Short Story(not SFC)-短い話-

新春の雪



 

 

「うっあーやっぱし降ってきてた」

 

家の窓をあけ、空を見上げてあたしは懐かしさをいり交えたため息をつきながらつぶやく。

白く冷たい雪がお世辞にもロマンチックとはいえないほどに降りしきっている。この分だと明日は結構積もるだろうか。

この時期この辺り―――ゼフィーリアではそこそこ降るのは毎年よくあることなのだけれど、あたしがこの時期に郷里にいるのが何年ぶりかで久しい。

「すごいなー。寒いとは思ったけど」

その声に肩越しに振り向いてみれば、後ろでガウリイも家の外を見つめて驚いている。

あたしは笑みを浮かべて説明する。

「年越しの時は結構こうなってる確率高いから、でもおかげで静かよ」

 

まさか郷里で年越しするとは思ってなかった。しかもガウリイがいる状態で。

ガウリイのブドウ目当てって名目で里帰りしたあたし。帰ったきたのはもちろん、ブドウの美味しい秋の時期。

本当はもっとこうなる前に郷里を発つつもりでいたのだけど、秋から冬になる速度ってけっこぉ早い。

いろいろあって、ブドウも満喫して、そろそろ旅を再開しようか―――と言うときには、ゼフィーリアから他の国へ行くための街道―――山道付近が積雪により閉鎖されていたり、そこまでいかなくても結構大変な状況になっているという情報が入ってきてしまってた。

ゼフィール・シティ内がそんな風になってなかったから油断してた。そーいやわりとこの辺り、雪が降りやすい分冬の時期は旅の行き来がしづらいのである。忘れてたけど。

ぬかったなあ、どうしようかなあと考えた末、別に無理に今発つこともないんじゃないのか―――という結論にいたり、春になるまで久しぶりに郷里で過ごすことにした。

した、というよりなった部分が大きい。主にガウリイがそれを推した。

 

まあ、確かに。目的があるわけじゃないし。

そもそもがガウリイとしては、郷里にきたのはブドウ目当てといいつつ、郷里に帰ってくる前に起きた戦いに疲れたあたしを保護者として労って、休ませようという部分が一番強いんだろうな、と感じてる。

もう十分休んだと言えば休んだけれど、だからってわざわざ旅に出にくい時期に再開する理由もない。

せっかく与えられた休みに甘んじるのもたまには悪くない。

こう言う時間が今後これを終えたらいつ来るかもわからない。春を過ぎたら旅に出るつもりなのは決まってるんだから、それ以降、またいろんな出来事に出会うんだろうし。

今だから、今しかできないことだから―――そう思ったら普通なら退屈な日々かもしれない安寧さはけしてつまらないものにはならない。

そんな時じゃないとできないことが貴重になる。たとえば、こんな時とか。

 

「それじゃあ、この辺じゃ年変わるとき何かするとかないのか?」

ガウリイがあたしと同じく窓側に近づく。隣に来る。

「まあ、本当なら教会に行くとか普通するんでしょーけど。寒いしこの天気だから相当信心深くなきゃこの辺じゃあ行かないわねー。

ワインでどんちゃん騒ぎするとかってとこもたまーにあるけど、今年もいろいろあったなあとか今年のこと思い出したり、来年に思いを馳せて静かに年を迎えて、そしたら寝るってのが主流だと思うけど」

あたしの言葉を裏付けるように、外は本当に無音。人が歩く気配も音もない。ただただ白い雪が地面を隠して積もっていく。

一年で一番静かな時期かもしれない。そのおかげで翌朝がまた大変なのだ。人が歩くことによって踏み固めた場所が少ないから。

「ここは店やってるとこが集中してるから特にかもね。普段にぎやかにしてるから今日明日くらいは、って」

うちも早めに店を今日は閉めた。明日は休み。久しぶりに店のことでなく家のことに手をかけられる、と父ちゃん達は各自自分の部屋やらなんやらにこもって掃除したり安らいだりしてる。

あたしは久しぶりのこの環境に自分の部屋の掃除は終わってるし、することないしで手持ちぶさたで、まあなんとなく居間でうろうろしてて。それにガウリイもなんとなくつきあってるという感じである。

 

「…ガウリイの郷里とかじゃ…なんかすんの?」

あたしの声が、窓が開いているせいか外へ響こうとする独特の音を出す。でも実際は響かず雪で吸収して消えていく。後には残らない。それでいい。

こーゆーのは気軽に訊いた方がいい。

 

もしかして、という予感があたしの郷里にきて色濃くなった。彼は自分の話の中でも―――郷里の話をしたがらない。郷里と、家族のこと。

別に全部話せなんて言わない。でもほとんど話さない以上こちらとしては何が訊いていいのかダメなのかなんてわかんないんだから、世間話程度に普通に無難な質問くらいしてもバチは当たんないと思う。

 

あたしの問いに眉をしかめるわけでもなく純粋に考え込む表情を見せる。それに内心あたしはほっとする。

「…なんか食べて、なんか飾って。祈らされた記憶はあるんだが…よく覚えてない」

彼らしい回答だ。たぶんごまかしてるわけじゃなくて本当のこと。あたしは苦笑する。

「食べ物が何かくらい覚えててもいいんじゃない?」

「いや、なんかすんごいまずくて。なんでこんなの食うんだろうって思ったのだけ覚えてるんだが」

あたしの言葉にげんなりとした表情をして答える。

まあ特別な時に食べるもんって意外と美味しいものじゃなかったりするけど。

 

