Short Story(SFC)-短い話-

White contradiction



「国の外れのほうの遺跡で、悪霊が出るって騒ぎがあるそうですよ。アメリア様」

 

そう言ったのはセイルーンの城に使える巫女の一人だった。

街で最近もっぱらの噂、だと。

――そんな話を聴いて、わたしはいてもたってもいられなくなった。最近あまりに平和な姫としての生活に戻って退屈していたせいかもしれない。

 

「だったら、その悪霊をわたしが退治してあげるわ!」

 

 

 

 

久しぶりの旅。

クロフェル公や父さんの許可を無理やりとった。

こうして城から離れるのは1年以上ぶりになるだろうか。リナ達と旅をしていた、あの頃から。

 

城を出発して数日も行けばその話題の遺跡についた。

レティディウス時代だったかどうだったか詳しいことはわからないけれどとても古い遺跡。

だいぶ保存状態も悪く朽ちているために危険でもあり研究する人間もこないほど人気がない。

がれき。遺跡に所々あく穴。雑草。

所々に小さな白い花が生えて、遺跡を飾っていた。

 

「……この辺にも、生えていたのね」

その小さな白い花畑にわたしは一人呟く。

 

何故かその花には今でも克明に記憶に残る思い出があった。

つまらない、こと。なんでもないこと。

普通なら忘れてしまうこと。なのに。

その思い出に関わっていた者が印象強かったからだろうか。

言われた言葉が印象強かったからだろうか。

そう思ったその時。

 

「その花は、似合いますね。貴女に」

「………!」

 

目の前に現れたのは黒い法衣を身にまとった神官。

こんな所にいるはずがないのに。

あの時と同じ言葉を発して。

ありえない。けれど。

 

「お久しぶりです」

「……ゼロス……!」

 

わたしは呼んだ。その名を。

自分の生み出した夢幻なのか否かを確かめる為にも声に出して。

 

「おやおや。前は呼び捨てではなかったのに。ひどいですねえ、アメリアさん」

「そんなことよりっ……どうして……!」

 

どうして貴方がここにいるの。

そこまでは声にならなかった。

夢でも幻でもなく現れた彼。

昔は彼の言うとおり「さん」付けで呼んでいた。

――――知らなかった、から。まだあの頃は正体を―――

 

見えない恐怖が。何かがじわり、と体に染み付いていく。

けれどそれを悟られない様に必死に冷静さを自分の中から、探す。

 

「……この遺跡に現れる、悪霊って貴方のことなのね」

「いいえ。違いますよ。悪霊と呼ばれるものは確かにこの遺跡のどこかに今も潜んでます」

やっと出た言葉をゼロスはあっさりと否定した。

「……けれども、貴女に伝わる様にその噂を貴女の周りで広めたのは僕です」

「――――」

 

――呼び出された。

彼の計画の上だった。

 

「何を――――たくらんでいるの?」

ただ会いたかった、なんて理由じゃないことは知っている。

わかっている。ありえないこと。だから。

 

「この遺跡に――もうすぐリナさんとガウリイさんがやってきます」

わたしの言うことには答えず、彼は遠くを眺める様にして言う。

「貴女をリナさん達に会わせたかった。それだけです」

「嘘を言わないで!」

わたしは思わず声を荒げる。しかしそれとは対照的に。

「本当ですよ」

静かな声で答える神官。

わたしを細い目で見る。

――――――やめて。

 

「だったらわたしとリナを会わせてどうしたいと言うの。また魔族達は何かたくらんでいるんでしょう?」

「それは―――秘密です」

 

彼は前と変わらないしぐさでそう言う。何も変わらない様に。

―――人間の振りをしていた時の様に。

 

 

さあっ………

 

この場の雰囲気には似付かない穏やかな風が渉る。

小さな花畑も揺らぐ。

その花をまた見て、ゼロスは静かに微笑んだ。

 

「……知っていますか―――?本当は『白い花』というのは存在しないんですよ」

 

いきなりな言葉にわたしは動揺した。

――何を言うのだろう。

目の前にこんなにも広がる白い花を前に。

その花が似合うと言ったのは貴方なのに。

今も、あのときも。

 

 

あれはヴェゼンディでラドック―――ズーマの護衛をしていた頃だった。

ある時ふと屋敷の庭に出ると、結構庭の手入れはずさんで雑草が所々生えていた。

「……ここの所の事件で草むしりどころじゃないのかしら。執事さんとかいるのに」

そう言いつつ眺めているとこの花が目に止まった。

雑草の中のひとつ。だけれど抜くにはもったいなくて思わずとっておきたくなるような花。

そのさりげないけれど惹かれるかわいらしさがわたしは実は昔から好きだった。

 

