10 of us die from converting  -変換してから10のお題-

04.しろ(支路)




いつのまにかあたし達は『距離』を近づけすぎて忘れてしまってた。

そして忘れるほど近かったそれはある日不意打ちで遠ざかってしまった。

だから。

あたしはあえて一つのことを望んだ。

 

 

 

「火炎球っ!」

どごぐわぁん!!

いつもの調子で放った呪文で、いつもどーり盗賊たちは空を舞う。

昼間の盗賊いぢめははっきし言って一人旅の醍醐味だと思う。

そう。一人。

旅の連れであるガウリイとは数日前に支路で別れた。

2つに伸びた道。

方向・経由する町や村は別なもののこの2つの道は最終的には同じ街にたどりつく。

依頼人2人をそれぞれの経由する街に護衛がてら送り届ける、というしごとをとある町で受けた為、あたしは左のムロック・タウンへの道。

ガウリイは右のユーラの村への道をそれぞれの依頼人とともに行く事になったのだ。

――――と言ってもあたしの送り届けるはずの依頼人は実はあたしが頼んだサクラである。本当の依頼人はガウリイの方の少年だけ。支路でガウリイ達と別れた後にこっちはすぐ別れて元の街に戻っていただいた。

 

こうでもしないと彼が納得しないだろうと思った。

少しの間、一人で旅をしたい、だなんて。

 

 

 

先日あたしは魔族のごたごたにまきこまれ、さらわれていた。

気がついたらさらわれてて気がついたら仲間の所に戻ってこられていた、と言うとなんとも情けない話ではあるのだけれど、事実なのだから仕方ない。

あたしにとっては記憶のない刹那の事でもガウリイ達にとっては1年もの月日のことだった。

―――これが、多分あたしとガウリイの間に生じたずれの原因なのだと思う。

 

知ってるはずなのだ。あたしは。

本人には一瞬のことでもその間には時が流れていること。

前にあたし自身体験したこと。ガウリイがさらわれてる間どれだけのことを考えたか、動いたか。

戻ってきた時彼にとって動かなかった時間を知ってて、でも心の中では溢れた感情。

だから戻って以降、あたしにとっては急にガウリイが過保護とゆーか執着と言うか。そう言うものを以前より表現してくるようになったのは理解できる。

でも理解出来るのと承知する、と言うのはまた別の話だったりする。反対の立場になるなんて思わなかったし。

ガウリイの態度が苦痛、ってわけじゃあない。うっとおしいとは思ったけれど反面正直ちょっと嬉しいと感じた。

なのにどこか違和感とゆーか何故かぎこちなさを自分の中で感じてしまう。

結果あたしは距離を置きたくなった。

いつも一緒にいすぎて。近すぎてそれが、理由が、明確にわからなくなっているから。

あたし達の関係そのものがいい例だし。それを別に壊す気なんて今更ないけど。

 

……そんな状態なもんでもちろん今回のあたしが受けた依頼(半分は嘘)には当然彼はしぶった。

ほんの数日だし、しごとしないと食うものにも困るし、支路の交わる街で待ち合わせすればいいだけのこと、と何度も説得した上での事。

その交わる道まではまだ何日か時間がかかる。

 

何年ぶりかの一人旅。

別に寂しいとか、そんなのは自分で選んだことだから思わない。けれど。



 

「さあ、ありったけのおたから置いてってもらいましょーか」

腰を抜かしている盗賊に笑みを浮かべて言う。

そんな中どこかで後ろに気配を察することを期待している。

もちろん、盗賊の気配ではない。よく知ってる、彼の。

慣れって怖い。

 

「ひいいっ!わかった、わかったから命だけは……っ!」

よくありがちな盗賊のセリフ。がくがくと震えながらも奥の方1点を指差す。

身につけた服やらから見るとここのボスらしいのだが。

おー。なかなか素直で結構。

それじゃあそれに免じて、この男を簡単な術止まりではたき倒してから――とあたしは呪文を唱え出す。

――瞬間。

あたしは後ろを振り向いた。

気配を感じたのだ。

盗賊ではない。期待していた彼でもない。これは――――

「あら、奇遇ね。リナ=インバース?」

 

あたしと同じ顔をした、あたしと同じ魔道士姿のひとが口の端に笑みを浮かべてたたずんでいた。



 

こう言う経験はあたしは3度目になる。

自分と同じ姿と向き合う。

1度目は、魔族にさらわれ、助け出された時に、あたしを助けてくれた『あたし』。

2度目は――――

 

今目の前にたたずむ『あたし』の足元には黒い液体と動かないもの。

その辺にいた盗賊だろう。あたしがふっとばして気を失ってた程度の人間だろうと思う。

――『あたし』が殺した。



 

「盗賊いじめに来たら、オリジナルに先を越されてるんだもの。思わず頭に来てその辺の人間を殺しちゃったわ」

なんてことないようにさらりと笑みを含んで言う彼女。静謐な狂気。

――オリジナル。

魔族が作り出したあたしの、コピー・ホムンクルス。

何人作られているのかはわからない。

敵でなかったのは1度目の『あたし』だけ。

例外的な1人のコピーだけ。

盗賊いじめに来た、とは言ってるもののそれが真意ではないだろう。真意だとしてもあたしと会ったことでその目的は変わったはず。

まっさらに生まれた彼女達に植え付けられているのは、魔族側の目的。

まともに、人生楽しもうなんて感覚は彼女達にはないのだ。

そう言う連中にとってのオリジナルがどんな対象かは2度目のコピーとの再会であたしは知っている。

 

