Short Story(not SFC)-短い話-
強さの傷跡
あたしは、姉ちゃんが泣き言を言ってる姿を見たことがない。
「あら、まだ残ってたの?」
「へ?」
朝たまたま髪をとかしているあたしの側を通った母ちゃんがちらりとあたしを見て言った。
ゼフィーリアのあたしの実家。
久しぶりに郷里に帰っての穏やかな日々。毎日なら旅生活に慣れたせいか退屈しそうな位の平和っぷりだがたまにはこういうのも悪くないもんである。
「……何が?」
訊いたものの相手の母ちゃんは店の準備で商品を運びてきぱきと移動してるんであっと言う間にいなくなる。
気になることばを呟いていなくならないで欲しいもんである。仕方なくすぐにあたしも商品運びを手伝う形で母ちゃんを捕まえた。後で訊くと本人忘れてそうな気がするくらいの呟きだったし。
「額の傷跡よ」
こちらを見るでもなく商品陳列にいそしむ母ちゃん。それにあたしは眉をひそめる。
傷跡、と言われてもそれに該当するものをあたしは持ってない。大体ンなもんあったらとっくに治癒で治してるだろう。
あえてあると言えるのは小さなほくろ二つ。物心ついた時にはあったしこれは生まれつきだと思ってる。
「ほくろとして形を変えて残っちゃったみたいね」
「え?」
その言葉に母ちゃんが言うのがこのほくろだとはっきりする。
「これ生まれつきじゃないの?」
思わず前髪を上げて母ちゃんに見せる。商品に触る手は休めないままちらっとこちらを見て苦笑する。
「覚えてないの?わんわん泣いてたのに」
「あたしいくつの時?」
「一歳になるかならないかくらいだったかしら」
覚えてるはずねえ。
「まあ、ルナが嫌がるから特に話題にもしなかったものねしばらく」
「姉ちゃん?」
陳列準備が終わり手をはたいた母ちゃんはふう、と一息ついた。
「リナよりもルナの方が手がつけられない時期だったのよ。あの頃は」
なんだかいろいろもの申したいその母ちゃんの言葉にあたしはとりあえずあえて黙って耳を傾けた。
――――うちの姉ちゃんはいわゆる、赤の竜神の騎士と呼ばれるひとである。
赤の竜神スィーフィードの意識と力の一部を宿した存在。竜神がかつての戦いにより四分の一に分かれたときにその四分の一とは別にその一部を人の身に転生させたその存在。
しょーじき言ってその辺の経由はあたしはよく知らない。姉ちゃん本人と、ゼフィーリアの女王あたりなら知ってるだろうが口にしたことないし。教えてくれないし。
ただそのせいで生まれながらに普通の人より並外れた力をいろいろ持ってることはそれこそ物心つく前から知ってた。
子供の頃から大人よりも誰よりも強かった姉ちゃんにあたしは認められたいと思うようになったのが魔道士になったきっかけだったし。
「生まれつきあんな巨大な力自制できると思う?例え竜神の意識が多少あってもそれを理解するための力が無ければできないでしょう」
言われて息を飲むあたし。
まだ姉ちゃんが赤ん坊の時は父ちゃんと母ちゃんが対処できる程度のものだった。
けれど姉ちゃんに物心ついて自由に歩き回れる頃になると力は開眼した。
本人に抑えるという概念がなくわからない状態でのそれはただただ破壊暴走の繰り返しだった。
「そんな中でリナが生まれたのよねえ」
空気読めないわよねえみたいな口調で言う母ちゃん。いやむしろそんな中でよくあたし産んだな。をい。
姉になったことを知った姉ちゃん。
面倒見いい姉ちゃんは嬉しさから言われずとも勝手にあたしの面倒を見ようとした。
けれど自分の力をコントロールできてないことには変わりはなかった。
「で、あの日ついにその力が抑えられずリナに向かってっちゃったのよ」
「……どーゆー風に?」
訊くとあさっての方向を母ちゃんが向く。悲痛な顔で言葉を紡ぐ。
「……聞いたら後悔すると思うけど…覚えてないなら尚更今更」
「やっぱしイイデス。」
思わず反射的にあたしは答えていた。
いや…今こうして生きているんだし、その後の姉ちゃんのおしおきの数々を考えたら大したことないことなのかもしんないけど本能が。この母ちゃんの態度見ると。
「で、何日かルナが落ち込んで部屋に閉じこもっちゃってね」
「え」
姉ちゃんに似つかわしくない単語が出てきた。落ち込んだ?
