Short Story(not SFC)-短い話-

前提質問





 

「そういえば昔訊かれたことがあったな」

 

街道を行くすがら。

隣を歩いていたあたしの相棒はぽつりとそんなことをもらした。あたしの方を見て。

正確にはあたしの手に握るものだろう。先ほど道端で見つけたちょっと珍しいコイン。と言っても銅貨だけど。

とある国の国王が結婚記念にと作らせたもの。その国周辺ではかなり出回った代物だし、その国そのものがあんまし有名なとこでない分マニアでも受けがあんまし良くないのだが珍しいには変わりない。

かくしてあたしは当然ながらその主人からはぐれてた物体を保護したわけで。

 

「何が?てか誰が?」

唐突な言葉に彼の方を横目に見ながら歩く。

この男の記憶力とゆーものはほとんど皆無と言ってもいーのだが、たまに変な記憶が出て来たりする。今もそれなのだろう。さらにたまにだけどそれがすんごい重要な記憶だったりもするのだが。

なんで、半分くらい気乗りせずそれでもきちんとガウリイの言葉に耳を傾ける。

 

「…ルークに。妙なことをさ」

「……」

 

彼が一瞬言うのをためらったのは、その名前をあたしが出しても平気かどうかと思ったんだろうか。

もう随分経つのにたまーに彼はあの事件に関連するような言葉を言うときあたしを気遣うてらいがある。それだけ彼の目には落ち込んだと見えたのだろうか。実際そのとおりではあるのだけどいい加減さすがに立ち直ってはいる。

だからあたしの無言はそんな彼にちょっとあきれたからで。

 

「で?妙なこと、て?」

気を取り直してあたしは問う。

それに安心したのか苦笑してガウリイは言葉を続けた。

「食べ物と金貨とリナ」

 

「は?」

よくわからない単語の羅列にさらにあたしは眉をひそめる。

妙なこととは確かに言ってたけど。

 

「その三つが道端に落ちてたらどれを保護するんだー、って」

「どんな質問だッ!?」

「それはオレに訊かれてもなあ」

頬をかいて言うガウリイ。

ルークのことだからからかいで言ったのだろうと予測する。予測できる。できるけど道端に落ちてたらって落とし物扱いかあたしは。

――――彼の目には、あたしたちは一体どういう風に映っていたんだろうか。

 

「……で、なんて答えたのよあんたは」

ため息つきながらもあたしは言う。食べ物、と答えると予想しながら。お金に執着がある男じゃないし。だったらそれしかないと思ったから。というか残りの選択肢を選ぶなんて言う予想はとてもじゃないけどたてられなかった。

そこまで表立って自惚れられる状況じゃないし何よりからかいの質問に対する答えなのだから。

が。

「それが、なあ。一人しか選べないのか?て言ったら苦笑されて。もういいってそれ以上聞かれなかったんだよなあ」

「………」

 

思わずあたしは足を止めて小さく息を呑んで。彼の方を見る。

それに反応し彼も足を止め、あたしを見る。

「?どうした?」

「……あんた………何言ったか自分でわかってる?」 

「へ?」

 

わかってない。この男絶対わかってない。  

てことは大した意味じゃないんだろうけど。

けど。でも。それは最近よくあることで。大した意味のないものは積み重ねれば大きなものになる。

 

止めた足を再び動かし彼より先を歩き出す。

今のあたしの表情を見せないように。平常心平常心。そう思っていてもきっとどこか気づかれてしまいそうだから。

前よりは、一緒に長くいて彼にそういうことを悟らせまいとする作業がうまくなった、と思う。けど同時に、前よりそれを必要とする状況も増えてるのもまた事実。

―――わざとならばまだこちらの対応も変わるというのに。もちろんそんなことは口にすることはできないけれど。

あたしには、あたしからはやっぱりいろいろ思っても、無理。

 

ま、いいわとどうでも良いような振りをしてあたしはそのまま前を歩く。

ルークがあたし達をよくからかってたのは、この男のこーゆー態度もあるんだろうなあとかため息ついてぼんやりと思っていると後ろからあたしを呼ぶ声。

 

「――何?」

後ろは向かないままあたしは応える。

「いや。リナなら―――なんて答えるのかな、って思ったから」

「……え」

「食べ物と金貨とオレ。落ちてたら」

「あんたねえ」

あきれて少しだけ振り返るとガウリイの表情があまりに柔らかいのに気づいて、急いでやっぱり前を向きなおす。

 

あたしからは無理。

前みたいな子供扱いされてるから、思ってることが違ったら怖いから、じゃない。この関係が壊れたらの恐怖じゃない。今更。

単純に悔しいだけ。

彼は何も語らない。語らないのに、伝える。でも、それだけ。そんな柔らかい顔する割には。

――そしてあたしだけがじたばたしてる。

 

あたしの郷里にいったって、二人旅に戻ったって未だ表立って変わることのなかったあたしたち。

卑怯なのだ。自称保護者だからなのか、あたしを気遣ってなのか、単純にあたしと同じなのか。なんなのか、いつだって、逃げられるけどそれなりな態度をあたしに伝える。郷里に行った以降、ずっと、だ。

わざとならば。ちゃんとした言葉ならば。何度思ったことか。でも。

 

「そんなの。金貨に決まってるじゃない」

ずばっと前を向いたまま冷たくあたしは言ってのける。

 

あたしを選ぶ、と。はっきり言ったならばそりゃめちゃくちゃ恥ずかしいけど、今なら彼と向き合う気になれる。

一人しか。

一つしか、じゃないところがミソ。そりゃルークが苦笑いして当然だと思う。

けれど逃げられる言葉でしか攻めないのなら――あたしもそれに対抗するしかない。

前提質問には、乗らない。

 

「そう、か」

あからさまな落胆の声が後ろから響く。

卑怯者。

 

「だって。食べ物は落ちてるのなんて怪しくて手つけられないし。誰が見ても取られそうで待っててくれないのはまず金貨じゃない」

思わずつけたした言葉に、え、という微かな声。

 

卑怯者。

平常心で対抗する力すら完全には発揮させてくれない。

悲しそうな声をするから。顔をするから。

そんな風にするなら大きな選択肢を選べばいいのに最初っから。

 

ガウリイが追いついてあたしの横にくる。

あたしはあえて、そちらは見ない。見ないけど彼がこっちを見てうかがってるのはなんとなくわかった。

 

「そう、か」

さっきと同じ一言。

でもあきらかに声のトーンが明るくなっているのがわかる。

 

「でも、怪しくないってわかれば食べ物も手に入れるんだろ?」

笑ってガウリイが言う。お前さんよくばりだもんな、と。

つけたした言葉の裏を読んだように。やっぱしずるい。

だから負けない。負けられない。

 

「とーぜんでしょ」

あたしは言って彼のほうを少しだけ見て、わざと強気に笑って見せた。

 

一つなんて選べない。みんな手に入れる。欲しいものは。

手に入れられるのならば最終的には全てを。

選んだのはただの順番。今のあたしに有利な順。

もちろんこの順番は状況によってこれから変わるのかもしれないけれど。

変わらせてくれる?

 

 

けれどなんだか機嫌のよくなった彼になんとなくやっぱり悔しくて、何笑ってんのよ、と軽くにらみつけながらあたしは銅貨をにぎりしめた拳で彼を突いた。