Short Story(not SFC)-短い話-

Stil

とても胸の鼓動が高鳴る。

嬉しくて。

嬉しくて。



けれどもそれには果てしない努力を積まなくてはならないものもある。



「リナー?」

母ちゃんがあたしの部屋に入ってきた。

ゼフィーリア王都、ゼフィール・シティ。あたしの実家である。

数日前、旅の相棒であるガウリイを連れ、里帰りしてきた。

2.3日は近所に挨拶に行ったり幼馴染に会いに行ったりとあちこちあたしも外に出たのだけれども、その後は自分の部屋と魔道士協会を行ったり来たりの生活だったりする。



「何、母ちゃん」

あたしは協会から借りてきた本を開いたまま入って来た母ちゃんの方を見る。

「今日くらい店の方手伝ってちょうだいよ。父さんもみんな出掛けてるんだから」

「…って今日うち定休日じゃなかったっけ?父ちゃんどこ行ったの?」

「定休日でもやることはいろいろあるのよ。それくらい知ってるでしょーに。父さんはガウリイさん連れて釣りよ」

「またぁ?」

あたしは眉をひそめる。



どーゆーわけかガウリイと父ちゃんが前からの知りあいだったらしく、帰ってきてからは二人で行動している事が多い。

な、もんで郷里案内しなきゃなんないかと思っていたものの意外とあたしは一人でいる事が多かったりする。



「ルナはアルバイトに出掛けたし、少しは家の仕事もしなさい。何やってるのか知らないけれど。魔法の勉強?」

「んー……せっかくだからここにいる間に『崩霊裂』覚えようかと思って」

「『崩霊裂』?」



言わずと知れた精霊魔法の最強の攻撃呪文。

その威力は竜破斬と匹敵する。



「って……確か前覚えないとか言ってなかった?あなた。まぁ旅に出る前だけれども。竜破斬が使えるからいいんだって」

母ちゃんは元魔道士だったんでそこそこ魔法の事がわかるので話すのに説明はいらなくて楽だったりする。

「そーだったんだけどね。言ったでしょ?色んなことがあったって。

これから旅してくにはやっぱし必要かなー…って」

あたしは苦笑する。



旅に出る前は―――いや、3年前、魔王に関わる前は。

確かに要らないと思っていた。竜破斬に比べて、地味だし見た目。

関わってからも、崩霊裂を使える仲間もいたし、あたし自身どっかのパシリ魔族から買い取ったタリスマンで色んな術を使う事ができるようになってたから考えてなかった。

まぁ、ときたま『あればよかったなー』と思う程度。


けれどもどーにも魔族との関わりが切れない。タリスマンは、この前の―――魔王との戦いで砕いて無くしてしまった。

魔族に効く術のストックは大幅に無くしてしまったのである。そのことでこれからはどうしても必要になってくる。


そう言う意味では『復活』も覚えなくちゃいけないものの一つなのだけれども、どーにもあたしには向いてないらしくなかなか取得はできそうもない。

まだ崩霊裂の方が同じ位高位の術ではあるものの覚えやすそうなので、どうせなら滞在費のかからない上に協会のそばにある実家にいる間に覚えようと思ったのである。



 

「……ってことはやっぱりまだ旅は続けるつもりなのね?ガウリイさんと。母さんてっきり最初、ここに落ちついて所帯持つつもりだと思ってたのに」

「…っ!だっ…!なっ…!?」

あたしは言葉がまとまらず母ちゃんを見る。

顔が赤くなるのを必死に抑える。しかしさらりと当たり前のように母ちゃんは言う。


「何照れてるのよ今更。様子見てれば一目瞭然でしょうに。しかもうちにまで来てこれでお互いそう言う気が無いとか言い出したら母さんもルナも怒るわよ。父さんは知らないけど」


……うあ。

「いや、でも……そーゆーこと言われたこと、無いし。ブドウが目当て、って言ってたし」

しどろもどろになりながらあたしは言う。自分でも何を言ってるのか。


すると母ちゃんは面白そうに言う。

「言われた事無いなら言わせるように仕向けなさいな。少なくともガウリイさんだって、ただ保護者のつもりだけならわざわざここに来てないし、リナ護る為って、ルナと剣の練習なんて毎日してないでしょ」


……『こちらから言いなさい』とか言わないのが母ちゃんらしい。……ってそーじゃなく。



「へ!?毎日、姉ちゃんと!?」

初耳だったのであたしは驚く。

ガウリイの腕も超一流ながら、姉ちゃんはそれ以上にケタはずれに腕が良かったりする。

「そうよー、あなたのいないところでこっそりとね。これからの為にも剣の腕をもっとあげたいんですって。ガウリイさんも旅を続けるつもりでいるのね、リナと」



その言葉にすごく安心した自分がいた。

―――正直、あたしはどこかで不安だったのだ。郷里に行きたいと言った時から。

郷里で本当のあたしの保護者に会って。

ガウリイはあたしをそのままここに置いて、いなくなるんじゃないか――――


これで旅を終えるつもりなんじゃあないかと。

杞憂だとは思った。でもどこかでその不安を抱えてた。

その不安をかき消すためにも、旅をするための準備としてでもあったのだ。魔法を今取得しようと思い立ったのは。

けれども。



「まー嬉しそうよ、顔が」

うっ。

どーにも母ちゃんには敵わない。

ふだんのほほんとしてるくせにいざと言う時うちにいる誰よりも鋭い。


「母さんとしては定住してもらいたいけどねー。リナがお婿さん取ってうちの店継いでくれたらどんなに安心か」

ため息をつく母ちゃん。


………そーいや、初めて旅に出る時もンなこと言ってたなー……。

実は本気だったりするのかもしかして。冗談だとばかし思ってたのだけれど。



「ま、ともかく魔術の腕を磨くのもいいけれど、たまには家庭的なこともしなさい。夕飯作るの手伝って。ガウリイさんに食べさせてあげなさいよ。仕向ける一歩よ」


何の一歩だ何の。

とツッコミを心でしながら赤面を抑えてあたしは本を机の上に置いて席を立った。





 

――果てしない努力を積まなくてはならないものもある。

けれども覚えたときの嬉しさと。覚えたことによって得る安心がある。

これから生きていくために必要なものもあるから。一緒にいるのに必要なものもあるから。



あたしはそれでも知識を得ようとする。

まだ旅を続ける。

まだ走ったままの自分を続ける。

 



 

何も終わらせない。