Long Story(SFC)-長い話-
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『リナ』が帰ってきた。
自分の目の前に。一年ぶりに。
――――どうしようもない感情が止まらない。
「ちょっ…!なっ…!」
宿屋のリナの部屋で彼女が驚くのも無視して抱き寄せる。
突然消えたと思っていたら―――魔族にさらわれていた、リナ。
仲間たちと力を合わせて先ほどなんとか倒し連れ戻した。
仲間がいなかったら助けた瞬間に無我夢中で抱きしめていたかもしれない。それをしないでギリギリのところでここまで止めてたのは複数の理由からだった。
リナが照れ屋でそういったことを嫌がること。じわじわとリナが帰ってきた事実が感情としてこみ上げてくるまでに時間が少しだけかかったこと。
そしてそれは、『リナ』という人物がそれまでもう一人自分たちの傍にいたためなのも強い。
「……お帰り、リナ」
耳元で抱きしめながら囁くと腕の中で暴れていたリナは、戸惑ったようにその動きを止める。
リナをこうして迷わず抱きしめる機会、というのは今までほとんどなかった。彼女が弱っている時に受け止める、支える、と言った意味が強いものが何回かあった程度で、あくまで保護者としての行為だった。
今回もそれだ――――と言う部分もある。それはもちろんあるのだけれど、それが言い訳にしかならないことは今回彼女がいなくなった時よりもずっと前から自覚はしていた。
ただ、ずっと仕舞い込んできた。
「……ただ、いま」
自分の言葉に返す彼女の声も、ぬくもりも、いとしい。
ちっこい体。やわらかな髪。自分への反応。それはまぎれもなく『リナ』だった。
当たり前だ。リナなのだから。
自分があの時見失った――――記憶の中の彼女なのだから。間違えようがない。
間違えようがないから、どうしていいのかわからない。
ここにいるリナとは違う『リナ』の姿が頭をよぎった。と言っても姿も声も何もかも同じもの。それがリナかそうでないかの違いはただの認識の問題だ。
今この部屋の何個か隣で休んでいるはずのもう一人のリナ。
コピー・ホムンクルス。
少し前ゼルガディスから教えてもらった。昔リナにも説明を受けたことがある気がする。
髪の毛だかでそれを元に本物と同じ姿の人間を作る。双子を魔法で作るようなものだと聞いている。
それだ、と言っていた。今まで一緒にいた彼女は。誰でもなく本人がそう。
記憶をなくした、リナ=インバースのコピーだと。
――――けれど。
翌日―――一つの戦いを終えた仲間たちはそれぞれの道へと旅立っていった。
リナではないリナ――『レイ』と名乗りだした彼女は、行きたいところがあるといって自分たちに背を向けた。
「―――――」
何か言うべきかもしれないと思ったが何も思いつかなかった。そう、レイがさせたのかもしれない。
これ以上何も語れることは、話し合うことはないのだからしないように、と言うように。
ただ彼女を見送り、そのあとリナと並んで別の道を歩んだ。
そしていつもの旅が始まった。
リナがいなくなる前にはあたりまえだった、いつも。二人旅。変わらない。
変わらないはずなのにそれが嘘だと知っている。
これから、嘘にしようとしている自分がいる。しなければならない――――その時期にきていると知っている。
――――けれど本当にどうしたらいいのだろうか。それがわからない。
適当な会話を彼女として歩みながらもそう思考が空回りする。リナが知ったら、元々空っぽじゃない、何考えてんのと笑うかもしれない。
それでも空っぽでない部分に事実がある。
自分の気持ち。そして―――彼女、の気持ち。
「自称保護者が、おかしいし」
なんてことない会話の流れでリナが呆れたようにそんなことを言った。その言葉に思わず足を止める。
自身でも驚くほど痛かった。その言葉でくくられるのが。
今更。
「どした、の?」
怪訝そうに問うリナ。や、と誤魔化そうとして――――やめた。
どうしたらいいのかわからない。昨日からずっと考えてる。リナを抱きしめてから。わからないから変えられない。
それでもなんとか変わらなければならない。やはり。
―――『リナ』にちゃんとしたこと伝えてあげて。
昨日言われた声が頭に響く。
―――無くさないでみんな手に入れる方法だってあるでしょう。
みんな、というのは何を指すのだろうか。どこから―――どこまで。
その声に後押しされるように考える。考えて、意を決する。
拒まれたら。これまでの関係がいいと言われたら――――。それを恐れて仕舞い込んできた。
「―――保護者、から増やしていくこと、できない、か?」
かすれた声が自分から出てくる。リナは唐突に発せられたこちらの言葉の意味がわからないと言ったように首を傾げる。
空っぽな分、確かなことしか言えない。
どんなにまとまってなくても言葉を紡ぐしかない。伝えるしかない。
『彼女』が言ったようにみんな手に入れる欲張りな方法。
「保護者の、他に。―――他の関係も、お前さんと、築いていきたい」
恋人とか、と―――言うと、突然すぎたのか、でもこちらの言ってることが理解できたらしく顔を真っ赤にするリナの姿。
照れから言葉が出なくならないようにとそのままできる限り素直に、まとまりのない彼女への思いを告げる。
なんで、と言う彼女に答える。
「リナと一緒にいたいから。…ずっとずっと」
「保護者なのがいいと思うときもあるし―――もっとお前さんに近づきたいと思う時もある」
「関係を変えるんじゃなくて、増やせば。そんなに違和感ないかなあって」
殴られるんじゃないか、と思うほど率直にむちゃくちゃに伝える。
余裕はない。自分でも恥ずかしくて必死だ。それでも彼女は怒るのでもなんでもなく自分の話を赤面しつつも真剣に聞いてくれる。
「保護者としてしか見られない、か?」
一番危惧していることを思わず問う。多分大丈夫だとは思う。が、それでもいざとなると不安で、自信はなくなる。
「それはないけど」
けれど照れながらも真っ向からすっぱり彼女は否定し―――その言葉に安心して思わず笑みがこぼれた。
彼女の手を両手で握り触れて、にぎりしめる。
増やしていいか、と訊くと彼女は恥ずかしそうに黙ってうなずく。
まずは相棒の肩書きから―――そして徐々に増やしていこうと―――誓った。
「あたしがいない間――――なんか、あった?」
新しく二人で歩き出した後開口一番のリナの言葉。
さらわれていた間一年、記憶や感覚のないリナにとっては突然の告白に訝しげになったらしい、そう問いただしてくる。
「……」
気持ちはわかるがそんな彼女に何も答えられず頭を撫でて誤魔化した。ただそうして前を歩く。
一番訊かれて困る言葉。
――――何もなかった方がおかしい。
これまで―――いや。おそらく―――これからも。
ありすぎて、言葉にできるはずもない。できてもしない。するべきではない。決めた。約束した。
納得してないような腑に落ちない彼女の横顔に、昨日の『彼女』を思わず重ねて、すぐ消す。
多分そんなことリナが知ったら怒るだろう。それでも。
自分に訴えるような表情をしたリナと同じ姿を―――彼女を忘れられるはずもないから、それだけはどこまでも誤魔化すことにした。