十歳の女性の顔。
進みたい。でも壊したくない。
間違えたくない。間違えてはいけない。
「……」
思わず顔を彼女に寄せる。
触れたい。
「……っ」
リナが驚いた声を出す。
寸でのところで自分の唇は―――彼女の頬を掠めるにとどめた。
―――まだ、この程度で止めておこう。
ぎりぎりのところでそう律した。
まだ早い。そう、きっと。
「…そろそろ、部屋に」
顔を離し、身を引いてごまかそう―――とした瞬間彼女の方がこちらに体ごと顔を寄せた。
逃がさないと言うように。一瞬のこと。今度はこちらが驚いた。
唇が一瞬だけ―――重なった。
「……リナ」
彼女はすぐに顔を離すとこれ以上ないくらい真っ赤になり、オレの胸に顔を埋めた。
「…あんたねえっ…!ヘンなとこで止めて、そんなにあたしとじゃキスする気にもならないわけっ」
「いや、そういうわけじゃ…」
「でしょーねっ」
言って再び彼女は意を決したようにこちらに顔を向ける。
「だからこっちからしてやったんだから感謝しなさいよっ!少しはこっちの気持ちも考えろっ」
泣きそうな叫びでそう言う。
今の寸止めも彼女を不安に―――というより傷つけたのだ、と悟った。
「すまん」
「謝るなあっ!」
「いや、でも」
「このクラゲっ」
「…リナ」
「脳みそゼラチン男っ」
すぐに―――今度は迷わず彼女の唇をさらい重ねた。
「……」
ただ重ねるだけの長いキスをした。
無理矢理なはずのそれに思いのほか満たされる自分がいた。どうやら自分でも思った以上に我慢してたらしい。
リナは最初はやっぱり驚いてる感じが伝わったが、そのうちやはり抵抗はせず、瞳を閉じそれを受け止めた。
唇を離して、強く抱きしめてもう一度謝る。
「すまん。オレ、お前さんが大事だから、本当に、だから」
まとまらない言葉だけれど告白したときのように伝える。
これは約束だから。
「…ばか」
そう言うと額を指でつつかれる。
やはり顔は赤かったが、それ以上に彼女の表情がこちらを睨みながらもうれしそうだった。
「…キスくらい、そんな、大したことないじゃない」
そう言いながら照れるんだから本当可愛い。愛しい。
「…そりゃ、あたしだって…こーゆーの、慣れてないし。…あんたが…これ、以上のこと望んだらどーしよーかな、とか、告白されたあとから、いろいろ考えてたけど」
「…いいのか?」
いい機会だから訊いておこうと冗談混じりに言葉にして返すと、また彼女はますます顔を赤くして鳩尾を攻撃してきた。痛い。
「…調子に乗るなああああっ!」
どうやら今のこの状態までで満足、というかいっぱいいっぱいと言った様子。
それに残念と思うよりも何よりも安堵が強かった。
まだ、そこまではたどりつかない。
…それでいい。
「…なのに、それどころかあんた本気で手しか握らないし。いつまでたってもそうだし。キスくらいならいいけどってずっと覚悟してたあたしの立場を…ばか。ばかばか。…あーもう、恥ずかしくて死にそう」
自分の手で顔を覆う。
リナとしてはうながすまではともかくとして自分からしたのは仕方なくというか不可抗力だったのだろう。不本意そうな顔をしている。
本当に悪かった、と彼女の頭に唇を寄せる。そして再び彼女の顔に。顔を隠す手を握ってのける。
「…ちょっと」
「もう一度、だめか?今度はお互いの同意で」
彼女の顎をすくう。
触れたい。触れていいなら。正しいなら。そこまででいいから。そこまでが今はいいから。伝える。
リナはちょっと考えたそぶりを見せながらもうなずいて瞳を閉じた。
そんな彼女に、もう一度、あの時の『彼女』とのことを刹那思い出しながら―――やさしく口づける。
――ひとつ関係を進めて―――先に待っているであろう『線』に近づいたことを強く意識した。