Short Story(SFC)-短い話-

天を泣く花

 

 


その花は、とてもありふれた花だった。

少なくともあたしは、あまりにありふれていてその花の名前を知らないほどに。

だから子供がそれを摘んでいる姿を見ても全く気にとめなかった。

 

 

 

とある町を通り過ぎようとした時の事。

あたしと、旅の連れの―――どちらかと言うとあたしの方がついて行っているのだけれど―――ゼルガディスと。

時間帯からも考えて今日は次の街くらいまで行こう、と言い合っていた時だった。

横を、綺麗な花を見つけた、とまだ小さな女の子達が言いながらその花を手に持ち通り過ぎて行った。

―――その姿にゼルが足を止めた。

 

「―――」

「?……どうしたの?ゼル」

あたしはそれに気づいて同じく足を止める。

ゼルはあたし達からは離れて行く横切った女の子の姿をじっと見つめたまま。

そしてためいきをついて―――口を開く。

「変更だ、レナ。……今日はここまでだ。この町に宿を取る」

「へっ?…何で?」

「……雨が来る。濡れたくはないだろう。雨宿りの事も考えたら今日はここで待機した方が賢い」

「――――え?」

 

あたしは思わず空を見た。

怪しい雲は見当たらず、それはとても青い空だった。

雨が来る?

 

キツネにつままれた様な顔をするあたしにゼルは少し苦そうな表情をして言った。

「少し経てばわかる。宿を決めるぞ」

 

 

そして宿を決めて部屋に入った後。

本当にあっという間に空は灰色に染まり、それは大地に大雨を降らせた。

 

 

 

「ねーゼル、教えてってばっ」

翌日。昨日の大雨が嘘の様に見事に晴れて、宿を出発した。

あたしは昨日の夜からずっとゼルに訊いている事を繰り返す。どうして雨が来るのがわかったのか訊いているのだ。

けれども。

 

「……別に大した事じゃあない。昨日からそう言っているだろう」

こう、妙にいつも以上にぶっきらぼうに言って、あたしの前を歩く。そう言われるとすごく気になる。

「大した事じゃないなら教えてくれてもいいじゃないのよ」

あたしは頬を膨らませてゼルに言う。

ゼルはちらり、と肩越しにあたしを見て。

「……聞いたら笑う様な事だ。俺がおまえならまず馬鹿にする」

やはりため息交じりに言う。

………そんな風に言われたらますます訊きたくなるじゃないのよ……。

 

「しない。笑わない」

「嘘をつけ」

「聞かなきゃわかんないじゃない。笑うかなんて」

「………」

諦めた様にため息をついて、先を歩きながら、ゼルは口を開いた。

 

「……昨日、町中で子供らが、摘んだらしい花を持って通っただろう」

「……ああ。うん」

「あの花の別名を知っているか?この辺にもあちこち咲いているが」

そう言って道端をちらり、と見る。

確かにその辺にも咲いている花。でもあたしは別名どころか正式名も知らない。

 

「……知らない」

あたしは素直に答えて首を振る。

「『雨降り花』だ。昔からあれを摘むと短期的だが大雨に見まわれると伝えられている。昨日の子供らは知らないようだが」

「摘むと……雨が降る?」

首を傾げるあたしをまた肩越しにちらりと見るゼル。

 

「迷信に近い言い伝えだ。根拠はない」

「……けどその迷信を、ゼルは信じてる、ってこと?」

あたしはちょっと早く歩き、ゼルの隣に行って、顔を見た。

憮然とした表情。

「…信じたくはないが実際摘んで雨が降らなかった事がないのだから仕方ないだろう」

少しすねたような口調。

その表情と口調に、あたしは笑いそうになった。

 

「……笑うだろ」

「え?笑わないよ?」

笑いそうになったのは根拠のない事を信じるとこじゃなくて。

「だって信じたっておかしくないでしょ?実際そうなんだしあたしもこれからは信じる」

「………」

ゼルは意外そうな顔をしたのち、少しだけ笑んで、そうか、とつぶやいた。

 

雨を呼ぶ花、か。

 

 

 

 

 

 

それからしばらく歩いた後、前方からこちらに向かって歩いてくる人影が遠くに見えた。

たぶんあたしたちと同じ旅人だろう。一人。姿は魔道士?いや―――。

 

「………!」

 

気づいたのが一番早かったのはあたしだろうか。それともゼルだろうか。

それとも――――向こうだったんだろうか。

こちらに向かってくる人は―――あたしと同じ姿だった。

『リナ』の姿を―――していた。

本物のリナじゃあない。リナならガウリイと一緒にいるだろうし、何より雰囲気が違う。

……魔族の放った―――あたしと同じ、『コピー』。

けれどあたしと違うのは―――――

 

