Lina1









展開についていけない、って言うのはこういうことを言うんだと思う。

 

「…一年、ねえ」

高く広がる青空と街道と。よく見慣れた風景を横目に実感のない時間をあたしはつぶやく。

アメリアやらなんやらと別れ。あたしはガウリイと二人、のんびりとした旅を再開した。いや、再開という認識もあんまりないんだけど。でも横にいるこの男にとってはそれだけの時間らしくて。

だって何が何やらわからないうちに意識失って。目を覚ましたときには魔族に連れ去られて助けられる今までそれだけ経ってるんだ、と言われても。

ちょーど一年に近かったらしく前と変わらない季節だし。一年程度じゃこう歩いていても特に何が変わっているというのも見受けられない。

―――なのに、その事実を嫌でも伝える彼がいる。

 

「ああ」

短くうなずいて横を歩いている。

心なしか――いや、あきらかにいつもよりも距離が近づいてる気がする。肩とかぶつかるかも、と思ってわざと距離を開けても、気がつけば彼が詰めている。

こんなこと今までなかったのに。なんだかガウリイの態度が違ってて、どうしていいものやら旅を再開してからここ数日困ってる。

二人きりのときだけだからまだましだけれど。どうやらそれはあえて、らしい。その筆頭が旅再開前―――あたしが助けられた日の宿屋での夜だった。

 

「夕飯、そろそろ食べないか、ってアメリアが」

そう言ってあたしの部屋を訪ねてきた彼。大体が呼ばれる側の彼にしては行動が早いな、と思いながら、ん、と答えると彼は部屋の中に入ってきたかと思うとゆっくりとあたしに腕を伸ばした。

へ?

引き寄せられた。そして突然のことにあっさりと腕の中におさまったあたしの頭を撫でる。

「ちょっ……!なっ…!」

「誰も見てないぞ」

「そういう問題じゃっ……!何っ…!」

「……お帰り、リナ」

「………っ」

ぴたり、と。ばたばたと動かし暴れるのをその一言であたしは止めた。

 

助けられた瞬間。彼は特に変わらなかった。だから特になんとも思わなかった。そりゃそれなりの心配はしてくれてるんだろうなと思ったけど、今までそれなりにピンチだった時でもガウリイがここまで動揺したりしたことはなかった。信用してくれてるからなんだろうけど。

なのに、そんな彼でもこうするほど心配をかけたのか、と思えた。声があまりに切ない。

彼なりにみんながいる前では気を使ったらしい。確かに助けられたあの場所でだったらあたしは迷わず彼をどついてる。アメリアとかにからかわれるだろうし。

「……ただ、いま」

やっとの思いでつぶやいたあたしの台詞にうん、と今度は彼がうなずく。そのまましばらく離してくれなかった。少しの間の静かな時間。

あたしの方は心臓がばくばくしてたのを気づかれてやしないかと平常心を極力保とうと必死になりながら。

 

自称保護者としての稀な心配。きっと明日からはまたいつも通りなんだろうな。―――と思っていたのだけれど。

二人旅での、距離が変わった。

 

正直に言う。そのこと自体はそう、嫌ではない。

でも、あたしの郷里(くに)にいったあとだってこんな風にはならなかったし、何も変わらなかった。から、いろいろ思ったこと、期待というかなんというか。そういうものをあたしはあきらめた。

彼の気持ちを未だあたしは、知らない。彼があたしに見せるやさしさとか。表情とか。だんだんやわらかさが増してるのは知ってる。それが愛情的なものであるだろうということも。

でも。保護者としてのものなのか、それとも違うものなのか。

はっきりしてくれとじたばたした時期もあったけど、でも、知ったところで何が変わるんだろう、とも思った。

違うものだったとしても、それで、変わる自分たち、が想像できなかった。むしろ変わらないだろう、と思った。

―――だったらいいや。このまんまで。いっしょにいるだけで。今更。

考えてるのが嫌になったとも言う。大体つきつめればあたし自身だってそーいった感情を種類別に明確に分けるなんてこと、強いられても容易にはできない気がするし。

 

そう思ってたし、今でも半分くらいはそう思ってるのに。

あたしにとってはちょっと寝てましたみたいな感覚で一晩明けたら変わりました、ってのは。

もう一度もやもやしたものにわざわざ向き合わなければならないことを表していて。しかも向き合ったからって結論が出るとは限らなくて。

 

―――それに、気になってることもひとつある。

あたしを助けてくれた仲間たちの中にいたあたしと同じ顔をした子。

あたしの―――コピー・ホムンクルス。

魔族によって生み出されたはずの彼女は、記憶を失ったためにその呪縛から離れ、あたしを助ける旅に合流したのだと言う。

そこまでのいきさつは大して気にならなかったのだけれど。

 

ちらり、と横を見れば、いつも通りの表情。今、は。

もともと何も考えてないせいかこの男は人と接する態度が相手でそうは大きく変わらない。いや、今のあたしたちの状況はさておいて。

彼女とガウリイという二人が接してる姿を、あたしは短い時間しか知らない。し、その中で二、三回話していたのを見たか見てないか、という程度だった。

 

けれど、なんとなく感じた。

あたしがいない間、何かあったんじゃないだろうか。

そう思えるほどどことなくぎこちなかった。もちろん彼女がこの状況が居心地が悪いであろうことはさすがに想像できる。最初はどこかであたし本人なんじゃないか、と思っていたようだとアメリアが教えてくれた。

けど、それだけ?

