のどかすぎる風景が目の前に広がっていて、なんとなくため息が出た。 一人旅。いつも誰かしらが傍にいる旅を繰り返してきたから、なんだか変な感じがする。 でも、それは一人旅だから、ではないのかもしれない。 今の自分を受け入れるのに。自分の正体に。何度自分で言い聞かせても完全には納得できていない。 みんなと、『オリジナルのリナ=インバース』と別れてまだ三日あまりしか経っていない。 今頃『リナ』は何をしているのか―――。 そんなの。考える必要もない。予想にもならない。 油断すると『彼』の事を思い出す。 傍にいられないことを苦しいという感情はもちろん未だにあるけれど、納得できてないけど、意外と思ったより冷静でいる自分もいる。一通りの感情は数日前までに終わらせてしまったからかもしれない。 もしかしたら何もかもをぶちまければ、この状況とは違う方向に持っていけたんじゃないかなとも思ったけれど、結局『彼』に――いや、誰にも何もほとんど言えなかった。 拙い言葉、態度の中から、どれだけ伝えたいことを『彼』に伝えられたのか。今となってはわからない。『リナ』の方と話すことはあえてやめた。言ったとしても通じたとしても、その場合の反応がわかり過ぎている。 けど―――最低限の事は伝わったはず、だ。 『彼』は当然の、本来の道を歩みだした。『約束』して。 ならば。あたしがするべきことは―――別の――これからの自分の道を切り開く事。 行かなければならないところがある。 調べなければならないものがいっぱいある。伝えることがうまくいかなかった分も、動かないことは許されない。動けないことに身を委ねたくはない。 とにかくなんでもいいからできることから何か固めて形にしていかなければ。 青い空。『彼』の瞳と同じ色。 広すぎて、高くて。遠い。けれども。 それがあるから、生きていける。走れる。 ―――ガウリイ。 「レイ」 歩いてる街道は人はいれども団体で行動している旅人がいないせいか誰もしゃべらず、自然の音しかそれまでしてなかった。鳥のさえずり。小さな小川のせせらぎ。風。他は、旅人達の土を踏む音のみ。 なのに、唐突に声がした。街道が二つに割れたところを通り過ぎたところで。 声の方を向く。聞き覚えのよくある声。 「ゼルガディス」 あたしは驚いてその声の主の名前を呼ぶ。 なんてことはない、それこそ三日ほど前に別れた仲間の一人。白ずくめなのもその体も別れる前とさすがに変化はない。 それぞれ別の道を行ったはずだったのだが鉢合わせたようだった。この辺の街道は結構網目状になっているからこうして出会っても不思議じゃない。 不思議じゃないけど、彼が呼んだ名前に驚いた。 レイ。暫定的に自分でつけたあたしの名前。 『本物オリジナルのリナ』がいるのに『コピー』が同じ名前はまずかろうというか混乱するだろう、と言うことで咄嗟に思いついた名前を挙げた。ガウリイとの会話で。 まあ、女性にも通じる名前ではあるもののどちらかというと男性的な名前なのがちょっとどーかなーと我ながら思ったりしてる。 特にゼル達に告げたつもりはないけれど、ガウリイが教えたのだろう。 「そっちはこれからどっち方面?」 軽い調子で言う。相手がゼルならそう、気力を使う必要もない。 「……そういうお前は」 顔をフードに隠したまま問いてくる。どーでもいいけど、目立たないようにしたいんだろうけど白ずくめが目立つってことに気づかないんだろうか。結構人が今横を行きかうほど人通りの多い分岐点で、迷わず彼に焦点がすぐ合った。まあ、こう言う時こっち側としては便利だから言わないけど。 「とりあえず、アトラスシティ」 ここから一番近い大き目の都市を述べる。いろいろ調べたりするには大きな図書館やら魔道士協会のあるところのが都合がいい。 「……一緒か」 「…え?」 思わず驚き見るあたし。そんな仕草にゼルは訝しげな表情をしているのを目だけであたしに伝える。 「俺がアトラスに行くのがおかしいか」 「あ。いや。…えっと。あんまりああいう賑やかな場所好きそうじゃないから」 ぱたぱたと手を振ってフォローする。不機嫌そうにも見えたから。 それにしばし無言だったものの、比較的低くない声で彼は言葉を述べた。 「……ああ。どうしても調べたいことがあるんでな」 言われてその言葉に、ああ、似てるのかもしれないな、と思う。あたしと。 ゼルの旅の目的は自分の姿を元に戻すこと。 これからの自分の道。 「じゃあ、十日余りは一緒ね」 「必然的にな」 あたしが軽い調子で言うのに関係なしにぶっきらぼうに彼は言う。 まあ、あんまり軽いノリの彼というのもなんかあったのかと思わされるからいいんだけれど。 それに、そんなんでも、なんだか嬉しかった。 「レイも、何か調べることがあるのか」 道すがら歩きながら問われて、ん、と曖昧な返事のみで答える。そしてその間に瞬時に言葉を捜す。 「ほら。記憶が戻れば、わかるのかな思い出すのかなって。思ってて知るのないがしろにしてたこの世界の歴史とか。知りたいことがいっぱいあるから。一回ちゃんと調べておこうと思って」 納得したらしい。ああ、と短くうめくように言ってそのまま彼はまた黙り込む。 なんかまずいこと言ったかな、と言う思いと、まあこういう人だし、と言う思いが交差する中、小さく彼が呟くのをあたしは聞き逃さなかった。 「…無理はするなよ、レイ」 「……」 ひょっとして、ゼルの方もやはり同じようにまずいこと言ったのかとでも思ったんだろうか。あたしの言葉に『本物オリジナルのリナ』になれなかった事を悲観していると思って。 どこまでも似ている気がしてあたしはちょっとだけ、笑った。 独りで戦うと決めたのに、油断すると『彼』の事を思い出す。 それはこれからの力になることもなくはないけれど、まだまだ苦しい時もあって。やっぱり全部納得できてない。できるわけがない。 つかの間だとしても彼といればその気持ちに追い詰められる事だけはないだろうと思うとどこかほっとした。 忘れることはできないし、する気もない。逃げない。そんな弱さ要らない。けど。つかの間、ならば。今だけなら。昇華させる為に。 「心得ておくわ」 あたしも小さく呟いた。ゼルガディスに聞こえる程度に。そして次の台詞はそれよりははっきりと言った。明るく、強く。でも軽く。 「ねえ。一緒にいる間はなるたけその名前、呼んでくれる?」 『リナ=インバース』のコピー・ホムンクルスの『レイ』。 別の人間であると認識するための名前。今必要なもの。 その名前を今のうちに――誰か傍にいるうちに呼んでもらって、それに慣れようと思った。これからの為に。今のあたしは『リナ』じゃない。 ―――けれども絶対に、完全にその名前に馴染むことがないことも自分で知っていた。祈っていた。 誰にもわからないであろう、わかるわけがないであろうと思えるほど奥底で。 ゼルはあたしの申し出にやはり一瞬戸惑ったというか不思議そうな表情を見せたけれど、すぐ了解してくれた。 続き等が気になる方は是非本のほうで。 |