Long Story(SFC)-長い話-
揺籃の森のむこうへ -epilogue2-
―――そして、それから15年の月日が経った今、あたしはひとり、あの森の、彼と一緒に住んでいたあの建物を訪れていた。
実のところあの直後もう一度この森に来たことがある。
原因不明でこの森に魔族がぽこぽこ出現の報告が来てるのでなんとかしてくれという依頼から。その依頼を受ける前に知っての通りあたし達もその現象には出会っている。
あの時は何故なのか深く考えなくて、一通り倒して森を去ったが―――この森のことを一通り知識にいれたあたしには考えてみれば思いつくことがあった。
すなわち。この森の空間がゆがみやすい性質に、何かの条件が何かの拍子に揃ってしまって、たまたまそう言う穴が開いてしまっているのではないかと。
そこでガウリイに剣で付近の木をあらかた斬ってもらい、呪文そのもので空間をゆがめてまたおかしなことにならないように森の中の条件を変えた。するとぴたりと現象は収まった。
この森が誰かが管理するとか所有権を主張しないのはそれだけある意味ひとの手に負えない空間なのかもしれない。まあそういいつつもあの世界のガウリイは普通に暮らしてたしあたしも暮らしてて問題なかったけど。本当、不思議なところだ。中に住んでしまうと落ち着いてしまう。
…森の中の条件を変えたことで、あたしが通った時空の穴がどうなったかはわからない。
確かめるつもりもなかった。確かめてはいけないと思った。
もし残っていたのならその穴の先を気にしてしまうから。
「……誰も住んでない、か」
鍵のかかった家の前の扉を確かめてあたしは言う。
あたしが知る15年後の世界にはこの場所にはガウリイがいた。
まあ、もちろんその未来と同じになるはずがないのだけど。この世界のあたし達は、あの後結ばれて一緒になって、今ももちろんその関係を続けている。
まあ、そうは言ってもここまで来るのに大変だったけど。
「まさか、リナがこんなに積極的だと思わなかったからなあこういうことに」
何しろ何も知らずわかってない、どうしても保護者な気分が抜けないガウリイを追いつめるのにあたしが積極的になるしかなくて、結局プロポーズっぽいこととかいろいろみんなあたしから切り出したのが不本意でならない。
嬉しそうにそう言った彼に今でもなんか納得行かない。
んでもって、今やあの世界の彼と同じ年齢になったくせに、一人じゃ料理も何にもできないししようとしないし。三つ編みももちろんできないし、何も覚えないぜんっぜん自主性のないガウリイに、あたしがいるいないでこうも違うのかとわりと頭を抱えてる。
かなりあっちで尊敬したもんなのに。
でも、まあ惚れた弱みというか。どうであれあんましあたしの気持ちが変わらないのも思い知らされたし、逆も然りで。
三度目の恋を重ねながら、あたし達はこの15年一緒に歳をとった。あの時空いた穴を正しく埋めた。
彼はあたしの知るなかなか美形な中年になってきて、あたしは背や胸はかすかな成長しかしなかったものの、それでも我ながらとびきりの美女に成長した。
子供達の自慢の親になってると自負している。
「そーいやあの子達だいじょーぶかなー…」
あたしは思い出したようにつぶやく。この森に一人で立ち寄ったのは偶然といえば偶然だが、ある意味わざと。
先日家族で旅すがらちょっとした依頼を受けて、どうしても二手に分かれなければならなくなった。で、さすがにまだ10歳やそこらの子供達だけにするのは抵抗があったんで、あたしとガウリイがそれぞれ分かれて、どちらか好きな方についてきなさいと言ったら子供二人してガウリイを選んだ。
「だって、父さん一人じゃ迷子になりそうだし、やるべきこと忘れそうで心配だし」
二人ともあたしに似てくれてしっかり育ってくれてる。
この世界に帰ってこなかったらこの子達に出会わなかったのかもしれない、と思うと不思議な気分になる。もちろんあの世界に残っても別の形で会えたのかもしれないけれど。
でもおそらく、今みたいに胸を張った母親ではいられなかった気がする。
―――今まで何度か、あの世界の彼があれからどうなったのか―――考えないようにと思ってもやはり考えた。
あたしは、彼を少しでも救ってあげられたのだろうか。何もできなかった気がしてならない。
あんなに想ってくれたのに想ってたのにあたしは何もあげられなかった。まあ、初めてのキスとか、告白の相手は彼だけど。でも、それくらいで。
あれからずっと更に老いてもあたしを探し続けてるのだろうか。あてもなく―――――
そう思って心に重たいものを少し感じては、すぐにその思いを打ち消した。
―――――彼は、ありがとうとあの時言ってくれた。
1%の可能性だとしてもあきらめなければ会えると言っていた。だったら。
あたしも―――祈り信じる。信じようと思う。
今のこの姿のあたしが、今のあたしとは別にあの世界に現れて、彼に再び会えていると。
そして―――年齢や状況は異なれども、今のあたしみたいな未来を築いて満ち足りた日々を過ごすだろうと。
それだけが―――今許されるあの世界の彼に示せる繋がれる唯一の感情だろうから。
「さて、と。そろそろ行くか」
ガウリイ達との待ち合わせは、この森を出た先にある町の魔道士協会。
あっちの世界で、買い出しに出かけたりした町。
シルフィールとやりとりしたあの場所だ。これも偶然ではあったんだけど、でもここに来ること含めて、今のあたしには―――なんとなく必然だった気がする。
―――あの時吹いた、あたしの世界に帰るのに必要だった風に似た追い風が吹く。
緑が揺れる。
「……」
あたしは満たされた気持ちで力強く歩きだした。
振り返らず。背中を押されて。
愛しい家族が待っているこの揺籃の森の――――むこうへ。