―――その日生まれて初めて、あたしは風邪をひいた。 「さーむーいーっ!」 「どの季節でもお前は文句ばっかりか」 冷たい風が吹き付けて悲鳴に近い叫びをあたしはあげる。ゼルがまたツッコミをいつものように入れてきたけどあたしとしては断固否定する。確かに夏は文句言ってたかもしれない。 けれど春と秋は好きだし、今回のは文句じゃない。悲鳴なのだ。何この寒さ。 旅しているわけだから沿岸諸国のあったかそうな地域に行ったら別なんだろうけれど、こんな時に限って全然縁のない地方をあたし達は歩いてる。 もちろんゼルの情報でこっちの方に役に立ちそうな書物があるらしいという噂を聞いたからであって目的のない旅ではないから仕方ないんだけど。何もこんな時期にこんな地方行かなくても。 それなりに防寒対策しているのにしているはずなのにしみるように冷たさが全身に襲ってくる。ひどい。雪降ってないのに何これ。 「…そういえばリナの方も寒いの駄目だと言っていたような」 思い出したようにゼルが言う。そんなところ似ててもっていうか同じでも。あ、リナか。リナのせいにすればいいのかこれ。 「いーたーいーっ」 暑さと違って寒さって痛みになるんだなと知る。足痛い。 「もうすぐ町だ。宿屋に入れば暖とれるから我慢しろ」 言いながらあたしのななめ前を歩くゼル。 そのさりげなさが、やっぱり嬉しいなあとは思う。 風の吹く方向の上流。あたしからすると丁度その位置にわざわざ立ってくれる。歩いてくれる。自然を装いつつも。 でも今この寒さだと申し訳ないけどあんまし風に直接当たるか当たらないかでそんなに差はない。 「火炎球このあたりにいっぱい投げ込んで周り暖かくしちゃ駄目っ?」 「泊まる宿屋がなくなるからやめろ」 真剣にあたしは言い真剣にゼルが言い返した。 ―――この時は全然その予兆もなかったし思いもしなかったのだ。問題はこのあと。 ぐっと我慢してやっと見つけて飛び込んだ宿屋の中は真夏のようだった。それはよいことでもあり、その環境差を経験したことのないあたしには急激過ぎて度が過ぎた。 「あったか!」 暑いくらいに暖房効かせている状況に幸せすぎて泣きそうになる。思わず叫ぶ。 宿屋の入り口だけかとも危惧したんだけどちゃんと部屋の中が暖かい。うわああ暖炉よありがとう。 何しろゼルは宿運だけはない。絶対ない。自分の容姿を気にして裏道な宿ばっかり選ぶから。 さらっと何気ない仕草でいれば結構普通のところでも大丈夫だと思うのに。たまに業を煮やしてあたしが無理矢理主導権をとることだってある。 だから彼に任せた今回微妙ではあったけど今回は当たり。よかった。外と変わらないとかだったら断固あたしは他の宿屋を探した。 「うーっ」 ベッドに倒れ込んで部屋の心地よさをかみしめる。あーもうここから出たくない。 「レナ」 ノックの音。ノブを回して開けて入ってくるゼル。そういや鍵閉めなかったかもしれないと思う。 「……おまえな。鍵くらいかけろ」 入ってきておいて呆れたように言う。 「んー」 目を閉じたまま答えるあたし。 「夕飯食べるぞ。支度しろ」 言って彼があたしのあたまを撫でる。ひんやりとした手の感触が頭に走る。 「もうちょっとここで暖まってから行くわ」 まだ体が冷えてて動きたくない。 「ゼルの手冷たー。やっぱり冬だからって暖かくならないのか」 「それはどういう理屈なんだ」 いや夏冷たかったから冬暖かくてもいいのにって理屈。 そう思ったけど心地よさが勝って何かを言おうとする力をなくす。 「…先に食べに行くぞ」 そう言って彼の手があたしから離れて気配も遠ざかる。 ん、と相づちを売ってあたしは手を振った。 もう少しだけ、このまま、と思う。でも眠りそうな自分もいる。誘惑と冷静な自分とでくるくると脳内で戦う。 そんなことをしていたらゼルがいなくなってどれくらい経ったかわからないけど、しばししてこのままじゃ埒があかないと無理矢理体を起こした。体の冷えは微妙に残っているような気がするけどまあ仕方ない。 ちょっと頭をあたしは押さえる。いきなり起きたせいかちょっとくらついた。 ……意識はしてなかったけどこれが多分予兆。寒暖の差に体がついていけてなかったなと後で思う。 「随分遅かったな」 食堂に行くと既に大半を食べ終えたゼルがいた。まあゼルは小食だから結構早く食べ終わってしまうんだけど。 「ん。寝てたかもちょっと。暖かいところいるとやっぱり眠くなるわよね」 言って彼と同じテーブルにつき軽めの夕飯を注文。それに何故か不審そうな表情をする。 「…何?」 「いや。いつもより随分軽めにしたなと」 「まだ眠くて。あんまり食べたいって気分じゃないのよね。いや、食べるんだけどさ」 さっさと食べてまた寝るわ、とあたしは笑ってみせる。ゼルはそれに無言のままあたしをみて、何故かため息めいたそんな一息をついた。 「今夜はさらに気温が下がりそうだと宿の人間が言っていた。部屋だけでなくしっかり厚着して寝ろよ。毛布もきちんとかけて」 「そんな。おかーさんみたいな台詞言わなくてもゼル」 苦笑してツッコミをいれる。いやあたしはもちろんおかーさんに言われたことあるわけないんだけど一般的に話に聞く限りで。 「…言わざるを得ない展開にこれ以上ならなきゃいいと願ってるだけだ。いいか。ちゃんと食ったらちゃんとして寝ろ」 そうどこか焦りの色を見せながら言うゼルに眉をひそめるあたし。言っている意味がよくわからなかった。その時は。 ―――彼はその変調にあたしより早く気づいた。気づいてくれてたのだ。 続き等が気になる方は是非本のほうで。 |