Short Story(not SFC)-短い話-

やさしい、夢の匂い



「考え事ですか?」



食堂で食事を済ませて最後に紅茶を飲み干した後。

ふといっしょに目的地へ行く事になった即席の旅の連れである神官、ゼロスがそうあたしの向かいに座ったまま言った。

あたしは彼を見る。

その顔は終始変わらぬにこにこ笑顔で。

「別に。やっぱし単にはぐれた仲間達はどーしてるのかって考えてたのよ」

あたしはさらりとそう返した。

 

―――別に嘘をついているわけでもない。

魔法をマゼンダという女に封じられたあたしは、足手まといになると判断し敵の襲撃から逃げた。

その時は仲間の一人であるガウリイを残して、あたしと残りの仲間、アメリアとで逃げたのだがひょんなことからアメリアともはぐれることになってしまった。

アメリアはほぼ奴らに捕まっていると見て間違いないだろう。

ガウリイも心配だしアメリアだって心配。

―――まぁ、とにかくマインの村に行ってみない事にはどーにもならないのだが。

魔法が使えないあたし一人で行くのも心もとなく、マゼンダを敵とするらしいゼロスと今だけ協力することにし、向かっていると言うわけなのだ。

先程ゼロスは、敵にとってはエサであるアメリアはだいじょーぶだ、と判断したけれどもそれでもやっぱし心配は心配。

 

「さっきここの食堂に入る前に見た―――娘さんの事を考えてたんじゃあないですか?」

彼がぽつりと言う。

――――

あたしはもう一度彼を見据えて言った。

「……なんのこと?」

 

 

 

 

「いやあっ、リアもいくうっ」

町の中を歩いているとふとそんな声が聞こえた。

ふと見れば家の前でいやいや、と黒い服の女性を捕まえる6歳くらいの女の子。

「今日はパパには会えないの。ね?」

母親らしく黒い服の女性は家の中の女の子に言って聞かせる。

なんとなくあたしは歩く足を止めてしまっていた。

「パパかえってきたんでしょ?なんでリアはあえないの?」

「―――」

無邪気にそう言われると絶句したように母親は家の中にいた大人に、じゃあすいません、と彼女を預け、逃げるようにその場を後にした。

刹那見えたその顔は濡れていたように見えた気がした。

 

 

「子供の父親が―――奥さんの亭主が死んだんだよ」

そうそばでやはりあたし達と同じく一部始終を見ていた、近所のおばちゃんが―――あたし達に説明するように言葉をこぼした。

「ちょっと離れた町に傭兵として働きに出てたんだけどねえ。レッサーデーモンだっけ?あれの攻撃に遭って、ね。

あまりに死体がひどいんで子供には見せられないらしいけど……奥さんが遺体を引き取って埋葬しに行くんだって。

その町に知り合いがいたおかげでわかったらしいんだけど。もちろん奥さん一人じゃこころもとないから町の連中といっしょに」

普通、こーゆー場合知り合いがいなければそう言った死体は役人が片付けててきとーにどっかに埋葬する場合が多い。

彼女の場合は運良くその連絡などがつくひとがいた事で、じゃあ自分の手で埋葬しよう、ということになったのだろう。

 

「子供には死んだ事は伏せてあるんだよ。言ってもよくわかんないだろうしねえ、見てもないところで父親がいなくなるなんて。

ずっと会ってなかったみたいだし。でもリアちゃんは帰ってくるの待ってるから辛くてねえ」

「……」

あたしは彼女の家をなんとなく見つめた。

 

 

 

 

 

 

「なんで―――そう思うのよ?」

「いやあ、僕は不思議で仕方なかったものですから。何故娘さんに事実を伝えないのか。

待っても帰って来ないのなら伝えても良いんじゃないかと思うんですけど。無駄な時間を過ごすよりかは。

リナさんもそう思ってたんじゃあないかと思いまして」

あたしは前のカラになった香茶の入っていたカップになんとなく視線を向けて答えた。

「その無駄な時間に夢を持たせたいんでしょ。

人は――――下手な情報さえ入ってこなければ自分に都合の良い解釈をとりがちだし」

「……それは今のリナさんも同じですか?」

 

のほほんと。

そう言う彼。

―――何が言いたいのか。

その笑顔を使い、心を探られているような気がした。

「あたしが?…ガウリイやアメリアが無事って今思っているのは彼らの悪い情報が入ってこない事による、『希望』だ、と?」

さらりと。

彼がおそらく望んでいるのであろう言葉を口にした。少し軽口で。

彼の顔を見たまま強気な表情を保ってあたしは言葉を続けた。

「無事だって言ったのはあんたでしょう?……希望じゃなくてそれは状況判断、ってゆーのよ」

「僕が植えつけた、情報による、ですよね」

あたしがじと目で睨み付けても彼の笑みは消えなかった。

…遊んでる。からかってるなこいつ。あたしを動揺させて。

「……まぁ、余計な情報が入ってこないといいですね、村につくまで」

「………性格悪いわね、あなた」

あたしは不思議と怒る気にもなれず苦笑する。

 

 

何故か――言う事は気に障るのに妙に憎めない。彼の笑顔があたしの調子を崩すんだろうか。

それともそう彼が言ってるのが本気でない事がわかるからだろうか。

けれども確かに。

悪い情報なら要らない。

入ってきても信じないのだろう。きっと夢を守ろうと確かめて確かめて。

確かめることができても信じないのかもしれない。

目の前でどうにかならない限り、優しい夢を保とうとしたいから。

結局怒れないのは、彼のペースにはまってしまっているからかもしれない。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「…できれば2度とお会いしないことを祈りますよ。リナさん」

「―――」

そうゼロスに言われたのは冥王の件のごたごたが全て終わった後に別れる時だった。

そう言えば彼が高位の魔族だと気づいたのはあんなやりとりをした後だった。

明確になったのはもーちょっと後だったけど。

そうだと知った後でも妙にあたしは彼を憎めなかった。

彼のその言葉を聞いてあたしはすぐに――その時の話の延長なのだ、と思った。

もし彼が他の魔道士とかに滅ぼされても。

逆にあたしが、どこかの誰かに殺されても。

ここでもう二度と会わなければ――――お互い無事なのだと、余計な情報を聞かない限り永久に夢を続けられる。

魔族の彼がそれを望んでいるのかはわからない。けれど。

もちろん戦うとめんどいことになる、とゆーのもあるのだけれど。

暗にそれを言われている気がして―――あたしは苦笑いして答えた。

 

 

「――じゃあね、ゼロス。―――もう会わないことを祈って―――」

後ろ向きな想い。

けれどもその想いはとても優しくて。

彼が消えたことに――――あたしは妙な寂しさと安心感を抱いた。