あたしではないかと思っていたのなら、当然ガウリイだってはっきりするまでは彼女にあたしへの態度を取っていて―――。

 

ふるふるとあたしは首を振って考えを打ち消す。

「どうした、リナ」

「なんでもない」

彼のほうも見ぬまま歩いてあたしは答える。

疑心暗鬼。ふえるもやもや。どこかにある自惚れ。

そんなのに心を占められる自分が自身で嫌で。やっぱり、どうしていいのかわからない。

多分その短い間でもわかってしまったからだろう。彼女の、ガウリイを見る目に潜む強い感情に。あたしと同じ顔なのが尚きつかった。

だから、訊きたくなる。

何があったの?

 

「なあ。そーいえば」

記憶力に乏しい彼に訊いても答えに期待はできないだろうけれど訊こうか悩んでた時にガウリイの方から言葉を発してきた。

「これからどこ、行くんだ?」

「え?…あー…前確かフィガロ・シティかなんか行くとか言ってたのよね。なんか美味しいケーキ屋できたって話聞いて」

「あー。あれ確かあっさりつぶれたぞ。あの後聞いたけど」

「嘘早ッ!」

 

状況変わってる。あきらかに時経ってる。おそるべし世界。おにょれ一回食べておきたかったのに。いやそんな早くつぶれたんなら味保証ないかもだけど。

「……んじゃあ……ガウリイの行きたいとこまたどっかない?もしくはなんかおいしい情報とか」

「そう言われてもなあ」

笑ってあたしの頭をくしゃくしゃ歩きながらも撫でる。こーゆーのは変わらない。

なのに、どこか。

「おまえさんの実家もう一度、とか?」

「…そんなに気に入ったんだ?ゼフィーリア」

ちょっとだけあきれてちょっとだけ笑う。

郷里(くに)をよく思われるのはやっぱり、その郷里で生まれ育った人間としては嬉しいわけで。

「いいとこだし。いい人たちだったからなあ」

「…でもそーちょくちょく帰っても。まあ一年以上は経ってるけど」

郷里にいた時どれだけ知り合いのおばちゃんやらおさななじみやらいろんなのに突かれたのかをおぼえてないんだろうか。

まあ、それでも彼は笑ってて。なんてことない気にしてない顔してて。何も言わなくて。――だから諦めたんだけど。

 

「土産になるもの今ないし。もーちょっと旅してからでいいんじゃない?」

自称保護者が何度もまめに、ってのもおかしいだろうし、と独り言をつぶやく。あくまでひとりごと。自分でも思ったまでも、自身に言い聞かせるつもりにしろ実際言葉にまで表しているつもりはなかった。だから聞き取れない程度だったろう。

それでも。彼はそれに反応するように足を止めた。

 

さすがにそばにいすぎた彼が離れたことに気づいてあたしも足を止めて。ちよっと後ろに位置するガウリイを見る。

指を自分の頬にやり。何か考えてる――というか気づいた、というか。そんな表情をしていた。

「どした、の?」

や、と言う彼。どことなくぎこちない。それこそ『彼女』と対面したときのような―――。

 

「……そういえばあたしがいない間―――」

「リナ」

訊くなら思ったチャンスかもしれない、と口を開きかけたあたしを制すように彼はあたしの名前を呼んで、黙らせる。

強い声。でもけして咎めるようなものでも拒絶するような声でもなくて、やわらかかった。

 

「……考えまとまってから言おうかと思ってたんだけど」

あんたが考えまとめる力あるわけないじゃない、てか考えることがあるのか、とか茶化す思いはあったのだけど言わないでおいた。

それくらい真剣なものを感じたから。

 

「―――保護者、から増やしていくこと、できない、か?」

「―――え?」

本人が言うとおり見事にまとまってない言葉の意図が見えなくてあたしは訊き返す。

彼はそれに応えるように、選ぶように。ゆっくりと更に言葉を重ねた。

 

「保護者の、他に。―――他の関係も、お前さんと、築いていきたい」

 

彼の言う言葉の意味を必死にたどる。たどってたどってたどって―――

「え」

あたしの口からでてきたのは我ながらやっぱり同じ間の抜けた声。

えーとえーとえーとちょっと待ってちょっと待って。

「他のって―――なん、の?」

声が上ずる。いやそりゃ態度変わったとは思ったけどそんないきなり何を。

「なんのって―――……そりゃ。こい、びと、とか」

後半は珍しく照れたらしくちょっと口ごもった。頬をかいて。その様子にあたしも伝染する。多分赤面以外の何者でもない。

 

「なななななな」

言葉にならなくてひたすらなの字を連発してしまう。前、どこかの誰かが同じ状況になっていたような気がする。その気持ちがわかる。

「や。そこまで動揺…するなら、とりあえず…相棒から、でもいいけど」

そんなあたしの様子にフォローするつもりなのかそんなことを言う。どーでもいいけどフォローになってない。てかあたしの相棒のつもり今でもないのかこいつは。

そんなことを冷静に思いつつも心拍数上がりすぎて考えまとまらなくて。人のこといえなくなったあたしは一呼吸して生まれた確認にも等しい疑問をなの字だけでなくて、つむぎだす。

「…なん、で…?」

「なんでって」

苦笑する。そして。また照れたように、それでもはっきり言う。

「リナと一緒にいたいから。…ずっとずっと」

惚れているんだと思う、と彼は呟く。思う、ってところがアレだけどそんなあからさまな台詞初めてで。夢じゃないかと思う。何この急展開。





一部抜粋。この章含む何章かはリナ視点で語ってますが『リナコピー』視点が全体の主体です。
続き等が気になる方は是非本のほうで。




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