「氷窟蔦!」

彼女は突然術を放つ。あたし達はとっさにそれをよけた。

ゼルがあたしの横で呟く。

「……まだいたのか。魔族に遣われるコピーが」

 

そう。あたし以外のコピーは創造者である魔族ゼラス=メタリオムに忠実に傅いている――

そしてそんな彼女達にとって邪魔なのは別の『リナコピー』。

あたし。

 

また呪文を唱えている。この呪文は。あたしもすぐに呪文詠唱を早口で行う。

 

「火炎球!」

「氷結弾!」

 

彼女が放つ呪文に合わせてあたしの術が完成する。

ぱきぃぃぃん!

その術2つは相互干渉を起こして消滅した。

この方法は前ナーガに教わった。

知らなかったのだろう、その現象に向こうが驚く。

 

 

いきなり術を唱え攻撃する所からも見て話が通じる相手じゃないのはわかってる。

あたしはもう何人もの『あたし』を同様に戦って倒している―――。

けれど。いつも生まれ出る戸惑い。

自分自身を倒す思い。

 

「レナ、辛いだろう。下がっていろ」

あたしが戸惑う様に動きを止めていると―――それに気づいたようにゼルが気遣う様に小さくそう言い、前に出ようとした。

 

辛い?

 

その言葉にあたしは思わず手でゼルを制した。

ゼルがあたしを見る。

 

……大丈夫。

どうしても戦わなければならないのなら。

あたしには許されないから。その言葉で甘えるのは。戦わないのは。

生きる上で。

 

―――そうして生まれてしまったのだもの。

 

「ゼル、あたし一人でやるわ」

あたしは彼に強い意志を持って言い、もう一人のあたしを見た。

 

 

 

今までの『コピー』の中ではとても強い部類に入ったと思う。

けれどもあたしは彼女と本気で戦った。

 

生きて、いたいから。

立場が違っても―――結局は彼女と同じなのかもしれない。

当然だけれど。

 

 

 

 

 

 

ずしゃあっ…

彼女の体が、あたしの術によって地面に叩きつけられた黒い液体が染み出て広がる。

あたしはゆっくりと―――彼女に近づいた。

 

どうして戦うんだろう。そう生まれてしまったんだろう。

出会わなければ、生きていけた?

 

 

それは――愚問だと知りつつも思う。

『あたし』がここに実在している以上。彼女が実在している以上その問いはナンセンス。

 

 

 

一瞬復活の呪文を唱えようと言う衝動にかられる。けれどもおそらく間に合わないだろう。

知ってる。何よりもあたしが。

 

「あなたが……本物の『リナ』、なの……?」

彼女がゆっくりと言葉を紡いだ。

その表情はとてもおだやかで。

 

あたしは首をゆっくりと横に振る。

「あたしも―――あなたと同じように生まれた『リナ』のコピー、よ」

 

あなたと同じ―――。

 

「……な……?」

「あたしは『リナ』じゃない。『リナ』になれない。『リナ』になる必要なんてないって教えてもらったの。

あたしは――――別の、人間よ」

ゼルを見て、言う。

 

あたしはゼルに―――人間にしてもらった。

『レナ』という別の人間に。

彼に出会えて、リナとは違う道を歩めた―――。

 

その答えに満足した様に、彼女は笑んで目を閉じ、力尽きた。

あたしはゼルの方に戻る。

 

「……彼女を埋めるの、手伝ってくれる?」

 

 

 

 

 

 

地精道で穴を掘り、彼女を埋める。

埋葬した後、あたしはゼルに無理やりな笑みをして、言った。

「ありがと。……あたしに―――やらせてくれて」

「―――気にするなよ。あまり」

「……ん……」

 

曖昧に返事をしてあたしは周りを見渡した。

今まで埋葬した時傍に花を手向けていたのでそうする為の花はないかと思ったから。

ふと咲いている花を見つけ、手を伸ばした所で止める。

 

「……レナ?」

動きを止めたあたしを不審に思ってゼルが声をかける。

 

そのあたしの手に触れた花はとてもありふれていて。

あたしは本当の呼び名を知らなかった。

 

手から離し、摘むのをやめてあたしは花を手向けるのを諦め、ただ彼女の眠る場所に黙祷した。

――摘んでしまえば雨が降ってしまうなら、摘まない方がいい。

 

 

摘むのを止めて、雨を呼ばないように祈った。

もう2度と彼女もあたしも雨に濡れない様に。