Short Story(SFC)-短い話-

神経衰弱



「あれ、別の街でも見なかったか?」

何げなしに、歩いてて見かけたものが頭にひっかかってそう口にしていた。

それに隣を歩いていたリナが反応して、こちらが指さす方向を向いて、ああ、と応える。

「よく覚えてたわね。確かにあったあった」

 

それは銅像だった。かなり古いもので見たことのない民族衣装っぽいものを着た男の像。

どこを向いているのか、右手をまっすぐ伸ばしてどこかを見つめてる。

数日前に似た衣装の、似たポーズの銅像が街の入り口にあったのを覚えてた。ただしこの街じゃない。数日前に寄った街なのだから。

 

「でも大きな違い。前の街のは女性だったわ」

「あ」

言われてみれば。ポーズと衣装が似てるから同じと思ったけれど。

「なんなんだあれ?」

もの知りなリナなら知ってるのでは、と訊くが肩をすくめられる。

「さあ。前の街の女の像は前から見かけたけどこっちあたし初めて見るし。多分関係あるんでしょうけど」

ちょうどいいからお昼でも食べながら地元の人に訊いてみましょ、とリナがいい、同意した。

 

「伝説?」

「ああ、古い伝説が今よみがえったってやつだよ」

食堂で地元の人が語る。

聞きながら名物料理をたいらげる。

「むかーしむかしこの街の男とあっちの街の女が恋に落ちて結婚したんだ」

「めでたしめでたしね」

「が、バカップルすぎて仕事をしなくなった」

「仕事?」

「ああ。役人同士でな。それぞれ街一番の腕をもってたし、やつらにしかできない仕事を抱えてた。で、仕方ないから引き裂いたんだ」

「あー…」

リナが、あるある、と言ったように相づちをうつ。

「で、一ヶ月に一度位は会うことを許したんだが」

「が?」

「…男が女の顔を忘れてて会えなかった」

「は…?」

思わず食べる手を止めて語ってくれるおっちゃんを見るリナ。眉をひそめる。

「…忘れててって…」

「あー。あるよな。そういうこと」

今度はこちらがうんうん、と頷く。それにリナがじと目でこちらを見て言う。

「脳みそおかしくないかぎりないわよ、あんたじゃあるまいし」

「まあその通りだな」

実際その通りで脳のせいだったんだ、とおっちゃんが言葉を続ける。え、と声を小さくあげるリナ。

「そういう病気だったんだ。女だけじゃない、人の顔を記憶することができない、顔を認識できない、そういうのがあるらしい」

「あー。あるよなそういうこと」

「……」

相づちをうつと何か言いたげにリナがこちらをまた見る。が、黙りこんで

おっちゃんの方を見た。

 

「…で?」

「ああ。それのせいで会えなくなった二人はすれ違いの末命を落とす事故に巻き込まれた。で、罪悪感から二人が会えるようにとそれぞれの街で二人の像を造ったんだ」

「でも会えてないじゃないか」

言うとバツが悪いようにおっちゃんが頭をかく。

「いやあ…うちの街からアレをあっちの街に運ぶのがめんどくさくなっちゃって…誰が運ぶって話してる間に盗賊に盗まれちまって…すっかり忘れられてたんだよなあ…もう数十年前の話だし…」

それが最近ひょんなことから見つかっちまってなあ…と言う。

よみがえった、というよりよみがえっちゃったって感じなのか。

 

「まあどうせだから、村おこし的に双方の街で祭りをやってその時会わせてやろうって話になってるよ。月一は無理でも年に一度くらいで」

「それがいいな」

適当に言いながらリナを見るとやはり何か言いたげな顔をしてこちらを見ていた。

 

 

「あんたさ、さっきうなずいてたけど」

街道を歩きながらリナが言う。こちらを見ることもなく。

「もしかしてあんたが人のこと覚えないのってそう言うのがあるからなの?」

「へ?」

言われて考える。

「…そういうの?」

「…っだあああ!だから!さっき食堂で、人の顔認識できない病気のひとの話聞いたでしょうがっ!あんたも!覚えないのそういうことなのかなって訊いてるのよっ」

「ああ」

あの話か。

「いや、あるんだろーなーそういうこと、って適当に思っただけでオレは違うぞ?単におぼえようとしないだけで」

「威張るなぁぁぁぁぁっ!!!」

リナにスリッパではたかれる。

何かに怒ってるんだろうか。

 

「…まあ、でもあんたも同じ事になりそうよね」

呆れた声でリナが言う。

「あたしとこうしていっしょに旅してるからあたしの事忘れないだけで、あたしと別れたら次に会ってもわかんないんじゃないの?」

言って、あ、違う、と自分に戸惑いながら謎の言い訳しようとするリナ。それにこちらも呆れる。あと、少しよくわからないその言葉へのいらつきと。

 

「ならないだろ」

きっぱりと言うとリナが驚いた顔をしてこちらを見た。

「お前さんならトラブルにいつも巻き込まれてるからどこにいたってすぐお前さんってわかるって」

それに、多分別れることなんかないんだろうし。

「そーゆー意味かあああっ!?」

何か気に入らなかったのかもう一度スリッパではたかれた。

 

リナの台詞は馬鹿な質問だと思った。

どうやったら忘れるんだこんなインパクトの強いやつを。

例え顔を忘れても全身でリナはリナなのだかから。

わからないはずがない。

 

 

 

そんなやりとりをしたのをすっかり忘れた頃にリナは姿を消した。

魔族がさらったのだと後で知ったが消えた当初は困惑した。

 

そして現れる『リナ』。

いや―――――――リナと同じ姿の人間。

コピー。リナから産まれた姿が全く同じ別人。

何かに従うようにあちこちの町中で騒ぎを起こしていた。

 

「違う」

リナじゃない。

見なくてもわかったし見てもわかった。

山中とかならともかく、町で、無差別に人を襲う奴じゃない。見た目もそんな鋭い狂気に満ちた顔をしてない。

あっさり見分ける。

 

「……っ」

そうしてる先にあった『リナ』はとてもリナに似ていた。

記憶を失っている、と言う言葉に、そのための違和感なのか、じゃあ本物なのか、と一瞬迷った。

けれど―――――――おそらく違うだろうなと思った後で、彼女もやはりコピーであることが後から判明した。

 

本物のリナを魔族の元から見つけて助けだした。

自分でもびっくりした。

眠っていて、一言も言葉を交わしてもいない。こちらを見てもない。それでも。

「リナ!」

 

――――――迷わなかった。すぐわかった。

自分の全身がリナを知っていた。多分彼女の姿が大半隠れていたとしてもわかった。そんな自信があった。

 

「忘れなかったんだ」

その話をそれからずいぶん後にしたらリナが照れたように言った。

「忘れなかった。わかった」

 

でもどんなにわかっても、もう別れるのも離れるのもごめんだ、と言ったら、当然でしょ、ととてもやさしくスリッパで自分をはたいた。