Short Story(not SFC)-短い話-

白世界

それは何の前触れもなく突然のことだった。

平凡な食事のヒトコマのはずだった。



「リナ、あんた明日から旅に出なさい」

ぶうっ。


思わず吹き出すあたしと父ちゃん。母ちゃんは姉ちゃんの言葉に眉をしかめつつも最後の料理を運ぶ。

姉ちゃんは何事もないように食事を続ける。

「…ねねね、姉ちゃん…今何て……?」

「あら聞こえなかった?明日から旅に出なさい、と言ったのよ。わたしは」

「どこへリナをやるつもりだ!?まだ12だぞ?」

いきなりの事に動揺する父ちゃんに姉ちゃんはしれっと言う。

「あら。旅に出ろと言っただけでどこそこに行けとは言ってないわよ父さん。行き先はリナが勝手に決めればいいわ。

それにまだ、じゃなくて、もう、よ。12ともなれば色々一人でやれるでしょ」



あたしは冷や汗をだくだく流しながら今日1日の事を思い返す。

今日はふつーにこの前覚えた魔法で近所の悪ガキを何人かふっとばして……うん。大した事はしていない。

いや待てよもしかして姉ちゃんのいっちばん可愛がっていたノラネコにあんなことをしたのが今ごろばれたのかッ!?

それとも姉ちゃんの入浴シーンを術で公開して男供から金をせしめていたあれにまだ腹を立てているとか……。

はッ、もしかしたらあっちか!?いやもしかするとアレがばれたからと言う事も……。



「どうしたの?リナ、顔が青いわよ」

「ごめんなさいすいませんでしたもぉしません。」

ほとんど泣きながらあたしは懇願する。

「…謝るような事何かしているのあなたは」

半分呆れた様に言う姉ちゃん。

へ?

「別に追い出したくて言っている訳ではないのよ?おしおきならもっと回りくどくなくやるでしょわたし」

そう言う姉ちゃんの目が笑ってなくてコワイ。

「ただ魔法もだいぶ使えるようになったしその力をもてあましてきた様だし。いつまでもこんな田舎街にいるだけでもなんでしょ」

そう言って食事を終え席を立つ姉ちゃん。

「でもねえ。一応ルナよりは普通の子なのに旅なんて大丈夫かしらねえ」

「一応って何母ちゃん」

思わずツッコミをいれるあたし。

「しかしまぁ、力持て余しているみたいなのは確かだぁな。今日も店の方に苦情が来たぞ。

ま、喧嘩両成敗、ってことで片付けといたけど」

うっ。

父ちゃんのツッコミには反論できない。

「前わたしがディルス王国に連れて行った時から考えてはいたのよ?一人でいろんな世界を見てらっしゃい」

食器を持ち、そう言って姉ちゃんは奥の水場へ行った。

 



世界。

確かに――――あたしは。

ディルス王国に姉ちゃんに連れて行ってもらった時。自分の『世界』が変わった。



ゼフィーリアだけでは体験できないこと。今まで知らなかった知識。

全く違う世界。

すごくわくわくした。世界が広がっていく。

あの思いを―――感じられる。

―――旅をすれば。



 

「リナ、支度できた?」

朝。

身支度していたあたしの部屋に母ちゃんと姉ちゃんがやってきた。ちなみに父ちゃんは店の支度。

幼い愛娘が家を出る日でも店は開けるのが商売人である。そんでもって、その商売をやっているうちだからこそ次の日に旅に、なんて事ができたりする。大抵の必要品は揃うし。

姉ちゃんがいきなし『明日』と言ったのはおそらくここだけの話本当は気まぐれな思いつきなんじゃないかなー、なんぞと思うのだが、

理由をつけるとしたら思い立ったら吉日で、それが可能な環境にあるからだと思う。



「いい、間違っても一般人を襲って路銀を稼ぐような真似はしないでね。あ、玉の輿に乗るなら母さん大歓迎よ。ただできることなら婿養子で店継いでくれる人選んでね」

旅に出る娘に言う台詞じゃないです。母ちゃん。つーか旅に出るのと嫁に行くのと間違ってないかこの人は。

「まぁ、一般人襲うな、って言うのは同感ね。そこまで落ちぶれる様ならすぐお仕置きに行くから」

マジだ。マジだよ姉ちゃん。どこにいても来そうだ。

絶対そんな真似はするまいと心に誓うあたし。困った時は一般人外にしよう、うん。



あたしは荷物を持ち、店に顔を出す。

開店準備の父ちゃん。

「よ。行くか」

「ん」

あたしはうなづく。

「これ持っていけや」

そう言って手渡ししたのはちょっとしたショート・ソード。ちなみにうちでは剣は売ってない。念のため。

そのショート・ソードは見覚えがある。父ちゃんのものだ。かなり古いもののよく手入れされている。

「いーの?これ」

「魔法だけだと心もとないだろ。まぁもっといいもんが見つかればそれ使うに越したことはないが。護り代わりに持って行きな」

「ありがと」

素直に感動するあたしにしかし父ちゃんは付け加えた。

「あ、言っとくがおそらく売っても価値は無いからな、ほとんど」

「……」

 

……まぁ、そんなわけで。

おそらく一般的な感動する旅立ちシーンではないものの。あたしは旅に出る。姉ちゃんの「世界を見て来い」の一言を胸に。

 

「行って来ます!」

「あ、帰ってきた時には昨日青くなった理由について問い詰めるからね」

……しばらく帰れそうも無いな。

姉ちゃんの言葉を背中に聞いてあたしは思った。