Short Story(not SFC)-短い話-

time-lag spot



「・・・せめて、このほこりくらいなんとかしてくれててもよかったのに」

 

ホコリっぽい空気に多少むせながら、あたしは言って部屋の窓をあける。

外の風がすうっといい空気を運びほっとする。が、振り向いて日差しを浴びた自分の部屋を見ていろいろとがっかりする。

そして入り口に立ったままの父ちゃんを見ると、知るか、と言った表情をしている。

 

「勝手な事して怒られるのはごめんだからな。本当にお前が旅してる間誰も入ってない」

風通しすらしなかったらしい。ひどすぎないか。

ため息ついてあたしはくすんだカーテンに触れた。

 

ゼフィール・シティ。

あたしの郷里(くに)である。

すんごい久しぶりにこのたび旅の連れであるガウリイをつれて帰ってきた。もう四年か五年くらいになるだろうか。

久しぶりの自分の部屋で一息――――しようと思ったのだけどそうはいかなかった。

あけた瞬間わかる今まで閉鎖されていたとわかる独特のにおい。カビとかへんなもの生えてないか確認したくなる。

ベッドの毛布をつかむ。洗って日干ししなきゃ寝るにも困る。

 

「今日は店番しなくてもいいから頑張れよ」

「・・・・・・久しぶりに帰ってきた娘に言うことはそれかい」

じと目で父ちゃんを見て言うあたし。しかし父ちゃんは不機嫌なんだかよくわからない表情で言葉を返す。

「何しろ連絡もなく男づれで帰ってきたからなあ」

う。

思わず言葉に詰まる。

・・・・・・いや・・・それを言われるとなんとゆーか。郷里に帰ることをきめたとき連絡しておこうとは思ったのだがガウリイの存在をどう説明しようかと考えてたら気がついたらゼフィーリアに到着してしまってチャンスを逃したというか。

 

「まあ働かざるもの食うべからずってよく言うだろ?こいつも働かせてやれ。二人がかりなら今日中になんとかなるだろ。あいつが泊まる客室の方は整備してあったからやることねえし」

言って目で部屋の外―――あたしからは見えないが多分いるであろうひとの方を指して父ちゃんは言う。

それにひょっこりと顔を出しあたしの方をのぞき込むガウリイ。

「・・・・・・」

一瞬あたしは考える。父ちゃんの提案に。

いや、確かに効率的は効率的なんだけど。まがりなりにも乙女の部屋に入れるってのに若干の抵抗が。けどいろいろやることあるし。

短い沈黙の中そう考えて結局答えを出す。

「・・・・・・客だから悪いけど。手伝ってもらうわよ。ガウリイ」

言うとガウリイは、わかったとやさしく微笑んだ。

 

 

「毎回帰ったらこういうことしてるのか?」

はたきをあたしが届かない部屋の高いところからガウリイにやってもらって、あたしはとりあえずベッドの毛布やらシーツやらを庭に干す作業。窓の外からちらちらとガウリイをたまに見て指示しながら干したもののほこりを叩いて落とす。今日晴れててよかった。

 

「はっきし言ってこんな状態初めて」

肩をすくめてあたしは答える。

今までこんな風にならなかった理由は簡単。それなりに定期的に実家にあたしはそれまで帰ってたからだ。家というのは、部屋というのは、人がいることで劣化速度が落ちる。

父ちゃんたちも、それまでがまめに帰ってきてたからこそ、どうせそろそろ帰ってくるだろうからと特に何かするって判断をしなかったのだろう。そもそもうち商売やってるから家族全員忙しいし。

今回は最長の四年ほどの留守。ガウリイと出会ってからは初めての里帰り。

帰れなかったのはそれだけ事件にいろいろ巻き込まれていたからだし、あっと言う間って感覚でいたのだけど・・・人の感覚と違ってものは正直である。こうして形にでる。

今日はさすがに出かけられないけど、そのうちあたしの知らない郷里の風景や事件なんかも見ることになるんだろうか。

 

「次からもーちょっと帰れるようにしたいもんだけど」

帰れる状況であって欲しいもんだけど。こればかりはあたしの意志よりもいろんなしがらみによって決まることで。

 

「・・・でもなんか意外だな」

嬉しそうにガウリイが言うんであたしはガウリイを見る。

棚の置物を壊さないように触れながらはたきをかけている彼の姿。勝手に触るなと掃除じゃなければ言う場面なのだけど文句は言えない。

「もうちょっとお前さんの部屋って本ばっかりとか。魔法に関するものとかいっぱいあるんだと思ってた」

「それはさすがに。無防備すぎるでしょ。もしそんなんだったらあたしの部屋地下にするわよ」

 

というか地下に研究所を作ってそこに置くのが正しい。うちは商売柄一応地下は倉庫としてあるけどもちろんそっちに魔道書だのを置いてるわけではない。もしかしたらあたしが忘れてるだけで魔法薬くらいはなんか置いたかもしれないけど。でも部屋にしても地下倉庫にしても最低限のものしかないはず。