「何してらっしゃるんですか?」

そう言って声をかけてきたのが彼だった。

「ああ。除草作業ですか?」

「―――まさか。ラドックさんに頼まれているわけでもないのに。ただ花を見てただけよ」

わたしは笑って彼のほうを見た。

その時も柔らかい風が吹いて。花は白く揺れた。

 

「―――その白い花は、似合いますね。貴女に」

「―――え?」

 

風にまぎれて聞こえた言葉は間違いなく彼が発した言葉だった。とてもさりげなく発せられた言葉。

「……ありがとう、ございます」

どう答えていいかわからなくてわたしは少し照れてそうとだけ呟いて微笑んだ。

悪い気はしなかった。雑草でも好きな花だから。

白い花は元々大好きだから。

正義の色。

迷いのない色。

 

なんてことはない言葉。

忘れてしまってもおかしくない記憶。

なのに。

忘れられない、情景。

 

魔族に、悪に言われたからなのか。

 

 

 

 

「本当に『白い花』と言うのは存在し得ないんです。ここにある花も白く見えるだけ―――。

もし『白い花』が本当に存在するのならそれは―――」

わたしを見つめて、ゼロスは言葉を続けた。

「生きては、いけないんですよ。太陽の力に負けて」

「………っ」

 

ざっ……。

風が先ほどより強く吹いた。

 

 

「―――その『本当は白くない花』がわたしに似合うと言うの!?」

少し強い口調で、抗う様にわたしは言った。

 

その言葉を信じるわけじゃあない。やはりそこにあるのは『白い花』でしかわたしにはない。

けれどその前に、それよりも、あの言葉を純粋に喜んでいたわけじゃあないから。

喜ばない。魔族が言った事なのだもの。

けれど。

 

 

「そんな戯言のような言葉にわたしは騙されないわ!」

「戯言じゃありませんよ」

そう言うとわたしにすいっと彼は近づく。

前よりは少し伸びたわたしの髪をひとふさ取って口付けた。

わたしは抵抗することを忘れて一瞬動きを止めてしまった。

 

喜ばない。

信じない。

人間だと思っていた時のあの記憶も、どこかに生まれた何かも嘘だったのだ。

彼はわたしとは違うもの。

 

どこかで生まれた何か?

知らない。わたしは―――

 

 

抵抗する、という感情が行動に移る寸前に彼の方から離れた。

空を飛び、だいぶ離れたところでわたしに話し掛ける。

 

 

「僕にとっては、最高の賛辞ですよ。貴女も本当に『白い』のでは生きて行けませんからね。

貴女はその花達の様に生きていく。リナさん達がくればわかるでしょう」

「何を……!」

「ではまた。そのままでいてくださることを祈りますよ。アメリアさん」

そう言うとすいっと彼の姿は溶ける様に消えた。

 

それと入れ違いの様に2つの人影が遺跡のほうに、わたしの方に近づくのが見えた。

2つの人影。1年以上ぶりだけれどすぐにわかる。

――――彼の言う通りの二人。

彼のシナリオ通り。

けれど。

そこから先はわたしが作る。

彼の手の中では、踊らない。

 

「リナ!ガウリイさん!」

 

ゼロスとのことは忘れるように願ってわたしは二人に駆け寄った。

 

 

 

信じない。

黒いものの言う言葉なんて。

信じてはいけない。

正義と矛盾してしまうから。

自分は矛盾はしない。

 

 

それでもやはりその言葉はわたしの心に残ってしまって。

 

 

 

『貴女はその花達の様に生きていく。』

 

―――その言葉そのものが魔族からは矛盾だと言うことに――。

言ったゼロスを倒したときに不意に気づいた。『リナ』だと思っていたリナのコピーとガウリイさんとゼルガディスさんと、本物の『リナ』を助けるため。

 

 

『そのままでいてくださることを祈りますよ。』

 

 

滅びを望むものが言う言葉ではないのに。

そのことに気づいて、認めたくない心と共に、何故か涙がこぼれそうになった。

けれど泣く前にわたしは思い知らされる。

結局彼のシナリオ通りに動く自分に。

彼がわざわざわたしを『リナ』と会わせたシナリオ。

 

 

記憶をなくしたリナが本物の『リナ』じゃなくても。

仲間は仲間。『コピー』だとしても一人の人間。

大切なのに―――その手を振り解いてしまう自分。

本物のリナを選ぶ自分。

 

 

白いままでいられない矛盾。

もういない彼の望む花の様に――わたしの好きな、花の様に。