「…でも来年に思いを馳せて、ってのはなかったなあ。今年の反省点とかをきっちり挙げろとか親にしつこく言われて覚えてなくてずっと苦しんでたような」

「……あんましいい思い出じゃないってわけね」

軽くためいきつき、あたしは窓の縁に両手をついて外を見る。

雪がどんどん積もりゆく。

「……あたしは割とこの時は、なんか大人しくしてたいなーって思うのよね。悪い気分じゃなくて。何かするってわけでもなくて」

だからこうしてるんだけど。

へえ、と言ってからガウリイが、あ、と声をあげる。何かを思い出したように。

「そういや、最近のリナ、今日だけじゃなくてあんまし魔法使わないのな。派手なことしないっていうか」

「あ。うん。…実家にいるとねー」

その指摘に一瞬息を飲むけど適当なことを言って誤魔化す。

「っていうかほら。旅に出てるときと違う生活のがいかなって。なんとなく?」

鋭いところをどうしてつくのか。気づくのかクラゲの癖に普段。

 

―――――確かにあたしは、あえてここのところ魔法とかを使わず一般人の生活を送ってる。

それは、先日までの旅に疲れたからでも、魔法が嫌になったわけでもない。

長い休暇だしガウリイと行動してないときは魔道書とかは読んで勉強はしてる。

単純に暴れたりよけいなことすると郷里の姉ちゃんからのおしおきが怖い―――というわけでもなくて。なくはないけど。でももっと違う理由である。

―――――目の前にいるこの男が理由。

 

ずっと戦いを共にしてきた。

魔王とか。その腹心とか。暗殺者とか。数えたらキリがない。

そんななかあたしはこの自称保護者に心を奪われた。世界と天秤にかけてしまった程に。

まあ仕方ないかそうなっちゃったもんは、ともう随分前に割り切ったのだけど、いろんなことでちょっと最近揺らいだ。

で。久しぶりに攻撃呪文とか戦いとか。そんなのとちょっと遠い生活を送ることにこの度なったとき唐突にあたしは試したくなったのだ。あたし自身を。

―――――そういう生活の中でもその気持ちが変わらないか。

 

吊り橋効果、という言葉がある。

スリルを味わった時、一緒に味わったもの同士の心が近づきやすくなる。

そしてそのスリルのドキドキを―――――恋愛感情だと認識してしまう。してしまいやすい。

以前仲の良さを保つためにわざとやっかいごとに二人で首を突っ込みたがる夫婦に出会ったことがある位。まあそれはさておいて。

あたしとガウリイも―――――あたしの気持ちもそれなんじゃないか―――否定できる材料がなくて怖くなったのだ。

世界と天秤にしといてそんな単純な誤認だったらどうしよう、と。

 

この前の事件の一件が―――ーあたしたちのことを考えさせられるものだったのもある。

ガウリイがあたしの実家に来たがるという、思わせぶりなことをしたから、というのもある。

なんとなく、これからも一緒にいるんだろうなあって雰囲気にはなってる。それっぽいことはガウリイもこれまでに述べた。でも、そこまで。

 

だからこそ―――――あたしは確認したくなった。何よりも、まず、自分の気持ちを。

自称保護者が、あたしを守るような環境じゃない時。戦いから遠い生活を送ったとき。これまでの気持ちと変わらないか。今しか確認できないこと。

結果は――――――。

 

「……ばか」

唐突に発したあたしの言葉に首を傾げるガウリイ。

のほほんとしてて、何も考えてない。考えてないように見える。ここにいる間はうちの店の役立つただの居候と化している。

特にあたしを守るとか特別なことはしてない。それなのに。

「……ば、か」

 

誰がってあたし自身が。

疑う余地なんか実際は―――無さ過ぎた。

 

ただ側にいるだけで、ガウリイが笑ったりするだけで気持ちがあふれる。どきどきする。今更なのに。

吊り橋から降りても変わらない―――どころかもっと余裕を持って、ずっと深くガウリイを想ってる瞬間すらある。この生活が危険にもなりつつある。期限つきでよかったと思う。春まで。

悔しい。言わない。…言えない。

これはこれで―――――本当は、どこかで怖い。

 

あたしの、ばか発言に、ガウリイは困ったように首を傾げて、あの日だったのか?とか訊く。もう一度ばか、とあたしは言ってのける。じと目で。

なんでこの男。

 

「まあ、とにかく。寒いだろ開けっ放し。そろそろ閉めないと、リナ」

言ってガウリイがあたしの方に身を乗り出して窓を長い腕で閉める。心臓がはねる。

近づきすぎるときはもうちょっと唐突さを減らして欲しい。

窓にかけた彼の手があたしの頬にかかる。少しびっくりしつつも冷静を装う。

「ほら。冷えてる」

 

周りは静か。窓の外のせい。

大人しい気分でいたいあたしの中にうるさいものが混じりゆく。

来年に、なんてそんな先かすぐかわからない漠然としたものではなくて今、に思いを馳せる。

そろそろ年が明ける頃な気がする。

 

「リナ」

寒さからか別の理由か。震えたあたしをガウリイが不意にふんわりと抱きしめてくる。

……あたたかい。抵抗というか驚きを忘れる。父ちゃんとかに見つかったらどうしようとかそんないつもなら思いつく思考もふっとんで。

 

「これからも―――よろしくな」

フライングなのかそうでないのか微妙なところだけどガウリイは年始の挨拶に似た台詞をその体制のまま耳元で言う。思わず上を向き、顔を見れば笑っていて。でもちょっと照れてて。

あたしの中にうるさいものの他にもあたたかいものが混じってくる。…とける。

 

「……こちらこそ」

なんだか自然と笑みがこぼれて彼に向き合う。

 

―――春はまだこない。

 

けれどあたしは―――それを待ち挑む決意をする。

この年がよりよい年になるように祈って―――彼と一緒に新しい年を表向き静かに迎えた。