Short Story(SFC)-短い話-
surprise birthday
多分、それは世間ではありえない且つ些細に見える悩み。
いつも通り、宿屋の食堂で食事を始めたあたし達のテーブルに、ことり、と少なくともあたしが頼んだ覚えのないものが置かれた。
結構な大きさの、可愛らしくデコレーションされたケーキ。
へ、と持ってきたおばちゃん――宿のおかみさんを見るとにこにことして言う。
「誕生日なんだって?うちは小さい宿の分こういうことが出来るからね。サービスだよ」
言われてあたしは日付を確認する。
……あ。確かに。
しかしあたしが忘れてたことを今日たまたま泊まった宿のおばちゃんが知ってるってことは……。
と、向かいの席に座るガウリイを見れば、彼は笑みで答えた。
「……覚えてたんだ」
一通り食べ終わった後あたしはそのケーキに手を伸ばす。
「おう」
ガウリイも逆側から手を伸ばす。
「そろそろだなー、って。思って。やっぱり豪華な食事とかかなと思っておばちゃんに言ったら、じゃあ、って」
今まで祝ったことなかったからなんかしようと思った、と話す彼。
あたしが、自分の誕生日を彼に教えたのは確か世間からすると2年ほど前で、それこそあたしの誕生日が過ぎた後だったと思う。
世間からすると。
あたしにとっては1年と経ってないような感覚なのだけれど。
「…ハタチ、なのよね」
なんとなく複雑な気分でつぶやくあたし。ケーキは美味しい。
「イヤなのか?」
意外そうにあたしを見て訊いてくる。子どもじゃない子ども扱いするなと出会った頃から言ってるせいか。歳をとるのを嫌がるなんて、と。
いや、でもそう言うんじゃなくて。
ふるふる、とあたしは首を軽く振る。
「世間的にはハタチ、だけどさ。19ほぼ飛ばしてこれってどーよと思って」
あと数ヶ月で19、という頃にあたしは魔族に囚われてしまう事件に巻き込まれた。
結果どーなったか、というのはここにいる事で答え。
ガウリイ含む、仲間達があたしを助け出してくれた。
それからまた二人旅に戻って。それからそんなに日は経ってなかったりする。
あたしが囚われている間、クリスタルのようなものに閉じ込められている間に世間では1年ちょっと経ってしまってた。
つまり。ほとんどあたしは19歳という歳を送らずに20歳の誕生日をこうして迎えてしまったことになる。
正直今日が誕生日と気づかなかったのは、思い出せなかったのはそのせいもあるのだ。
ここんとこその自分の思う時間と世間の時間とのずれに正直戸惑ってる。
「だってさ。クリスタルで仮死状態の際、あたしの肉体活動は停止してるわけじゃない?」
つまりは感覚だけでなく肉体もまだ19歳位なわけで。
「でも、たかが1年だろ?19も20も一緒じゃないか」
考えなしのガウリイらしい台詞。
全然違うわよ、とあたしは彼を少しだけにらみつける。
「本気で、たかが1年と思ってる?」
そう言うとあたしがいない期間のことを思い出したのか、いや、とガウリイは首を横に振った。
結構長い月日なのだ。だからこそ、感覚のずれがあたしには明確に見えてる。
それにさ、とケーキのイチゴを飲み込んでからあたしは続ける。
「19と20ってやっぱし大きく違うわよ。10代20代って境目なんだから」
時間的には今日であたしは彼と同じ世代になったことになるけれども、今までずっとその壁は見えなくともあったと思う。
「じゃあ、19の誕生日ってことにすればいいじゃないか?今日」
考えなしの台詞2弾。
あたしは、それもイヤなのよ、とつぶやく。ため息をつく。
19歳の誕生日。
そうしてしまうのに世間的に特に不都合はないとは思う。まあ家族とかが、あれ、とは思うだろうけど、別にどっかに年齢きっちり登録してるわけじゃないし。
あたしの中の時間に合わせれば、そりゃ20歳になるまでの身構えとゆーか感慨とゆーかそーゆーのはちゃんと人並みに持てるだろう。
けど。
きょとんとしながらケーキの最後の一切れを口に運ぶ男に再び目をやる。
彼はあたしと違って世間の流れどおり歳をとってるのだ。障害もなく。
未だに正確な年齢知らないけれど。あたし達の年齢がそこそこ離れてるのは明確だろう。
こんなんで。こんなんでただでさえ離れてるのに余計に更に一つ歳が離れるのはなんとなくイヤだ。
いかにも、な子ども扱いは昔よりはだいぶ減ったものの彼にとって年下で、幼く見えるのはきっとずっと変わらないのに。
――――もちろんこんなこと口にはできないけど。
「だから、複雑なのよ」
彼と同じ世代に並びたい。
けど、不意打ちに近いこの状況。
まあいいじゃないか、と考えなしの台詞3段目を口にすると、食べ終わった彼はわしわし、とあたしの頭を手を伸ばして撫でる。
「いくつでも、お前さんなのは変わらないわけだし」
確かにね。
19だろうと20だろうと。今すぐあたしがどうにか変わるわけではないんだけれど。
でもきっかけではあると思う。
何かが変わる。
全て食べ終わっておばちゃんにお礼を言ってから、あたし達は部屋へと戻る。
自分の部屋に入る前に、あ、とガウリイが思い出したようにうめいた。それに反応し、あたしは彼を見る。
「何よ」
「いや、言ってなかったから」
何を、と言う前に彼はあたしの傍にきて、耳元で誕生日おめでとう、と囁く。
いきなし傍にきて囁かれたんでびっくりしてあたしは顔を赤らめた。
「……ふつーに言えばいいじゃないのよ」
「いや、なんとなく」
そう言ってあたしの髪にひとふさだけ触れた。
今までにも何度かこーゆーことするのに、なんとなくそれにどきどきして、でも動揺してるのを見せたくなくてわざと言う。
「でも、さっきのケーキはあんたから、ってより宿屋のおばちゃんからよね」
あんたからもらった感じじゃないわ、とつっぱねて見る。
前からやさしかった。
あたしに向ける表情が柔らかいのも今更。
けれど、あたしが戻ってきてから、歳をとる世界に戻ってきてからは更に輪がかかってる。
だから前からの同じ行為でもときとき心臓が言う。
やさしくあたしを見る瞳に別のものが増えてきたのは、もう気がする、レベルでないとなんとなくわかる。
うぬぼれに既に近くても、そうとしか思えないあたしにとっての感覚は時間に関係なく事実。
「じゃー、明日にでも買いに行くか?」
お前さんがいる時のがいいかなと思って、と間近で言う。その口ぶりは一応何か考えてたのか。
頬をかきながら。どこか彼にしては照れを帯びた声なもんで、あたしもなんとなく照れて、ただうなづくのみ。
それに更に照れたのか、ガウリイが笑って誤魔化すように訊いてきた。
「で、結局ハタチでいいのか?おまえさん」
「……そーしとく」
時間に待ってもらうより追いつきたいから。追いついてみせるから。
この流れてる時間の通りに生きたいから。
彼といるこの時間。
「じゃあ、20歳のお誕生日おめでとう」
そして、彼が買ってくれるものが予想してたような、夢でしか思ってなかったような。
少なくとも子ども扱いする女にはあげないような代物で、ハタチの誕生日にしてやはり正解だと思った。