「魔道士協会が結構近いからね。研究とか勉強とかはそっちで大体済ませちゃってたから」

言って部屋の中に戻るとその辺にあったうさぎのぬいぐるみを興味深そうに今度は彼は眺めていた。こら。

「それはいーから。あの辺はたいてよ、あたしじゃ届かないし」

言って彼からうさぎさんを奪い取る。

「・・・結構可愛いもの多いっていうか・・・子どもっぽいものが多いよな」

苦笑して言うガウリイ。さっきから嬉しそうって言うか笑ってるのはそれか。

まあガウリイを入れるのに抵抗があったのはそれがでかい。さすがにピンクではないけどわりとビビッドな色調でまとめた部屋の中にいっぱいのぬいぐるみやおもちゃ。子ども部屋っぽさが強い。

多少その指摘に恥ずかしさもあるのだけど、あえてじと目で呆れたようにあたしは開き直り言ってのける。

「しょーがないでしょ。子どもの時のまんまなんだから。八歳くらい・・・もうちょっと前か。そのくらいからほとんどこの部屋の中変わってないのよ」

あたしの言葉に彼は眉をひそめる。

「・・・そんな前からお前さん旅にでてたのか?」

その問いにあたしは首を横に振る。

「それまでは姉ちゃんとでかけることもあったはあったけど。たまに、ね。あたしが家出て一人旅始めたのは十二くらいだったかな」

窓を見る。さっきあたしが干したシーツが風で弱くはためいている。

今はここからはシーツしかみえないけど。

「部屋の外が楽しすぎて、一日の中で寝るための場所でしかなくなっちゃったのよ」

その向こうにはいろんな『楽しい』が存在した。

 

―――元々小さいときからわりと外が好きだったあたし。

寒い冬とか天気が悪い時は自分の部屋の中で遊ぶとかもあったけれど仕方なく、といった面が強かった気がする。

それがそう言うときでも部屋の外へ出る理由ができた時から変わった。

魔道士協会に通い魔法を習い始めたから。

勉強は日が暮れるまで協会で学んで、帰ったら両親にその話をして。

疲れて眠くなったところでやっと自分の部屋の存在を思い出す。

勉強が休みの時は近所の子たちとやっぱし外で遊んで、夜は同様。毎日が今より忙しかったような気がする。

 

この部屋のコーディネートは気がついたらそうされていたような記憶があるから父ちゃんか母ちゃんの趣味。ぬいぐるみとかも姉ちゃんのおさがりとかそんなのが多い。

 

自分の力で彩らせたわけではない場所だから尚更。

多少違和感とゆーか、自分の好みとのずれを成長するにつれ感じてきても寝るだけならこのまんまでいいや、と部屋に対する興味をあたしは持たなかった。

狭い与えられた空間より―――あたしは自分で手に入れることのできる外を選んだ。部屋を置き去りにした。

それがこの部屋が時を止めてずれている最大の理由。

 

リナらしいな、とガウリイは言う。

あたしはなんとなくこんなところで、照れる。

 

「まあ、今ならこの壁をこんな風に、あれをこの場所に、とかあたしの好みばしばし出して変えようとすればできるけどね。あの時は考えつかなかったけど」

けど多分そうすることはないだろう。そうするだけこの部屋に今回もあたしはとどまらないと思う。

―――それでいい気がする。

 

あたしの場所はこの動いていない場所に、もう見あたらない。

別に常にある、常にいる場所があるから。

どんな形であれ――あたしがどこを走っていても隣にいつもいてくれる。

それに対してこの里帰りで何か変化が起こるのかはまだわからないけど。

 

「だったら、今から掃除がてら少しでもなんか変えるか?ついでに」

あたしの内心も知らずガウリイが思いついたように言う。本当に思いつき。

あたしはため息ついて言う。

「あのねぇ・・・・・・掃除だけでどれだけ大変だと思ってんのよ。ほかの余計なことしてたらそれこそ日が暮れても終わんないわよ」

「でも要らないものある程度捨てたり整頓して変えるのも掃除に必要だし」

なかなかうがったことを言う。まあ確かに少しくらいならこの部屋の時を今のあたし向けに動かしてもいいのかもしれない。

―――それでもこの部屋はあたしに追いつくことはない。

けれど、きりもない。捨てるというのも時期を考えないとご近所さんに迷惑かかるし。

悩むあたしに、ガウリイは微笑んで言葉を続ける。

 

「それに寝るとこできなかったらオレのとこくればいいじゃないか」

 

おそらく冗談を言ったのだろうとわかってる。

でもこの場所に最近のあたしたちの微妙な状況、タイミングでの発言である。

そういうこと言うんだったらはっきりしろ。

発言にあたしのスリッパと持っていたぬいぐるみと。どっかで見張ってたのか父ちゃんの釣り用バケツがどっかから同時に、あたしの今の場所(かれ)に飛んで炸裂した。