「泣き言ばっかり言ってたのよ。『こんなちからいらない』って」
想像ができなかった。
あたしを怪我させたくらいでそんなこと言ったのかあのひと。その後の日々考えると信じられない。
絶句するあたしに母ちゃんが笑う。
「でも、少しして出てきたけどね」
ねーちゃ、ねーちゃ、ってリナがルナを家中探すから、と言われ、再度あたしは絶句する。
「あなた本当お姉ちゃん子だから、ルナに怪我させられても気にしなかったのね。怖がるどころかすり寄ったのよ」
「……」
なんか恥ずかしいこと聞いた。うぬう。
「…で、それ見たルナも変わったのよね。「『わたしがつよいならリナもわたしがへいきなくらいつよくなればいいね!』て。なるほどねと思ったわー」
「待って母ちゃん」
それでか。あの日々は。
思わずツッコミを入れるあたしに、でもね、とその言葉を遮る。
「リナを育てるの全面的に任せるようにしたら、段々とあなたが成長するのと一緒にあの子も力をコントロールできるようになったのよ。自分のことが理解整頓できる知恵もついたのね」
あたしが知ってる姉ちゃんは強い姉ちゃん。
誰よりも強いけれど、その力で間違ったことはしないひと。
姉ちゃんにも自分の力が怖いなんて思うことがあったのか。
あたしに厳しかったのもそういうことからだったんだろうか。
「あの子も人の子なのよ」
私の子でもあるのよ、とウィンクする母ちゃんはちょっと姉ちゃんに似ていた。
あたしはなんとなくいつもより前髪で額隠してみる。
今まで気にしてなかったけど、もしかして姉ちゃんにとってあんまし見たくないものなのかなと思いつつ。
「気にしなくてもいいんじゃないか?」
その話をすると笑うガウリイ。
今回この男の強い奨めで郷里に帰ってきたけれど、おかげさまで帰ってきたことでいろんな新しい発見やら、安らぎを与えられてる。
この男からも。
「だって気にしてたら、お前さんが前髪出してた頃に言ってただろ」
ガウリイと出会った頃にそんな髪型にちょっとしてたのを思い出す。よくそれ覚えてたなおまい。いやあの髪型したとき里帰りしてないから姉ちゃんと会ってないんでその理論は意味ないんだけど。
「でもそーゆー話聞くと、なんてゆーか。気恥ずかしいとゆーか」
ふうん、と言って、くいっといきなしあたしの腕を引っ張る彼。
へ、と思ったら前髪を分けた額に強い感覚が走る。
「な」
「……どうせ見せないようにするならこーゆー理由のがいいんじゃないか?」
にへらっといつもの笑みでいけしゃあしゃあと言う元自称保護者。
実家に帰ってきていろんな挨拶やら確認して、それをあたしが了承してからというものミョーに調子に乗っている。
阿呆かぁぁぁぁぁぁぁっ!とどついた後、本気で恥ずかしいことにしばらく姉ちゃんはおろか家族の前で前髪隠す羽目になった。
それを後日知られてお腹抱えて笑った姉ちゃんは、やっぱしあたしの知ってる姉ちゃんだったんで拍子抜けしたけど――――やっぱしまだまだこの人を越えられないなあと安心してしまった自分がいた。