「烈閃槍っ!」

既に唱えていた盗賊向けだった呪文をあたしは唱える。

すんでの所で彼女はかわし、呪文を放ってくる。

「炎の矢っ!」

7・8本の火の矢がとんできてマントを翻してこれをあたしもかわす。

傍にいた盗賊の悲鳴が飛んだ。

 

―――いける、と思う。

炎の矢の本数からしてもかわしかたにしてもそんなに魔力や反射力はなさそうである。今回のコピーは。

どーにも魔力や経験の強さとは関係なくコピー達は自信ありげにいつも向かってくる。魔族が人間を見下しているのと変わらないのだろう。

決してあたしのコピーだから、というわけではないと思う。てか絶対。

――――2度目のコピーと違ってひとりでもなんとかいける。

 

 


2度目は、はっきし言って強かった。

魔力はあたしよりやや、落ちるという程度だろうか。しかし反射神経と言うか、戦い方のセンスとかに恵まれたようだった。

そんなに場数はあたしより踏んでるはずがないのに技の連続、攻防に器用に動く。剣の腕もなかなか。

おかげであたしは戦いの最中負傷した。

腕を1本、治癒で治せる程度にやられただけなのだけどそれは痛かった。

ガウリイがいなければ彼女を倒す事はできなかっただろう。

あたしは倒されていた可能性も高い。

傷のせいで鈍ってたあたしを狙って倒されそうになった所をなんとかガウリイが刹那倒してくれてなんとか事なきを得たのだ。

 

目の前に立ちはだかりきらめく剣。

肉体を斬る独特の音。

そうして飛び散った赤い飛沫はあたしと同じもの。

 

 

ここにガウリイがいなくてよかった、と思った瞬間、最近あたし達がぎこちなくなってしまったことの本当の原因――正体に気付く。

―――あれからだ。

そして多分それにこだわっているのは――あたしのみ。

彼がぎこちないんじゃない。ガウリイはただ心配したような表情を浮かべながらあたしにいつも通りいつくしむ。

―――あたしの持った感情にきっと察している上でだから。

 

 

「黒妖陣っ!」

あたしの不意打ちで放った術は反射神経のけして鋭くない彼女を直撃した。

主を失った剣が地に転がり落ちる。

それ以外は跡も残らない。

残させたくない。

きっと慣れないし慣れたくない。

自分と同じすがたの屍。



 

ふう、と一息つくと急激にこちらに近づいてくる気配に気付いた。

盗賊じゃない。今の戦いで生き残ってるのはみんな逃げたし、そうでないものは言わずもがな。

今度は敵ではない。

―――嘘。

 

「――リナっ」

駆け出して来たのはここにいるはずのない姿。

心配そうにあたしの傍に。

「大丈夫、か?なんか派手にやってたみたいだし、盗賊とかじゃないだろ?怪我はないか?何があった?」

息切らしてあたしの頭に触れて言うガウリイ。

心配そうな表情はここのところと同じ。

「……どうした?」

「……な」

「ん?」

「なぁんで、あんたここにいるのよっ!?しごとはどうしたのよ!あの子は?」

黙るあたしにやつぎばやにいろいろ訊くガウリイに、やっとの思いでいつも通りのことばが出る。

まだ彼と待ち合わせた街まで距離がある。彼が先について、あたしの進むべく道を逆に辿ってもこんなに早く着くわけがない。

 

「あの村、この山2つ越えたとこにあって、リナの行く道とは直線では結構近い、って教えてもらってな。だったらうまく行けば早く会えるかと思って」

しごと終わって直線で来た、とこともなげに言う。

いや。多分教えた人もあくまで直線上までの話でそれを薦めちゃいないと思うんだけど。それは。理屈と実践は違うもんだし。ましてやきつそうな山越え。

「ンなことしたら、かえって待ち合わせするよりすれ違って会えなくなる可能性もあるでしょーが!なんでそこまですんのよちゃんと待ち合わせしたのにっ!?」

なんとなく腹が立って噛みつくように言うあたし。

悔しい。

何がって、支路が交わるのはまだ先だと思ってたのに。

まだ彼に会えないと思ってたのに。

 

「でも、こうやって会えたし。予定よりも早く」

心配だったから、と素直に滑り出したことばの様に、手をあたしの頬に添えてあたしに訴える。

会いたかった、と言う。交じるはずの支路の行きつく先を待つ前よりも早く。

数日前までの彼と同じように、それ以上にあたしに近づきたがる。明確なものがなくてもどこか熱を段々帯びてきていて、それをお互いが知ってると自信を持つ。


 

何が悔しいって彼を見た瞬間心がとけたからだ。

自分から距離を置いたのに。ぎこちなかったのに。

あたしと同じ姿を迷わず斬った彼。

それが仕方ないとは言え、あたしにとって助かったとはいえやっぱしなんとなく嫌で、わだかまってて、離れたかったのに。

会えたと思ったらそんなのどこかに飛んでいってしまった。どうでもいい、と思った。これからもし同じことがあっても。

一番奥の感情が何よりも誤魔化さない。

 

「おまえさんの方のしごとは終わったのか?」

こうしてひとりでいることに言うガウリイ。

あたしのたくらみだったなんて知らないで。でも何故か何もかもわかってるみたいな感じで。

 

路なんてそのひかれてる通りに歩かなくていい。

分かれてたって、最終的に重なると知ってたって、途中で自分から修正して先に重なったっていい。

―――いつだって交われるし、離れられる。

それを決める大事なものは誤魔化せないもの。

 

 

「…終わったわよ」

この感情を的確に表だって表現する術を知らないあたしは悔しい表情のまま、頭突きを兼ねて、どん、と目の前の彼の胸に勢いつけて、顔をうずめて目を閉じた。