プロローグ その言葉を、あたしが初めて聞いたのは少し前。 あたしと同じ顔をした――――いや、あたしが同じ顔になった彼女からだった。 「…ったく、バカは風邪ひかないはずなのにねー」 町の中を歩きながらリナがあたしの隣で文句をこぼしている。 先日一人旅の中再会した。あたしのオリジナル。リナと、その連れのガウリイ。 途中まで行き先が同じだったんで一時的に同行しようという話になった。 けれど数日後の今日。ガウリイがダウンした。 流行風邪らしい。とりあえず十分な栄養と睡眠を与えねば、ってことで、宿屋にまかせず、風邪に効きそうな食べ物やアイテムを買いにきた。 「好き嫌いするから不摂生が出たんじゃない?」 「かもね」 ため息ついて、昨日ピーマン食べさせときゃよかった、とリナは言う。まあアレを食べたら回避できたかと言われたら微妙だけど。 「あーもー。まだしごとの依頼期限日まで余裕があるとは言え。…時間泥棒なんだから」 「時間泥棒?」 聞きなれない言葉に聞き返すあたし。ん、とリナは頷いて説明してくれる。 「ほら、時間ってはっきりしないじゃない?十数えるまでとか、日が出て沈むまでとか、そういうのははっきししてるけど、いちいちさっきこうしてた時から今いくつ数えるだけ経ったかとか毎回数えてないし」 確かに。そういう魔道装置でもあったら便利かもしれないのだけど今のところ話に聞いたことはない。 「だからそれぞれがなんとなく感覚で決めてるわよね。今日一日これをやっている時間が多かった、とか。今日はこれをこれくらいでやれたらいいな、次は同じくらいの時間でこうしたいなって配分を」 「ああ」 食事は太陽の位置がここにくるまでにしたいな、とか。確かにそういうのはある。 「それを、他の人間が邪魔をした場合ってさ。時間を奪われたって感じしない?予定泥棒でもいーけど」 時間泥棒。 あまりピンとこないのはそういう状況に陥ったと想うことがあたしには少ないからだろうか。 うーん、とちょっとうめくと、リナは苦笑した。 「ま、逆にこっちが時間を奪う場合もあるけど」 それは無意識も含まれるだろうか。そうなると確かにあるかも。 「でもなるたけ、奪いたくも奪われたくもないわよね。こうするつもりだったのにって後悔したくも、してほしくもないしさ」 「確かに」 あたしはこくこくとそこで頷く。するとリナは苦笑した。 「あ、あなたは先に進んでもいいからね?ガウリイにこのまま時間奪われててもアレだし。ほら、たまたま方向一緒だからって今同行してるけど」 言われて、あたしも苦笑した。 「特にあてのない旅だし。天気もそういいわけじゃないから先急がないし。奪われてないから大丈夫よ」 それから数日後、ガウリイの風邪は治って、あたし達はしばし旅を同じくした後別れた。 それからしばらく一人旅を続けていたあたしは、一人だからその言葉を忘れていた。 一人でいたならば、必要のない言葉だったから。 「――――一緒に旅するか」 偶然会った白ずくめの元仲間。 あたしの名前をつけてくれたひと。 自分の姿を元に戻すために旅している彼。 彼が探していた書物が、あたしも興味がある書物と同一だったのがきっかけ。 一時的な協力なだけのつもりだったけれど、目的がない旅であることが長所であり、短所で行き詰りつつことを見抜いたように彼に言われた。 「――――うん」 あたしは自然とそれに頷いていて。 そしてしばししてその、リナが言っていた言葉を思い出した。 ◇◇ 朝起きて、すぐに下腹部の重さにあたしは眉をしかめた。 「……うあ」 この感覚はあんまり経験してないけど間違いなく、いわゆる、あの日ってやつだった。 コピー・ホムンクルスであるところのあたしに、いつからこういうことが起こるようになったかというともうあんまし覚えてない。記憶を失っているリナだと思ってた時だったような気もするのだけど、その時はくるものがきた、と特に大きく思わなかった気がする。 あんましよくないことなのかもしれないけど、あたしの場合どうも来たり来なかったりその間隔が定まってないがらたまに存在を忘れかかる。今回みたいに。 話にきくと、どうも割とあたしは重い方らしい。魔法がほぼ使えなくなるだけの集中力しかもたなくなる。 「…どうしようかな」 昨夜聞いていた今後の予定を思い出す。 今日は確かこの宿屋を出ると数日野宿が続くはず。山の中へ行くから。 大昔の魔道士の研究所がその山にあったとかなかったとかそんな噂を聞いた。噂すぎて曖昧なものの、あの赤法師レゾをも凌ぐ魔道士だったらしいとかってフレーズを聞いたとたんゼルが興味を示した。 あたしは赤法師レゾを直接はよく知らない。あたしがリナのコピーとして生まれたときにはもう存在してはいなかった。 けれどリナやゼルから端的には聞いている。 伝説に残るほどの偉人と崇められるだけの魔道士。 けれどその実自分の目を見えるようにするためにあらゆる黒いものに手を染めた魔道士。 魔王を内に秘めていた男。 そして―――――ゼルの体を合成獣に変えた張本人。 そう言われたらあたしだって気になった。 人があまり立ち寄らない奥地の散策になるから、この宿屋でしっかり休養して出発しよう、ってことだったのだが――――― 「参ったなあ」 ため息ついて考える。 一般的にこーゆーのを男の人に告げるのは恥ずかしいことらしいのだけどあたしにはあんまりピンときてない。 から、言うことそのものは別に抵抗ないのだけど、それに対するゼルがするであろう反応に抵抗がある。 ゼルの性格からしたら、じゃあここに残って寝てろ、と言うだろう。たぶん。でもあたしとしては一人でこんな宿以外何にもないところに残されたくない。別に病人なわけじゃないし。 けれど、万が一、一緒にここであたしの回復を待ってから出ようと言われてもそれはそれで、いたたまれない。 時間の無駄だし。あたしにとってもそうだが彼にとってはもっと。 「…時間泥棒になるの、嫌だなあ」 思わず下腹部をさすりながら一人つぶやく。 以前みたいに、誰かの為に時間をとられるのならば、まだ言い訳でもなんでもできるし、仕方ないねって二人で言い合える。けど今回はあきらかにあたしが悪い。いや、正確にはあたしの体が。 思わず――――多少ぼうっとする頭に悪魔の声がささやく。 ―――――言わなきゃばれないかも。 敵とかが出るとは限らないし、うまく剣とか使って誤魔化せばやり過ごせるんじゃない? 一番合理的な選択肢かもよ? 「……」 ぎゅっと握りしめたこぶしを下腹部にあてて瞳を閉じて考えた。 続き等が気になる方は是非本のほうで。 |